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リーダーの夢が叶う頃

それは、三週連続の行事を終えた次の日だった。

その日は週6勤務の最終日で
会議の日だった。
職員みんなが集まる日だ。

朝から晴れているが、冬らしい寒さの日だった。

 
会議では最後に来年度からの予定の話になり
上が理想的な話をして
そんな風に事が運べばそりゃ理想だよなぁと思い
話す気が失せ
多分他の人もそうだったのか
みんな下を向き、余計なことは何も言わなかった。
 
 
上が決めたことは絶対なのだ。
仕事はやるか辞めるか。
やれと言われたらやるしかないし
やってみてダメならまたその時考えればいい。

 
会議は四時間以上だった。
資料に書いてあることを読み上げたり、話し合い、意見を出し合い
最後に、そう最後に、だ。
資料に書いていないことを前施設長が突然言い出した。

 
「ここで人事の発表をします。」

みんなが顔を上げた。
人事異動は、私が転職してから一度もなかった。

 
前施設長の話によると、四月から同僚Aさんが同僚Bさんのポジションになるらしい。
同僚Bさんは年齢的な意味であと数年が限界とはよく言っていたし
Aさんに引き継いだのちに退職するようだ。

Bさんは人情家の優しい人だ。
覚悟をしていたとはいえ、Bさんが辞める日が近づいていると思うと寂しかった。

 
だが、人事の話はそれで終わらなかった。

同僚Cさんが年度いっぱいで退職するらしい。
Cさんは今年度から諸事情で時短勤務になっており、事情が事情なので薄々年度いっぱいで辞めるような気がしたから驚かなかった。
ただ、寂しくなるなぁと思った。

 
更に、同僚Dさんがパートさんから正職員になることになった。
なるほど、Dさんは子どもが春から一人暮らしをすると言っていたし、時間の融通がきくようになるだろう。 

 
しかし、来年度からこんなに動きが出るのか。
今まで人事の話が何もなかっただけに驚いた。
だが、話はまだ終わらなかった。

 
「残念ながら、○○さん(リーダー)が退職することになりました。」

 
えっ…………?

 
私は目を見開いた。心臓がバクバクした。
嘘だよ…え?嘘。え?冗談じゃないの?

 
…いつもみたいに、冗談だよって言ってよ、リーダー。

 
だけどリーダーは冗談とは言わなかった。
ということは、真実なのだ。

 
リーダーは年度いっぱいで退職するらしい。
先日、創立記念パーティーで利用者の夢を叶えた時、自分の人生や夢を改めて考え、夢に挑戦してみたくなったそうだ。
次の職場はまだ決まっていないらしい。

それが退職理由だった。

 
その話が本当なら、退職を決めたのはつい最近になる。
今から内定をとるのは大変な気がしたが
もう実は次が決まっていて、言わないだけかもしれない。

 
リーダーはもともと、福祉とは関係ない学校に通っていた。
思うところがあって、卒業後は高齢者福祉の道に進み、そこでも思うところがあって退職し、障害者福祉の道…今の職場で働いているようだった。

 
だが、まだ若い今のうちに当時とった資格を活かして福祉とは違う道に進もうと思ったらしい。
利用者の夢を叶えることで、リーダーも別の夢を見たということか。なんたる皮肉だ。

創立記念パーティーの日、私は改めてリーダーと一緒にこれからも働きたいと夢を見たのに
あのときには既にリーダーは他の道を見据えていたのか。

 
来年度から仕事をもっと簡略化してみんなの負担を減らしたいと考えて最近リーダーが動いていたのは

いなくなるからだったのか。

 
 
もう全てが嘘かもしれない。

前の職場も半年前に退職の意向を伝えていたというし
みんなの前で話した話は嘘で
もう何ヶ月も前から上に退職を伝えていたのかもしれない。
去年の秋、一時期上からあたりが強かった時期があったが
やはりあれはリーダーの退職が決まっていたからに他ならないかもしれない。

 
私は納得ができなかったのだ。

リーダーは毎月子どもの具合が悪くて月2~3日休んでいる。
今の職場ならば、有給もあるし、人手もあるし、立場上休んでも周りは何も言わないが
新しい職場になったら給料は下がるし、しばらくは有給ももらえないはずだ。
春になったら子どもが元気になるわけもないだろうし、転職したての人がバンバン休んだり、有給を使うのはあまりよくは思われないはずだ。

それでいてリーダーは子どもが複数いるし、家のローンもある。
退職したらすぐ転職しないと生活をする上で大変なはずだ。

 
そうなると、だ。
やはり全て嘘なのかもしれない。

とっくに退職を決めていて
とっくに内定ももらっていて
新しい勤め先は今より給料をもらえるのかもしれない。

 
以前チラッと義母や義父とゆくゆくは同居を考えていると言っていたし
実は春から同居が決まっていて
今より子どもをより見てもらって
仕事に専念しようとしているのかもしれない。

 
人の心なんて分からない。
いつからだ。
いつから転職を考えていたのだろう。

 
あの言葉もあの行動も
いなくなるからこそだったのだろうか。

 
これからもリーダーと働きたいなんて夢見ていたのは私だけか。
私だけだったんだ。
リーダーはとっくに他の想いがあって、他を見ていたんだ。

利用者や職員と一緒に過ごす今を捨ててまで
他の場所に行きたいのか。

 
ダメだ。
きっと決意は固いだろう。
止められない。
人の人生に口出しなんてできない。
できるとしたら、奥さんくらいだ。

私にできることは、限られた時間の間に仕事を引き継いだり、聞けることを聞いて
今よりしっかりしたり、強くなるしかない。

 
それなのに私は涙が後から後からこぼれた。
体に力が入らない。
早く一人になりたい。
リーダーと同じ空間にいるのが辛い。

  
 
帰り道、同僚と話した。
みんな表情は暗かった。

 
「リーダーがいなくなるなんて。」
「春から、不安しかない。」

みんなの口から出た言葉は私の想像以上に暗い言葉だった。
どれだけリーダーが愛され、必要とされていたのか。

 
リーダーならばきっと他でも活躍できる。
それは分かっている。
それが悲しい。
止められない。もう止められない。
さよならを受け入れるしかない。

リーダーのこれからの人生に私はいらないんだ。

 
リーダーの退職を知ったあの時から涙が止まらない。
何をしても気が紛れなくて、やる気が失せて
よく眠れないし、ご飯もおいしくない。
休みの日は色々やりたいことがあったのに、悲しみに暮れる最悪な土日になった。

まだ推しのライブが終わってから退職を知ったからよかった。
もしも発表が少しでも早かったら、私はもう心からライブを楽しめなかった。

 
1月、2月といいことがたくさんあった。風向きはいいと思っていた。
今年はいい年になると思っていた。

人生はそんなに甘くない。
私は現実に打ちのめされた。

 
職場を移転した際、創立記念日に植えた記念樹を植え替えたら枯れた。
不吉だと思っていたが、あの木が暗示していたのはこのことか。

 
長年勤めていたけど、移転して一年後に退職者や人事異動が重なり、退職。
それはかつての私だ。前の職場の私だ。

もう二度とあんな思いをしたくなくて今の職場を選んだのに
まさかあの頃の私と同じような道をリーダーが辿るなんて。

 
私はどこで道を間違えた?
私に力があれば、リーダーの退職を止められたかもしれないのに。
リーダーは人知れず苦しんでいた?
笑顔や冗談の裏で、みんなをサポートしながら
責任や負担が重くなっていた?

気づけなくてごめんなさい。
力が足りなくてごめんなさい。
行かないで。
まだここにいて。
創立記念パーティーを終えて、まだこれからじゃないの?
これからって時にいなくなるの?
やだ。嘘だと言って。こんなの悪夢だ。今年一の試練で衝撃だ。
それとも今年の試練はまだ始まったばかりなの?
今年はこんなもんじゃないの?やめてよ、神様。

 
施設名由来は「未来が楽しみ。」
どこが?
ねぇどこが?

リーダーを失って、これからどうやって働いていけばいいの?
私はどうしたらいいの?

 
辞めるならば私でしょ?
私なら、いなくなってもたいして支障ないよ。
私ができることはリーダーや他の人もできることで
私にはできないことがたくさんあって
こんなに仕事に向いてなくて
そんな私が残ってどうしたらいいの?

リーダーが必要なんだよ。
まだいてよ。
まだいて。

 
……なんて、言えるはずもない。

私が今こう思えてしまうことすら、リーダーには負担でしかなかったのかもしれない。
背負わせすぎたかもしれない。
甘えすぎたかもしれない。

ごめんなさい。

 
 
週が明けたら、どんな顔でリーダーに挨拶したらいいのだろう。
私は泣かずにいられるだろうか。余計なことを言わずにいられるだろうか。
怖い。怖くて仕方ない。

心から信頼し、尊敬し、今一番慕っていたのに
会うのが楽しみで、あんなに少しでも長く一緒にいたかったのに
リーダーの心や未来が見えなくて怖い。

 
今は会いたくない。会うのが怖い。顔を見るのが怖い。
もうどうしたらいいのか分からない。

 
春になったら、新しい利用者も入る。
なかなかに課題がある利用者なのに
こんな状態で、職員は平気な振りをして踏ん張らなきゃいけないのか。

新しい時間帯や業務で働く職員もゆとりはないだろうし
私は私で新たな体制で働くのは気疲れもあるだろう。
リーダーがいなくなって基盤が崩れた中
新たに働き出す新人さんを育てなきゃいけないのか。

そもそも求人を出して人が来るのだろうか。
いい人が来るのだろうか。

 
三月には、5年ぶりに県外への日帰り旅行がある。
利用者はショックを受けるだろうから、リーダーの退職の件は旅行後に伝えられる予定らしい。それはそれで酷だ。
創立記念パーティー、県外日帰り旅行と楽しいことが続き、みんなが夢見た後、退職をみんなに告げ、数日後にはリーダーはいなくなる。

そして4月からは大幅な人事異動。

 
泣く利用者や動揺する保護者が想像つく。
それだけリーダーは大きな存在だった。

 
 
リーダーの最終勤務日は、私の入職日だ。
なんという皮肉だ。もはや笑えてくる。

私が転職して四年目を迎える日、リーダーとはさよならになる。









 









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