入院82日目:出会いと別れ
水曜日、友達からLINEが来て、金曜日に久々に電話をすることになった。
その友達と電話をするのは二ヶ月ぶりで
私は金曜日を楽しみにしていた。
仕事と家事を終わした後、あと5分で約束の22時だった。
なんとか間に合った。
電話は楽しかった。
たくさん話した。たくさん話を聞いてもらった。
最近見た映画の感想や母親のことや仕事のこと。
前回長電話をした時はリーダーが辞めてしまうことを話した記憶がある。
まさか長電話をして一週間もしない内にお母さんが救急搬送されることになるなんて思わなかった。
友達は、私に家事や料理や仕事をよくやっていると、頑張っていると褒めて認めてくれた上で
大人二人暮らしなんだから、料理や家事でも手を抜いて、頑張りすぎないことが大切だと言ってくれた。
今年後半はきっと大きな幸せな出来事が待っている、とも。
その言葉で心は軽くなった。
次の日は仕事だと分かっていながらも
あまりに居心地がよくて、電話は3時間以上にも及んだ。
いつも話を聞いてくれて、本当にありがたい。
満たされた気持ちで私は眠った。
今日土曜日は会議のため出勤だ。週6勤務最終日だ。
いつもより出勤時間は早い。
昨日の長電話により寝不足でだるさも残っていたが
心は満たされたままだった。
今日は会議の後に、職場近くのイベントに寄ったり、開店したてのパン屋に寄り、それからお母さんの面会に行く予定だった。
会議は想像通り、上が綺麗事や正しさを振りかざす最悪なもので
みんな下を向いて意見を言わなかった。
会議が終わらないからたまに意見を言う人もいたが、叩き潰されているのを見て
私はますます無口になった。
言うだけ無駄だ。
サッサと上が方針を決めればいい。
どうせ現場の意見なんか聞く耳もたないのだから。
前施設長が言った。
「昔と違って今は職員が上とかはなくて、職員も利用者も対等な立場なのよ。」
内心、私は違うと強く思った。
利用者が連日攻撃的な態度をくり返しても、職員の体を触っても退所にはならないけど
職員がもし利用者を1回でも殴ったり、体を触ったら即クビに決まっている。
私から言わせてもらえば、上は利用者を優先し過ぎている。
更に言えば、攻撃的な利用者に対し、職員の対応が悪いという考えが強い。
職員が会議中無口になって下を向くのが答えだ。
そんなやり方では職員の心は動かない。
会議中、事務長が数ヶ月後に退職することを発表した。
今月から時短勤務になり、勤務日数も減らしたし、年齢的に年内か年度いっぱいで退職だろうとは思っていたが
想像より早かった。
事務長はリーダーと仲が良かった。
リーダーに見送られて辞めたいとも言っていた。
リーダーがいなくなり、利用者の不穏になる回数が増え
事務長は怖い思いや痛い思いをすることが増えた。
事務長は不穏な利用者のターゲットの一人だ。
そういったことも、退職を早めた理由かもしれない。
役職に就いている人の中で、私は事務長が一番好きだった。
事務長は人情家だし、優しい言葉をよくかけてくれた。
そして残業をよく認めてくれた。
事務長と残業するとサービス残業ではない率が高い。
優しいリーダーが辞め、人情家の事務長もいなくなる。
施設には共感性に乏しい理想論と綺麗事を言う上しか残らない。
また一歩、絶望に近づいたのだと思った。
更に、数ヶ月後に給食サービスが終わる話もあった。
私は給食が好きだった。
今自分でご飯を作るようになって、給食は貴重な自分以外が作る手料理を食べられる機会だった。
絶望まではいかないが、今の職場で働くメリットがまた一つ減ったのだとは思った。
今すぐ転職したいまではないが
退職できたら楽なのにとはよく思う。
求人情報は小まめに見た方がいいかもしれない。
会議は予想より大幅に長引き、更に会議後現場の怒りはおさまらず、みんなの愚痴は止まらなかった。
会議中無口になって下を向いていた人達が、帰り道は愚痴が止まらないのだから面白い。
今、職場は風通しが悪いのは間違いない。
会議後、寄り道の予定は全て中止にし、真っ直ぐに病院に向かった。
寄り道を楽しみにしていたので残念だった。
お母さんの面会時間に間に合うかぎりぎりだった。
会議中差し入れにもらったお菓子を食べつつ、車を飛ばす。
病院には5分遅れで到着した。
お母さんはベッドに座っていた。
二ヶ月以上美容院に行けていないお母さんの髪はボサボサで白髪も増え、すっぴんでもあるため、ひどく老けて見えた。
持ってきた衣服類を棚にしまいつつ、お母さんと話をする。
昨夜は胸が苦しくなってナースコールしたらしい。
どうやらリハビリを張り切り過ぎたのか、血圧が170になってしまったらしい。
再び以前の病院に転院するのか覚悟したとか。
医師に診察してもらい、薬を飲み
今は落ち着いているらしい。
入院した頃はよく胸が痛いと言っていたが、最近はおさまっていたので驚いた。
退院後、やはり長時間一人にさせるわけにはいかないのだろうか。
お母さんはリハビリ仲間で近々退院して入所が決まっている人の話を涙ながらにしていた。
お母さんは普段泣かない人だった。
先日LINEでもその人を想って泣いていたから、よほど堪えているのだろう。
「その人がともかの職場を利用できないか考えたんだけどさ」
などと言い出すから、私は驚いた。
娘の職場を斡旋しないでくれ。
まして今、こんなぼろぼろの状態なのに。
送迎ルート範囲外であることや、入所施設から他系列施設利用は可能な場合と不可な場合があると伝える。
お母さんは私の腰の状態や仕事を気にしていた。
「レントゲン代ケチらないで撮ったら?撮れば電気治療できるんでしょ?
今ともかがやられたら家をやる人いなくなるんだから大事にしなよ。」と言われた。
言われなくても分かってる。
だけど腰痛は普段は湿布くらいしかできないし
土曜日に電気治療とはいっても
土曜日に通院できない日もあるし
腰痛は悪化はしていないのでつい様子見をしてしまう。
仕事では多少は配慮してもらっている。
お母さんとの面会30分はあっという間だった。
それでも二週間ぶりにゆっくり話せて嬉しかった。
帰宅後はドッと疲れが出て
倒れ込むように昼寝をした。
庭には百合の花が咲いていたのでお母さんに写真を撮って見せた。
こんなくたびれた私から見ても、花は美しい。
お母さんの愛した庭。
昼寝から覚めた後
今日はお父さんも仕事だから労いもこめてスパゲティサラダを作った。
お父さんの好きな料理だから。