「三日間の死神」第2話

 一が目を覚ますと、そこは屋上だった。屋上の柵に寄りかかっていた。もちろん、柵の内側だ。さっき乗り越えたはずなのに。

「死神!?」

 一は周りを見渡すが死神の姿は無かった。体にも特に変化は無い。まるで死神に会ったことが夢だったかのように。

「夢……だったのか……」

 確かに、自殺直前に死神が現れて、復讐のために力をくれるなんてありえない話だ。滑稽で馬鹿馬鹿しい話だ。大方、自殺直前でビビッて失神して自分に都合の良い夢を見たのだろう。そんな弱い自分が本当に情けなくなってくる。こんなんだからいじめられるんだ。

 そう思いながら一は立ち上がり、校舎の下を見る。部活帰りの生徒がわいわい騒ぎながら校門へと向かっていく。こんな時に屋上から飛び降りようとしたらきっと騒ぎになる。止められるかもしれない。それは面倒だ。

 今日は帰ろう。明日死のう。そう思い、一は屋上を後にした。

 屋上に続く階段を下りてすぐ、隆史に出会ってしまった。隆史の顔を見た瞬間、一の体は強張った。殴る時、蹴る時の隆史の悪魔のような顔がフラッシュバックする。

「あれ~、一じゃん。どうしたのこんなところでさ」
「え、いや……」
「いやじゃねぇよ。どうしたんだって聞いてるんだよ!」

 隆史の拳が一の鳩尾に入る。

「がっ……っ!」

 一は失敗したと思った。屋上は基本立ち入り禁止となっている。しかし、屋上へと続く扉の鍵は壊れているので一は一目を忍んで屋上に行っている。隆史をはじめとした奴らから隠れるために。だから、屋上へと続く階段付近は基本人通りがない。ここで隆史に見つかってしまうと人目を気にせずに殴られてしまう。

「おいおい、謝罪の言葉はねぇのかよ」

うずくまっている一の髪を引っ張り上げて言う。

「わかったよ。お前がそのつもりならな。しょうがねぇ。金で勘弁してやるよ。そうだな、3万でどうだ?」
「……」
「沈黙は肯定ととるぞ。明日だぞ。わかったなっ!!」

 隆史は地面に一の顔を叩きつけた。

「っつ!!」

 隆史は立ちあがり、何事もなかったかのようにその場を去っていく。

 一はその背中を見ながら思った。なんで僕はこんな目に合わないといけないんだ。僕が一体何をした。何もしてない。何もしてないのにあいつらは僕を……、僕を……。あいつら、いつか絶対に僕が……。

 その先の言葉を思う一の脳裏に死神の顔が浮かんだ。もし、もしもさっきの出来事が夢じゃなくて現実だったら。現実だったなら……。

 一はおもむろに立ち上がる。地面に叩き付けられた時に割れた眼鏡は外して捨てた。眼鏡が無くてもあいつの背中はよく見えた。そして、右手を横に上げる。

「殺してやる」

 すると同時に右手にはさっき見たばかりの死神の大鎌が発現した。不思議と重さは感じなかった。

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」

 一は大きく一歩を踏み出した。隆史の背中がぐんぐんと近づく。隆史はこちらを向いたが、その時には一の大鎌が隆史の体を斬りつけていた。大鎌は確かに隆史の体を斬りつけ貫通もしているはずだが手ごたえは無かった。空振りをしたようだった。

 隆史はこちらをイカれた奴を見る嘲笑的な目で見ていた。しかし、次の瞬間だった。隆史の顔は一瞬にして蒼白になり、白目を向いた。そして糸が切れた操り人形のようにその場に倒れた。

 一は倒れた隆史の口の前に震える手を出した。息が無かった。

 一は弾かれたように立ち上がり、その場から去った。走って走って走って走った。学校を飛び出し、誰もいないところまで走った。

 気づけば、辺りが暗くなっていた。暗く、誰もいない公園に一はいた。

「ふふっ……、ふふふふふ。ははははははははは!!」

 一は笑った。久しぶりに笑った気がする。暗く静かな公園に一の笑い声だけが響く。

「殺した……。僕が隆史を、あいつを殺したんだ」

 自分の両手をまじまじと見ながら一は呟いた。

「最高じゃないか」

 一は笑っていた。



「おう、健次」
「ん? ああ、剛か」

 ホームルーム10分前の通学路で健次と剛は会った。周りの生徒が小走りで急いでいるにも関わらず彼らはゆっくりと自分たちのペースで歩いていた。

「今日カラオケどうよ?」
「良いね。けど、その前にあのATMから金巻きあげないと。金ねぇ」
「ああ、一か」

 そんなことを言いながら彼らは下駄箱を開ける。ちょうどホームルーム開始のチャイムが鳴ったが、彼らには関係ない。

「つーか、隆史来てなくね? あいつまた遅刻かよ」
「あいつなら寝坊だろ。ん? なんだこれ?」

 健次の下駄箱に1通の封筒が入っていた。

「おいおい、それラブレターってやつじゃねぇの? 早く開けてみろよ」
「ちょっ、そんな急かすなよ」

 健次はまんざらでもない様子で封を開く。

『山岡健次 様
村下剛 様へ

 昨日、お二人のお仲間である笹山隆史様の魂を頂戴いたしました。
 本日中に村下様の、翌日中に村上様の魂を頂戴しに参上いたします。
 死への恐怖に震えながらそれまでお待ちください。

                          三日間の死神より』

「三日間の死神ィ?」

 健次と剛は顔を見合わせて笑った。

「おい、み、三日間の死神だってよ。朝から笑わせてくれるぜ」
「イタズラにしても程度が低すぎるぜ。幼稚園生かよ」

 一通り笑うと健次はその手紙をくしゃくしゃに丸めその場に捨てた。

「おい、健次捨てるなよ! せっかくだから隆史にも見せてやろうぜ」
「無理だろ。だって隆史は魂獲られちまったんだろ?」
「あ、そっか。そうだったわ」

 そんなことを言いながら自分たちの教室まで向かう。

「すいませ~ん。遅刻しちゃいました~」

 反省の色がまったく感じられない声で謝罪を述べながら二人は堂々と教室の前の扉を開けた。教室がざわついた。二人は教室がいつもとは何か違う雰囲気であることを感じた。クラスメイトから何か気の毒そうな目で見られてるような気がした。

「な、なんだお前ら! ただ遅刻しただけだろうがよ」

 そんな二人を見て教壇に立つ担任が意外そうな顔をしながら言った。

「なんだ。二人はまだ知らなかったのか。いいか。落ち着いて聞いてくれ。昨日、笹山隆史が亡くなった」
「は……?」
「な、なに言ってんだよ。隆史が死んだって……そんな……」
「本当なんだ」

 絶句している二人をクラスメイトたちは静かに見ていた。その同情の視線の中に一つだけ他とは違う視線があった。その視線は健次たちが入ってきた教室の前の扉のすぐ近くの席からだった。その席には藤井一が座っていた。眼鏡をかけていない一が。一は笑っていた。

「てめぇ!!!」

 剛は座る一の胸ぐらを掴んだ。

「てめぇ、何笑ってるんだよ!!」
「笑ってるように見えた? ごめんごめん。そんなつもりはないんだ。」

 こらえきれない笑みを浮かべながら一は言う。

「お悔み申し上げるよ」

 その笑みを見た剛はゾッとした。今までの一からは感じたことのない気配を感じたのだ。それに目が赤く染まっていたようにも見えた。

「て、てめぇ……!」

 剛が拳を振り上げるのを見て先生が止めに入った。

「やめなさい! 友達が亡くなって気が動転しているのは分かるが……」

 剛は舌打ちをして拳をおろした。一の胸ぐらを乱暴に放し、自分の席へと向かった。健次は通りすがりに一に言う。

「昼休み……覚えてろよ」

 昼休み、剛、健次、一の3人は体育館の裏にいた。

「調子乗ってんじゃねぇぞ、こら!!」
「眼鏡外してよ~、粋がるなよ!!」

 そう言いながら二人は一を殴った。一は痛がる訳でもなく、抵抗する訳でもなく、ただずっとニヤニヤした笑みを顔に貼り付けて、されるがままだった。その笑みが不気味で二人は更に殴る。

 5分は経っただろうか。二人は肩で息をしながら一を見る。一は立ち続けていた。昨日までは一発殴れば吹っ飛んでいたというのに。

「はぁはぁ、お前……。さっき笑ったよな? 隆史が死んだっていうのに笑ったよな? どういうつもりなんだよ!!」

 剛は一の胸ぐらを掴み言う。

「今朝、こいつの靴箱に変な手紙入れたのもお前だろ。悪趣味なことしやがって! 人が1人死んじまってるんだぞ! 人の死を……隆史の死を弄ぶんじゃねぇよ!」

 健次は胸ぐらを掴まれている一を横から殴った。鈍い音が響いた。一は少しよろついた。

「ははっ……。ははははははは」

 一はせき止めていた何かを溢れさせたかのように笑った。

「な、なに笑っているんだよ……」
「人のことをさんざんいじめ抜いた奴がなに言ってるんだよ。馬鹿だろ、お前ら」
「なっ……」
「お前らみたいなクズは死んだ方がいいだろう。その方が社会のためだ。俺がお前らも殺してやるよ」
「お前らも……?」
「なんだお前ら手紙の1つも読めないのか? 俺が殺したんだよ」
「お前なんかが隆史を殺せるわけねぇだろ! 実際、先公が隆史は誰かに殺された痕はないって……」
「俺は死神だぜ? 痕跡なんて残すかよ」
「お、お前……頭イカれちまったのか。」

 剛と健次は一歩後ずさる。

「わかったよ。じゃあ、この場で殺してあげるよ」

 一は右手を横に上げた。大鎌を出そうとしたその時だった。

 キーンコーンカーンコーン。昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。
一は上げていた右手を下した。

「なんてね。」

 一は笑顔で言った。

「こんなところで一時の感情に任せて殺しちゃったらもったいないよ」

 一は剛と健次、二人の間を抜けて校舎へ向かう。

「あ、そうだ。」

 一は不意に止まり、二人を振り返り、言う。

「村下剛。今日中にお前を殺す。帰り道に気を付けろよ」

 二人はその場に立ち尽くしたままだった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?