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不潔な自転車の旅 第1話「座間市」

◯始めに

 大学1年生になったばかりの5月の時期のことだった。私は大学から、「座れる立体」の課題を出されていた。座れる立体とは、大学側から支給された段ボールで、人が座れる立体を作るというものだ。私は大学側から支給された段ボールの他にも段ボールが必要だった為、段ボールを購入する旅に出かけた。

◯計画

 栃木から厚木に引っ越してきて僅か2ヶ月。私は家賃32000円のワンルームに住んでいた。3キロ先には私が通っていた大学がある。周辺は1人暮らしを始めた大学生が多いので、この家賃は学生にとって優しい額であると言える(写真は2015年当時のもの)。しかも、風呂便所別で、洗濯機も室内設備でこの価格は厚木では破格の額である。奥を見ると私の自転車が置いてあるので、ストリートビューで撮影した時点で私は部屋の中に籠っている。髪を自分で切ってしまって不自然な髪型になっており、服も漂白剤を使っていなかった為ちゃんと洗濯ができていない不潔な私が、部屋の中に籠っているのだ。

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 慣れない神奈川の地を自転車で長距離移動するのは、このときが初めてである。それどころか高校時代は自転車で通学していたものの、自転車で長距離移動をすることがなかったので、段ボールを買う為とはいえ、長距離移動をすることがどれほど大変なものなのか、あまりイメージができていなかった。初めての自転車での長距離移動では、私は座間市に向かうことになった。近所で段ボールをデザイン用として売っている店が見つからなかったので、直接向かおうと考えた次第である。

◯旅立ち

 午前9時に自分の部屋を出発。自分の住む部屋は台地にあるため、市街地に出るにはどのルートでも下り坂を通過する必要がある。この下り坂が気持ちいい。T字路は左折した。

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 細街路を通り抜け、まずは大通りに抜けた。大学入学前に実家から車で両親と引っ越しの作業をするときに通過した道路だ。食器や布団を両親と一緒に買ったときのことは今でもよく覚えている。1人暮らしが始まる緊張感と新しい環境への期待、もうすぐ両親から離れて暮らす寂しさが入り混じっているので、あのときの気持ちはこの先も忘れることは無い。ここは座間市に向かう為左折。少し向こうに行くとニトリが見えるが、ここで両親に生活用品を買って貰った。

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 このまま大和厚木バイパスを東へ走っていく。すると、長い橋があり、その下には相模川がある。相模川は山梨県から流れている一級河川である。この川を境に、厚木市と海老名市が分断されている。厚木市、思っていたよりも短かった。このときに自分の住む厚木市は思っているよりも狭いのではないかと思い始めた。

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 厚木市から出たという実感が沸いた。相模川を境に、確かに空気が変わった。しかし、それにしても上り坂が長い。5月の時期というと気温が30度近くにまで上がってもおかしくない。その時期だから汗が止まらない。それだけのエネルギーを、この坂を上るのに集中させている証拠だ。数字上5キロもないはずだが、あまりにもきつい。下り坂もあるがそれも一瞬だった。私は海老名陸橋を超えたあたりで休憩した。近くに自販機があったのは運が良かった。

 気がつけば座間市に入っていた。あまりにも上り坂の区間が長い。途中で休憩を挟んでGoogleマップで自分のいる位置を確認したが、ここで驚いたのが、以下の地図にある青いマーキングの区間は一瞬の下り坂もあるものの、ほぼほぼ上り坂であったことである。こんな坂上っていたのかとゾッとした。更にゾッとしたのは青看板。この青看板に書かれている距離は、市役所までの距離を示しているのだ。私の部屋から厚木市役所までは4キロ。この場所から厚木市役所までの距離は7キロ。正確な距離は見ていないが、恐らくこの時点で10キロくらいしか移動していない。あれだけキツい思いをしたのに数字上は10キロくらいしか移動していないのだからショックを受けてしまった。

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 しかし、目的の場所まであと少し。段ボールを購入できる工務店の近くまで来た。さっきまでの地獄のような上り坂とは打って変わって、今度は下り坂だらけだった。とはいえ上り坂もあったが、さっきの上り坂と比べたらいくらか楽なので、傾斜が多少急でもある程度は気力で何とかなった。坂の上から見下ろす住宅地の台地の何気ない景色も私にとって癒しとなっていた。

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目的地の紙細工を行う工務店まできたが、人の気配がしない。何故だと思ってGoogleで検索をかけたらなんと、


             定  休  日 。


 やらかしてしまった。下調べをせずにここまで移動してしまった。あの上り坂の苦労はなんだったのかと、虚無と化したのはよく覚えている。とはいえ定休日を調べもせずに移動してしまったので自業自得なのだが。仮に段ボールを買えたところで持ち帰りはどうするつもりだったのか。背中に段ボールでも縛り付けて運ぶつもりだったのだろうか。あまりにも無計画すぎではないか。仕方が無いので、私は厚木へ引き返すことになった。虚無の午前10時半。

◯帰り道

 結局何も手にすることができず厚木へ引き返すことになった。しかし、帰り道は楽しむことができた。帰り道は同じ道から帰ったので、行きで通過したあの上り坂を今度は下りで通過するからだ。何も得られなかったが、自転車での長距離移動は楽しかった。何も手にすることができなかった日は、厚木市に隣接する市町村を全て回ろうという自分の中の企画が立った日でもあった。そして次の日は久々に下半身の筋力を使いすぎた反動で、筋肉痛に襲われた。まともに歩けなかったのは少し面白かった。

◯おわりに

 後日、段ボールは大学の方から更に貰えることが確認でき、私は座れる立体の作品制作に没頭した。段ボールは入手できなかった上に骨折り損、しかも筋肉痛に襲われる始末。しかし、この日の出来事が後の自分を形成するのに大きな影響を及ぼすのであった。これが充実なのだと、1人の時間ながら実感したのだった。

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