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イスラエルのメディカル・アパルトヘイト 〜 あらためての ユヴァル・ノア・ハラリ批判とともに

最初に日本の TBS「報道」 の愚かさに触れつつ

筆者は以下にリンクを貼る TBS の note 投稿が紹介している「イスラエルでワクチン接種した日本人」を批判するものではない。批判・非難されるべきは「報道の TBS」とか形容される(少なくとも昔は言われていた、最近はどうか知らないが)あの局のイスラエル/パレスチナ報道のお粗末さだ。しばしば見てきたユヴァル・ノア・ハラリ礼賛にしても然り。

ハラリに関しては後で触れるとして、一昨日の TBS による note 投稿(*1)、基本は件の日本人に対する取材という「事情」は理解するが、こと「パレスチナの人」に関しては、既に何十年も前からパレスチナ/イスラエル問題の中身について関心を持ち「世間並み」以上の認識を持っているべき仮にも「報道」に携わるものがあれを垂れ流して終わりでいいのだろうか。いいわけがない。この後に彼らは「パレスチナの人」に関して何かフォローアップするものをリポートするのだろうか。するとは思えない。

所詮、(一見「話は飛ぶ」かに見えるかもしれないが)自国の首相会見すら質問を最初から官邸に渡しておいて首相「側」は用意した手元の回答ペーパーをチラ見しながら読むだけという茶番劇の記者会見にしてしまう、その一方の当事者である日本の大手の自称「ジャーナリズム」なんてそんなものだと思えばそれまでだが、しかしまぁ何を言い訳しても、お粗末であることには変わりない。

件の投稿テキストの中の後半の一章「パレスチナの人は」を丸写しすると、

イスラエル国内にいるイスラエル国籍のアラブ人はもちろん受けられる。私が受けたところはアラブ人地域で、なにをもってパレスチナ人というのかすごく難しい問題。アイデンティティの問題なのか、地域の問題なので、イスラエル国籍を持っているアラブ人の方でも自分はパレスチナ人だっていう方はいっぱいいるんですね。でもその国籍はイスラエルなんですよ、アイデンティティがパレスチナ。それでパレスチナ地域、自治政府なりハマスなりが政権を敷いているところに住んでいる人は、保険が別なので受けられない。つまり、その人たちが保険組織に加入しているかしていないかなんです問題は、人種ではなくて

TBS はこれを垂れ流して終わりなんだろう。

1948年のイスラエル「建国」に伴い、当時 120万人余りいたパレスチナのアラブ系住民(今日言うところのパレスチナ人)のうち、70~80万人[もっと多いという説もある]のパレスチナ人が生まれ故郷の土地と家を失って「歴史的パレスチナ」域内の他の地域や域外の諸外国に逃れ難民となることを余儀なくされたが、残る様々な経緯で難民化しなくて済んだ人を含むアラブ系住民とその子孫が「イスラエル国籍のアラブ人」となっている。あの悲劇(パレスチナ人はこれをナクバ=アラビア語で大惨事・大災厄といった意味=と呼ぶ, *2)から70年余り経ったいま現在も、「イスラエル国籍のアラブ人」において自身を「パレスチナ人」と呼ぶ人は少なくない。統計上の数値は持っていないが、多いと言ってもいいのかもしれない。また中には、比較的近年になって自らのアイデンティティに目覚め、あらためて自分は「パレスチナ人」の一人だと自覚するようになった人もいるかもしれない。

イスラエル領内においても彼ら「イスラエル国籍のアラブ人(パレスチナ人)」に対する一定の差別はあるが、しかし、今回のイスラエルによる新型コロナウイルスのワクチン接種に関して、彼らが同国の多数派住民であるユダヤ人と同様にワクチン接種が「もちろん受けられる」のは、これは文字通り、至極当然のことである。受けられて当たり前。

しかし、「パレスチナ地域、自治政府なりハマスなりが政権を敷いているところに住んでいる人(注:もちろんパレスチナ人)は、保険が別なので受けられない」、イスラエルの「保険組織」に加入していないので彼らは「受けられない」、そんな言説を、何の補足説明も付さずにそのまま TBS は垂れ流していいんだろうか。

一般の人が "イスラエルに住んでいる日本人に聞いてきました" と言って、note なり Facebook, Instagram, Twitter といった SNS なりに投稿しているのではない。仮にも「報道機関」を名乗る「媒体」なんだろう、TBSは?

パレスチナの、名ばかりとなった、形骸化した「自治」の「(自治)政府」が「政権を敷いているところ」とはヨルダン川西岸、「ハマス」の方はガザ地区ということになるが、両者ともイスラエルが 1967年の第三次中東戦争(別名「六日戦争」)で侵攻して占領したパレスチナ人の土地で、共に今も基本的にイスラエルによる軍事コントロール下にあり、国連等の国際機関も占領地と見做している。

1967年11月22日採択の国連安保理決議242号を含む複数の安保理決議が1967年の占領地(東エルサレムを含むヨルダン川西岸地区、ガザ地区、そしてシリアのゴラン高原の一部とエジプトのシナイ半島)からのイスラエルの撤退を要求しているが、このうちこれまでの半世紀余でイスラエルがこの要求を呑んだのはシナイ半島に関してのみである。エルサレム旧市街がある東エルサレムにいたっては、これを1967年に占領したイスラエルは、1948年のイスラエル「建国」時のアラブ諸国との戦争で獲得した西エルサレム(東西を合わせたエルサレム全域はもともと前年1947年の「国連パレスチナ分割案」においては国連の信託統治となるはずの特別な場所だった)と合併した上でエルサレム全域をイスラエルの首都と宣言してしまっており(国連や世界の殆どの国々はこれを認めていないが、一昨年アメリカ合州国のトランプ政権が従来テルアヴィヴに置いていた大使館をエルサレムに移転させるといった暴挙に出て国際社会の非難を浴びたのは記憶に新しい)、残るヨルダン川西岸地区も今も実質「占領」下にあって地区内にイスラエル軍は駐留したままであって、イスラエル軍に投石したパレスチナ人や投石の疑いがかけられたパレスチナ人が殺されたり投獄されたりするのは日常茶飯事である。ガザ地区に関しても、こちらは14年ほど前から直接的な占領ではなく軍事封鎖政策が採られているが、そのために医薬品を含む物資の搬入が滞ったり、ガザ地区の例えば癌患者が高度な治療を受けるために同地区から出て(イスラエルによる軍事封鎖やこの間の度重なるイスラエル空軍の爆撃などが原因でガザ地区内の病院は設備が機能していないケースが多く高度治療は困難)、ヨルダン川西岸地区の病院やイスラエル領内(つまり1967年の「占領」以前の 1948年「建国」戦争後の領域)の病院で治療を受けようとしても、イスラエルからの許可がなかなか出ないで、必要な治療を受けるのが遅れたり、あるいはガザ地区から出て治療を受けるに際して親の同伴が認められない子供(学童、小学生などの文字通り「子供」)の例などがしばしばイスラエル紙に報道されている有り様。

TBS の垂れ流し名ばかり「報道」に対しては説明が必要なので、そこそこ詳しく書いたが、要は、東エルサレムを含むヨルダン川西岸地区はイスラエルの軍事コントロール下にある違法「占領地」であって、ガザ地区は軍事封鎖されたまま、かつ、前者に関して更に言えば、イスラエルがその違法「占領地」内に違法「入植地」を建設し続けて既に約75万人ほどのイスラエル人(ユダヤ人)違法「入植者」たちが、パレスチナ人の土地の上に住んでいる。

そのパレスチナ「(違法)占領地」内に国際法上「違法」に住むイスラエル人の違法「入植者」たちには今回の新型コロナウイルスのワクチンを接種させ、占領下のパレスチナ人たちにはこれを受けさせないイスラエル。

そもそもジュネーヴ条約は占領者側に対し占領下にある人々への医療や公衆衛生上の責任を果たすことを義務づけており、イスラエルに半世紀以上にわたって自らの土地を違法「占領」され続ける 500万人近くのパレスチナ人たちがイスラエルによる新型コロナウイルス・ワクチン接種から除外されている事実は、明らかにイスラエルという国家の政策による制度的な差別を示すものであって、次章で言うところの「メディカル・アパルトヘイト」であるとの批判が相応しいものなのである。

*1 (この下の *2 は 上の文中で触れた1948年のイスラエル「建国」が引き起こしたナクバ=70~80万人のパレスチナ人が難民となった彼らにとっての大災厄について冒頭の章で説明した筆者の note 投稿へのリンク)

*2


イスラエルによるパレスチナ人に対する医療差別 〜 新型コロナウイルス・ワクチン接種におけるメディカル・アパルトヘイト

まずは前章を読んでいただきたいが、ここからはリンク中心とする。1) の国連はイスラエルに、同国が "the occupying power" 占領国家として占領下にあるパレスチナの民に対して、占領国側のイスラエル人と同等・平等な新型コロナウイルス・ワクチン接種の機会を提供するよう要求している(要するにイスラエルはジュネーヴ条約が求めるその義務を果たしていない)。2) の世界最大の国際人権NGO アムネスティ・インターナショナルは、イスラエルがそうしたイスラエル占領下のパレスチナ人に対する義務を果たさないことは、同国による制度的差別であると訴えている。

3) の Democracy Now! によるリポートでは、「メディカル・アパルトヘイト」という言葉が登場する。以下、9) まで参考リンクを置く。

............................

1) 国連人権高等弁務官事務所 United Nations, Office of the High Commissioner for Human Rights: OHCHR による、イスラエルに対する要求(2021年1月14日付)

Israel/OPT: UN experts call on Israel to ensure equal access to COVID-19 vaccines for Palestinians

「イスラエルと被占領地パレスチナについて:国連の専門家(下記参照)はイスラエルに対し、(イスラエルの占領下で生活する)パレスチナ人が新型コロナウイルス・ワクチンの接種を(占領国側のイスラエル人と)平等に受けられることを保証するよう要求する」

詳細は下部のリンク先の OHCHR ウェブサイト上の説明にある通りだが、ここで言う "Israel" とは 1948年イスラエル「建国」時の戦争後のイスラエル領(を統治するイスラエル the State of Israel という名の国)を指し、OPT とは Occupied Palestinian Territory すなわち占領下にあるパレスチナ領、具体的には 1967年の第三次中東戦争(別名「六日戦争」)においてイスラエルが侵攻して新たに占領した、1948年の戦争後はヨルダンが統治していた(東エルサレムを含む)ヨルダン川西岸地区、並びに同様にエジプトが統治していたガザ地区を指す(念のため書いておくと、1948年のイスラエル「建国」前は、上記の全てをカバーする「歴史的パレスチナ」はイギリスによる委任統治領パレスチナ Mandatory Palestine であった場所で、因みにそれ以前に関しては16世紀から第一次世界大戦までは同大戦で敗戦国となったオスマン帝国の支配下にあった地域)。

以下に冒頭の一文だけ引いておくと、

GENEVA (14 January 2021) – UN human rights experts* today called on Israel, the occupying power, to ensure swift and equitable access to COVID-19 vaccines for the Palestinian people under occupation.

*UN human rights experts とは、下のリンク先の脚注によれば以下の通り。

*Mr. Michael Lynk, Special Rapporteur on the situation of human rights in the Palestinian Territory occupied since 1967
Ms. Tlaleng Mofokeng, Special Rapporteur on the right of everyone to the enjoyment of the highest attainable standard of physical and mental 

詳細は以下。

2) 世界最大の国際人権NGO であるアムネスティ・インターナショナル Amnesty International のリポート(2021年1月6日付)

Denying COVID-19 vaccines to Palestinians exposes Israel’s institutionalized discrimination
The Israeli government must stop ignoring its international obligations as an occupying power and immediately act to ensure that COVID-19 vaccines are equally and fairly provided to Palestinians living under its occupation in the West Bank and the Gaza Strip, said Amnesty International today.

詳細は以下。

3) イスラエルによるメディカル・アパルトヘイト 〜 Democracy Now! によるリポート(2021年1月5日付のヴィデオ付き記事 1点、その他・インスタグラム投稿 2点)

詳しくは上の記事内(ヴィデオと「テープ起こし」的な詳細な筆記テキスト)にある通り。以下はインスタグラム上のヴィデオ短縮版。テキスト付き。

同じく Democracy Now! のインスタグラム投稿。テキスト付き。

4) アメリカ合州国から同国内とイスラエルおよび世界に向けてパレスチナ人の人権・民族自決権擁護のための活動を続けイスラエルの占領政策・アパルトヘイト政策を批判し続けるユダヤ系アメリカ人の団体(複数ある)の一つ、Jewish Voice for Peace のインスタグラム投稿。上の Democracy Now! の記事によるリポートを受けてのもの。テキスト付き。

5) 同じく Jewish Voice for Peace のインスタグラム投稿。テキスト付き。ニューヨーク・タイムズを批判しているが、前章で取り上げた TBS の「報道」などもまさしく同趣旨で批判されるべきもの。

6) Mondoweiss は、反シオニストでプログレッシヴ(進歩主義)であることを標榜するユダヤ系アメリカ人の独立系メディア。こちらもニューヨーク・タイムズを批判している。ここでは特にイスラエルによる違法占領下のヨルダン川西岸地区に住むパレスチナ人たちとその「隣人」つまりイスラエル人の違法占領地内「違法入植者」たちとを対比させている。

'NY Times' gushes over Israeli vaccination program -- with bare mention of millions of Palestinians left out: “How do 3 million West Bank Palestinians feel about the fact that their 'neighbors,' several hundred thousand Jewish settlers, are getting vaccinated and they are not?” The New York Times is unable to ask that simple question about apartheid in an article gushing over Israel's rollout of vaccinations. 

7) 同じく Mondoweiss によるもの。上のインスタグラム投稿の内容に関しての詳細な記事(2021年1月4日付)。批判の矛先は同様にニューヨーク・タイムズにも。TBS「報道」陣も所詮、同じ穴の狢。

8) 以下は Mondoweiss による一昨日、2021年1月14日付の記事。

この記事では、ヨルダン川西岸地区(些かややこしい話だがこの文脈においては同地区に東エルサレムを含まない)やガザ地区のパレスチナ人に対するワクチン提供の問題とは別に、ワクチンがイスラエル「市民」全てに本当に平等に提供されているのかという問題提起をしている(東エルサレムは国際社会の理解ではイスラエルによる違法占領地の一部に当たるが、前章でも述べたようにイスラエルは 1967年に占領した東エルサレムを 1948年のイスラエル「建国」時の戦争で獲得した西エルサレム[これも前章で述べたが東と西を合わせたエルサレム全域はもともと 1947年の「国連パレスチナ分割案」においては国連の信託統治下に入ることになっていた場所]と一方的に合併した上で、これまた一方的にその東西合わせたエルサレム全域を対象にイスラエルの首都であると宣言してしまっている)。

記事では、イスラエルのアラブ系市民(パレスチナ人)全てが十分に理解できる適切な情報が行き届くようアラビア語による説明が為されていないこと、(イスラエルが1967年以来 違法占領を続ける)東エルサレムのパレスチナ人居住地域におけるワクチン接種場所の問題、ベドウィン(パレスチナの遊牧民)に対するワクチンの提供は十分なのかといった問題が、そうしたことがたまたま同時に起きているのではなく意図的・組織的・計画的なものであるといった指摘とともに、具体的に取り上げられている。

Israel says vaccine equally available to all citizens. But is that really the case? 〜 Israeli authorities are failing to provide essential information on the vaccine in Arabic, to establish vaccine centers in Palestinian neighborhoods in East Jerusalem, and to provide sufficient vaccines in Bedouin clinics in the Negev. These failures are “not a coincidence”, rights groups say.

9) 以下の 3点は、イスラエル生まれイスラエル育ち且つユダヤ人のイスラエル人で、反シオニスト・BDS(イスラエルが国際法を遵守して違法占領を止めるまでイスラエルに対するボイコット、資本撤退、制裁: Boycot, Divestment and Sanctions の抗議行動を続けようという趣旨の国際的運動)支持の活動家である Ronnie Barkan (因みに Twitter のプロフにおける自己紹介は "a privileged Israeli-Jew living at belly of the apartheid beast") のツイートより、同じ内容の 2点(共にイスラエルの新型コロナウイルス・ワクチン接種状況に関する他者のツイートに対するレスポンス)、併せてツイートに添付された資料。

上のツイートから 40分後、別の人物のツイートに対するレスポンス。

因みに Ronnie Barkan のツイートに添付された資料は以下。もちろん拡大すれば十分に読める(ただ、筆者がダウンロードした以下のものよりも、オリジナルのツイートに付いている表を直にクリックもしくはタップして拡大して見た方が見やすいかもしれない)。

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イスラエル最大の人権団体 B’Tselem が、イスラエルを 「アパルトヘイト」 レジーム であると宣言

イスラエルが「アパルトヘイト」国家であることはかなり昔から(いま現在、筆者は一体いつぐらいからか思い出せないほどに昔から)アメリカ合州国のユダヤ系アメリカ人の人権擁護組織やメディアを含む世界の多くの人々から指摘されてきたことだが、1989年の創立で32年の歴史を持つ、イスラエルで最も影響力がある人権擁護 NGO の一つである B’Tselem が、この度、ある意味「ようやく」、イスラエルは民主主義国家ではなく、1948年「建国」戦争後のテリトリーのイスラエルと 1967年以来 違法占領を続ける東エルサレム・ヨルダン川西岸地区およびガザ地区を実質支配する「アパルトヘイト」レジームであると認定し(2021年1月12日付、同ウェブサイト上)、昨日までの 3日間で既に、こうしたイスラエル批判としては珍しくアメリカ合州国、イギリス、フランスなどの欧米諸国のメインストリームの多くの新聞社や通信社等のメディアに取り上げられている。

これについてはあらためて、後日の note 投稿でも取り上げようと思っているが、ここではひとまず参考としていくつかのリンクを紹介しておきたい。

以下、B’Tselem のウェブサイトへのリンク 2点と、イギリスのガーディアンの記事、そして B’Tselem の Executive Director であるイスラエル人(ユダヤ人)の人権活動家 Hagai El-Ad のガーディアン紙上のオピニオン記事、アメリカ合州国の CNN の記事、および AP 通信の記事。

1) B’Tselem ウェブサイトより

A regime of Jewish supremacy from the Jordan River to the Mediterranean Sea: This is apartheid

「ヨルダン川沿岸から地中海沿岸に跨るユダヤ人至上主義の統治形態:これはアパルトヘイトである」

2) B’Tselem ウェブサイトよりもう一点

3) ガーディアン

4) ガーディアン紙上、B’Tselem, Executive Director, Hagai El-Ad のオピニオン記事

5) CNN

6) AP通信


ユヴァル・ノア・ハラリの 「人類と新型コロナウイルスとの闘い」 論考批判

ユヴァル・ノア・ハラリは近年、「知の巨人」「知の巨匠」と世界(とりわけ欧米や日本)で持て囃され、昨年3月に TIME 誌等に発表した「人類と新型コロナウイルスとの闘い」論考(TIME での記事タイトルは "In the Battle Against Coronavirus, Humanity Lacks Leadership")も大いに注目された上、その目の付け所が多くのメディアで「称賛」された。それは称賛というだけでは足りない、ジャーナリズムとしての批判的思考に欠く無批判な礼賛、手放しの絶賛と呼ぶにふさわしいものであったが、それは今も続いている。

日本においては 本 note 投稿の冒頭の章で取り上げたTBS(昨年も何度も彼の論考を無批判に紹介していたが、本年1月10日に放映された「サンデーモーニング」なる番組の今年最初の放送回でも新型コロナウイルスに関わる特集時間の中であらためてハラリの件の論への言及が「またしても」あった)はじめ、新聞では朝日新聞を含み、とにかくTV番組、新聞、雑誌等の数々のメディアで彼の論が肯定(全面肯定)的に取り上げられてきた。

その論の大筋は確かに評価されてよいのだが、しかし昨年来、新型コロナウイルスとの闘いにおいて世界で都市の「ロックダウン」政策が広まったという現象とは対照的に、ウイルスの感染拡大、パンデミックとの闘いを見据えれば今こそ国際社会の協調が必要だとする彼の論旨は、よくよく考えれば(よくよく考えなくとも!)至極当然のことであって、世界的に著名な知識人の主張として非常に真っ当な理屈を述べた(に過ぎない)内容であるとも言ってよいものである。

彼はその論考の中で、(イスラエルの外交上の「敵性国家」と見做される)イランを含む国々を例示し、それらの国々、つまりイラン人を含む諸外国の民の新型コロナウイルスとの闘いを支援することは、ひいてはイスラエル国民やアメリカ合州国の国民をも(同ウイルスとの闘いにおいて)助けることにつながるのだと訴えている。

一見、一聴、実にリッパな論に聞こえるが、これはパンデミックということを視野に入れれば、非常に「当たり前」の理屈でもある。

世界的に名高い知識人が「当然」の理屈を述べても当然ながら構わないのであって、まして人々の健康や生命に関わるこの深刻な問題において何も奇を衒う必要はないのだが、しかし一つ忘れないでもらいたい。

彼はアメリカ人でもなければ、イギリス人でもない。ドイツ人でもなければ、もちろん日本人でもない。

ユヴァル・ノア・ハラリという人は、イスラエル生まれ、イスラエル育ち、イスラエル在住のイスラエル国籍のユダヤ人である、世界から高く「評価」されてきた知識人である。

世界の大方からイスラエルにとっての外交上の「敵性国家」であると見做されるイランの民のウイルスとの闘い、およびその闘いを支援することの重要性に幾度となく言及するイスラエル在住のイスラエル人の知識人であるユヴァル・ノア・ハラリが、母国イスラエルが半世紀以上にわたって国連安保理決議にも違反しながら違法占領し続ける東エルサレムやヨルダン川西岸地区の(母国イスラエルによる!)占領下のパレスチナの民、そしてイスラエルが14年にわたって軍事封鎖し続けるガザ地区のパレスチナの民、彼らの新型コロナウイルスとの闘いに全く触れようとしない、彼らパレスチナ人のウイルスとの闘いへの支援どころかイスラエルによる実質的な妨害の事実(以下にリンクを置く note 投稿の中でも触れているがパレスチナ主導のPCR検査クリニックを破壊したことをはじめ多くの事実上の妨害がある)に全く触れようともしないのは、一体どういうことなのか。

パレスチナ人は、ユヴァル・ノア・ハラリと彼の母国イスラエルの民にとって、母国が軍事占領、軍事支配する「占領下の民」というだけでなく、エピデミック、パンデミックとの闘いという意味において「も」極めて重要な「隣人」なのである。

ユヴァル・ノア・ハラリのもっともらしい「ウイルスとの闘い」「パンデミックとの闘い」論が、彼の母国イスラエルの「敵性国家」イランの民のウイルスとの闘い(への支援)に触れながら、その一方で、彼やその他のイスラエル人たちの「隣人」であるパレスチナの民のそれに全く触れないことは、それは単に倫理的に誤っているというレベルに留まるのではなく、論理の上での重大な欠落があると見做されて然るべきものである。

少なくともこのことにおいては、ユヴァル・ノア・ハラリは「知の巨人」「知の巨匠」であるどころか、彼の件の論考は論理の上で「知の怠慢」であり、倫理の上では「知の欺瞞」であると言ってよいだろう。

以下、筆者の note 投稿 4点。4点目は、今日の本 note 投稿の冒頭の章、および本章でも若干触れたメディア批判を含めたもの。

1)

2)

3)

4)


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