『夏の始まりと僕らの終わり。』
生暖かい風が、天鵞絨色の布をひらひらと揺らす。
夏程ではないけれど、強めの陽射しが
その隙間からこぼれ落ちてきた。
虫たちも、動物も、そして、人間たちも
やんや、やんやと活気づき、生命あるもの全てが
浮き足立つ季節が来たんだと、実感させられる。
「ねぇ、準備できた?」
「あ、うん。あと少しで終わる、ごめん。」
「大丈夫〜!待ってるね〜!」
そんな季節に、僕達は、さよならを決めた。
理由は、曖昧なものだった。
2年前に同棲を始めて、お互い忙しいながらも
休みの日は一緒に出かけたり、2人でご飯を作ったり、ゲームをしたり、楽しく過ごしていた。
けれども、いつからかなんとなく居心地が悪くなり、「仕事の付き合いだから」と言って
2人の家に背を向ける日が、どんどん増えていった。
今思えば、たぶん僕と彼女はミミズと太陽のような関係だったのかもしれない。
適当な距離感であれば、プラスになるいい関係だけど、近すぎれば、ミミズは乾涸びてしまうのだ。
暗くて冴えない僕とは正反対で、友人も多くて明るい彼女。
そんな彼女の前向きなところが好きだったはずが、そんな明るさが気づいたら僕にとっては重荷になっていた。
明るくいなきゃいけない、彼女と過ごす為には前向きでいなきゃいけない、そんな強迫観念から
彼女にも、僕自身にも、嘘をつくようになったのだ。
そうして勝手に精神を擦り減らし、乾涸びた僕は、彼女から離れることを決めたのだった。
今思えば、彼女にちゃんと伝えれば、僕の気持ちを理解して、たくさんついた嘘も、笑って許してくれたかもしれない。
優しい人だから、一緒に泣いて、抱きしめてくれたかもしれない。
でも、そんな事考えたってもう後の祭り。
僕は、最後まで彼女と向き合う勇気を持てなかった、これが現実だ。
「何ボーッとしてんの?」
そんなことを考えていたら、手が止まっていたようだった。
「ごめん、ついセンチメンタルになってたよ。ははは。」
「...そっちから別れようって言った癖に。なんでそっちがセンチメンタルなのよ。」
「勝手な男でごめんね。」
わずかな沈黙。
「あのさ、ほんとに今までありがとね。
たくさん喧嘩もしたけど、一緒に過ごした時間、ほんとに楽しかったよ。有難う。あと、僕が言うべきじゃないけど…幸せになってよね。」
「…ほんとに勝手だね。私は、あなたと幸せに…」
彼女は言いかけたが、その先の言葉を紡ぐ事はなかった。
「やっぱりなんでもない。早く支度して、あと3分だけ待ってるから。」
涙で揺れる瞳とは正反対な、いつもの太陽のような笑顔を、僕に向け、彼女は再び部屋から出ていった。
しかし、振り向いた彼女の肩は、少し震えていた気がした。
酷な事を言ってしまったな、と反省しながらも、
もう抱きしめられないその肩を、初夏の柔らかな温かさに僕は託したのだった。
『夏の始まりと僕らの終わり。』
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foto:お腹痛太郎
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