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望まれた赤ちゃん

去年と夏に施設長の座を降り、産休に入っていた前施設長が
移転を機に施設に顔を出すようになった。

一週間に一、二回ほど気づいたら来ている。

 
いつ来るか私達職員には伝えてこない。

時には赤ちゃんを連れてくる。
他の同僚に預けて仕事の打ち合わせを新施設長としたりしている。

 
施設長の座を退いても、前施設長はあくまで施設長なのだ。

 
移転先の壁紙の色を決めたのも前施設長らしいし
新施設長や事務長が小まめに仕事の打ち合わせを前施設長としていたらしいことも聞いている。

 
しかし、だ。

私は内心イライラした。

 
赤ちゃんを連れて施設に来れば
同僚も利用者も赤ちゃんをスルーするわけにはいかない。

一時間くらいならまだしも
それ以上の時間、何回も子連れで来られるのは非常識な気がした。

 
だが、前施設長からしたら正式な勤務ではないし
自分が創立者だから気にしていないのだろう。

みんなも前施設長や赤ちゃんの存在を喜んでいる。

 
気にしているのは私くらいかと思うとイライラした。

 
こうやって同性の私でさえ
働く女性、子育てする女性に優しくないから少子化は進む気がした。

私は出産どころか結婚もしていないし
そんな私がとやかく言えた義理はない。

 
前施設長が休みに入る時
パートさんの出勤日数を増やすと言われたが、結局増えなかった。

代わりの人も入らない。

サービス残業も増えた。

 
分かりきっていた長期休みなのに、と私は思ってしまう。

 
その挙げ句に子どもをマメに連れてくるなんて

ズルいよ。

ズルい。

 
私だって結婚したかった。

前の職場でずっと働きたかった。

前の職場のみんなに祝福された結婚や出産がしたかった。

したかった。

 
私と一歳しか違わないのに
私の夢を叶えて

ズルいよ。

 
結局は私は嫉妬でしかない。

 
 
赤ちゃんは柔らかくてあたたかくてかわいかった。

その命に触れると涙が込み上げた。

 
前施設長は母親の顔をしている。

それを見るのが苦しかった。

 
 
転職先で私だけ、職員の中で私だけ
結婚も出産もしていない。
みんな誰かの親だ。

それが密かに苦しかった。

 
私が出来損ないとより思い知らされて。

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