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退職後の再会は新しい職場で

「こんにちは~!」

夕方、利用者が帰った後に仕事をしていると
玄関の方から声が聞こえた。

 
今日は誰かが来る予定はなかったはずだ。

 
頭に「???」を浮かべながら
同僚が玄関に行った。

 
そこには二人の人が荷物を抱えて待っていた。
そのうち一人は実に見覚えがある。

「Aさん……!」

私は話しかけた。

 
Aさんは今から数年前に
前の職場で同じ事業で働いていた元同僚だ。

あまりいい辞め方はしていない。

 
先々月再会した時は
Aさんはビックリしたのか
上手く言葉が出ていなかった。

それはそうだ。
私はAさんの転職先を知っているが
Aさんは私の退職も転職も知らないはずだ。

 
「おぉ~!これはこれは!」

その口調は
かつて一緒に働いていた時に聞き覚えがあった。

 
どうやら押しかけで販売に来たらしい。

他の福祉施設で今は働いているAさんともう一人は
両手で抱えている箱から
何やら食べ物を取り出した。

 
話によると販売ルートがこの近くらしい。

夕方にしては大量にある。
おそらく
目標よりも売れなかったのだろう。

 
私はいくつか購入した。
同僚もいくつか購入した。

そんな中
リーダーがやってきて挨拶をした。
その時、施設には新施設長も前施設長もいなかったからだ。

施設長らは、新しい仕事の契約に出掛けていた。

 
「あぁ、どうも。この前は研修でお世話になりました。」

思いがけない言葉がリーダーの口から出てきた。

 
後にリーダーから聞いた話によると
先日の研修では同じグループだったし
リーダーの販売日は何回もAさんの販売担当日と重なっていたらしい。

 
不思議な感じがした。

 
新しい職場で
リーダーと元同僚のAさんが話している。
そしてAさんが私の新しい職場にいる。

こんな景色を
私は一体いつ想像しただろうか。

 
「前の職場の方なんです。」

私は今の職場の同僚に伝えた。 
今と過去が繋がっていく。

 
「それにしても、ともかさんが元気そうでよかった。」

Aさんはニッコリ笑って言った。

私はそれを聞いて
泣きそうになった。

 
Aさんは私の昔を知っている。

私がどんなに前の職場に尽くして
どんなに利用者を好きかを知っている。
きっと私が退職するとは思いもしなかったはずだ。

だから今
Aさんから見て私が別の場所で笑っていて
ホッとしたのかもしれない。

私がAさんを見て安心したように、だ。

 
私が知っていたAさんは
良くも悪くも感情的だった。
職場を転々ともしていた。

だが
今年に入ってから見るAさんは
憑き物が落ちたように
穏やかで丁寧だ。

 
もしかしたらあの前の職場がそうさせたのかもしれない。
Aさんは本来はこんな性格で今の職場で出せているにすぎないかもしれない。

「真面目そうな人ね。」

と、事務長が言った。

 
あぁ、私もそうだ。
前の職場では良くも悪くも感情的だった。

 
だけど今は
内心はどうであれ
人前で怒ることはなく
職場ではいつも穏やかに過ごせている。
環境が間違いなくそうさせている。

 
これからAさんらは時々来て販売するらしい。

こうして二つの施設には架け橋ができた。

 
今回は諸事情でできなかったが
今度はうちの製品も見ていただき
買っていただこうじゃないか。

「ありがとうございました。」

Aさんともう一人はそう言って会釈し
私達職員も会釈した。

 
Aさんの職場はよくない噂も聞くが
退職してからAさんはもう何年もそこで働いている。

 
やるせない退職だったと思うが
前を向き、他の職場で頑張るAさんを見ると
私も負けてられないなと思う。

 
Aさんは知らないだろうけど
Aさんが立ち去ってから
職場は悪化の一途を辿った。
一週間で三人退職した時もあった。

 
私も心から納得した退職ではなかった。
だけど

今は別の場所で 
あの時はまだ知らなかった人達と 
ここで一緒に過ごしている。

 
悩んだり、落ち込んだりしながらも
笑い合って今を生きている。

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