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姉のはなむけ日記/岸田奈美

障害者施設に建物を貸してくれる人は少ない。
空いている土地に障害者施設を建てることに反対する人も少なくない。

 
今でこそ小規模な施設や民間の施設が街中にできるようになったが
昔からある大きな施設がどこに建っているか思い浮かべてほしい。

大抵、街から離れた辺鄙な場所にないか。
施設の近くに民家は少なくないか。

 
他県や他の地域はどうか分からないが
私の住む地域、知る地域はどこもこんな感じだった。

 
この本を読むと
あの頃の私や今の私が重なり、胸がギュッとなる。

 
作者の岸田奈美さんの家族は、父親は他界(岸田さんが学生の頃)、母親は病気により車椅子、弟はダウン症、祖母は認知症である。

 
岸田さんは大学生の頃にミライロという会社に入る。
“障害を価値に変える”というコンセプトのその会社に入ったのは、車椅子生活になり、生きがいを失っていた母親に生きがいを与えるためだった。

 
ミライロを退職した後
家族について書いた文章が大きな反響を呼び
次々に書籍化。

noteのフォロワー数もえげつない。
今やテレビにも出ている。

 
私は退職した頃、時間があった為noteのコンテストに文章を書いて応募した。
そのコンテストは岸田奈美さんが主催で
そこで初めて岸田奈美さんを知った。

私は大学で臨床心理学を学び、専門学校で社会福祉を専攻し
学校卒業後、ある障害者施設に入所した。

人生の約1/3を、そこで働いた。

 
退職した理由は一つではないが
施設移転が大きな影響を私に与えたのは確かだ。

 
移転先の施設は、地域の人に忌み嫌われた。

窓の隙間から監視され
様々な人から苦情が入った。

 
門扉を開け閉めする音がうるさい。
野外作業の音がうるさい。
送迎車の扉の開け閉めする音がうるさい。
給食の匂いがくさい。
利用者がうるさい。
飛ばすな。送迎車は20km以下で走れ。

そんな風に何度も何度も言われた。

 
そして私達は全て受け入れた。

門扉は開けっ放し。
野外作業はやらない。
送迎車は利用者の出入り場所より遠くに停める。
給食ゴミは厳重にしまった。
利用者は外に出す時間を制限した。
施設近くでは10kmで走った。

 
それでも地域の方には嫌われ続けた。

 
私は一度、近隣の方から「俺らが先に住んでいたのに。この障害者が。」と言われたことがある。

何故言われたか。

 
地域の方の子どもが
門扉で遊び、敷地内で自由に遊んでいた為
やんわり注意したからだ。

 
まずは主任がやんわり言った。
遊ぶのはやめない。
次に他の職員が言った。
やはり遊ぶのはやめない。

仕方ないから私は言った。
「送迎車が通るから危ないよ。」と。

 
その返しが先ほどのものだ。

「送迎車が危ないだ?お前らがゆっくり走ればいいだけじゃないか。」

そうも言われた。
施設の敷地内で、だ。

 
送迎中、私は込み上げる涙を拭って仕事をこなし
利用者が帰った後に泣いた。

 
結局私は移転してほどなくして退職した。
退職してから数年が経った今でも
地域の方との関係が悪い。

 
何故こんな話を書いたか。 

それは今作に全く関係がないわけではないからだ。

  
 
岸田奈美さんや母親は
私達がいつまでも元気ではないし、と
弟(息子)である良太さんのGH入所を考える。

 
とても素敵なGHを見つけたが
そこはとても辺鄙な場所だった。
土地を貸してくれる人がいなかったからである。

 
GHを利用する方はほとんどの方が日中施設で作業や活動をするのだが 
GHから施設に通うには交通の便が悪い。

そんな話を聞き、岸田さんは自分で車を買い、寄付しようとした。

 
ところが戦争の関係で車はなかなか手に入らず
車探しは難航する。

 
車が見つかったのは人と人の繋がり、温かみである。

 
一件落着かと思いきや
GHの地域の方から苦情が入ったり
それがきっかけで岸田さんの昔の記憶が蘇る。

 
本書はたくさん泣けてたくさん笑えるが
私が一番泣いたのはこの昔の記憶のシーンである。

noteで既に読んでいて展開が分かっていても泣かずにはいられない。

 
また、良太さんの成長や優しさ、面白さも必見だ。
読んでいて微笑ましかったり、ウルッとしてしまうところがたくさんある。

 
私の前の職場は地域の方と溝がまだ埋まらないままだし
きっとそんな施設は他にあると思うが
だからこそ、岸田さんの奮闘記であるこちらは、切なくもあり、キラキラと美しい。

 
本の形が車だと気づいた時
驚きと何かで泣けてきた。

 
 
退職した私は色々な仕事で迷いながらも
結局、退職から一年後に他の障害者施設に入所した。

 
その職場で三年目を迎えたわけだが
このタイミングで施設が移転することになった。

 
万全な移転ではない。
ここにたどり着くまでに色々あったし
今もまだ色々ある。

人間の汚さや美しさを同時に見ている気分だ。

 
移転先では地域の方からの要望で一部窓を開けることを禁じられた。

でも仕方ないのだ。

 
ここしか貸してくれる場所はなかった。

 
今までたくさん断られてきたから
贅沢は言っていられない。

障害者施設は立場が弱いのだ。

 
移転前の今の方がいい気がしてしまい、怖くなる。

前の職場と同じ道を辿るのではないかと。

 
前を向くしかない。
信頼関係を築くしかない。
一歩一歩頑張るしかない。

この作品に
私は勇気や優しさや力を分けてもらえた気がする。


 

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