#03 【戦前|幼少時代】厳格にも程がある父
舞台
(福岡県)久留米
人物
主人公 :花山 三吉
家族構成:父、母、七人兄弟(五男二女)
三吉は四男坊
題名
草笛の記
物語
戦中 戦後 青春のおぼえがき
第一章 幼少時代
(一)大家族に育つ
(二)父母のこと
仕事ひとすじの父 ★
父、良木への思いひとしお
大家族を支えた母
自然に恵まれた母の実家
(三)雄大な筑後の山河
第一章 幼少時代
(二)父母のこと
仕事ひとすじの父
父(徳次)は、いつも暗いうちに起きると、玄関や工場の戸を音高く開けてまわった。戸を開けるーーこれは近所のどの家よりも、最も早くしなければならない祖父の代からの家訓である。つぎに洗面後、裏庭に出て東方にむかって拍手(かしわで)をうち三拝をした。東の方角は日の出の位置で、その三百里さきに宮城があり天皇が居られた。
それから座敷の欄間に祀られた神々に、灯明をあげお祈りをした。また庭へ出て隅に鎮座している稲荷大明神に詣った。これが父の日課で、子供たちも、いつしか見習っていた。毎朝、神仏にご飯とお水を供えるのは子供のつとめであった。
毎月一日と十五日には、赤飯を炊いて神様に供えた。その日は家族全員が揃って、商売繁盛・家内安全を祈願した。従業者にはおみき(神酒)が出た。子供たちは赤飯が好きで、この日が待ち遠しかった。
父は子供たちと話をすることは、殆どなかった。
仕事ひとすじで道楽のひとつもなかった。家族や従業者に対しても道楽を禁じた。囲碁や将棋も道楽のうちにかぞえて禁止したほどだった。。
そんな父の唯一のたのしみは、商売上で飲む酒であった。客は酒好きが多かったので、そのときは本当に嬉しそうによく飲んだ。四・五日に一度はそうゆう具合であった。
母はそのたびに酒の肴の用意に追われた。事件らしいこともなく、暇を持て余した駐在所の巡査は、ここのところを心得ていて、巡回の途中でちょくちょく酒宴に加わった。巡査の高くて赤い鼻と、ピカピカに光った長いサーベルは、いつも幼い三吉に強い恐怖心をあたえた。
母は、子供たちが、わるさ(いたずら)をしたときは「そげん、わるさばっかりすると巡査さんに連れていってもらうばい」と言うのが口癖だった。これは説得力があった。
巡査は秋冬は黒色、夏は白の詰襟に肩章がピンと張った制服を着て、腰に長いサーベルを下げ、殆どの巡査が口髭(くちひげ)という格好をしていた。威厳を保つためであろうか、「泣く子も黙る」とはこのことである。
続く
坂田世志高
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