見出し画像

上司の違い

その日は朝から花粉がひどかった。

薬を飲んでいたのに鼻水が一時間止まらずに酷い目にあった。

日中は目が痒くて仕方ない。
目の痒みは終わることがなかった。

 
今日は急ぎの仕事はないから
早く帰ろうと思っていた。

 
その日は午後少しだけ雨が降り
黄砂か花粉が車にベッシリ張りついていた。

その日の私担当の送迎車を見た時は唖然とした。
まさか車がそんなことになっているとは思わなかった。

 
「これ、花粉?」

隣に送迎車を停めたリーダーが私に話しかけた。

 
リーダーはサッサとじょうろを用意し
フロントガラスにかけた。

「真咲さんもかける?」

と、言われて
リーダーは私の送迎車にもかけてくれた。
フロントガラスがきれいになった。

 
優しいなぁ、と思った。

 
送迎時、保護者から「今日は車やられちゃいましたよね。さっき自車洗いました。」とか「うちの物干し竿もひどいですよ。」とか言われて
私は内心恥ずかしかった。  

 
車の話題が出るということは
それだけ送迎車の汚れがひどいということだ。

 
こんな汚れた送迎車で迎えに行くなんて情けない。
ため息が出た。

 
私は施設に戻ってから送迎車に水をかけた。
だが、黄砂だか花粉だかは手強く
なかなか落ちなかった。

 
そこに、リーダーも帰ってきた。

 
「真咲さん、俺が掃除しときますよ。」

 
「いやいや、自分でやりますよ。」

 
「真咲さん、〇〇の仕事まだ終わってないでしょ?やっちゃっていいですよ。」

 
「いやでも」

 
「俺、水遊び好きなんですよ(笑)適当に掃除しちゃうから。」

 
そう言ってリーダーは送迎車を掃除し始めた。
自分が乗っていた送迎車、私が乗っていた送迎車、そして今日乗らなかった送迎車も  
丁寧に丁寧に掃除し始めた。

 
私は窓からそれを見ていた。 

 
私が気にしないようにわざとあんなことを言って気にしないようにしてくれた。

リーダーはそういう人だ。

 
リーダーが掃除を手伝ってくれたお陰で
私は定時で上がれた。

そしてリーダーは残業をしていた。

 
今この瞬間、世界中の誰よりもリーダーはかっこいいと思った。
心から思った。

 
 
と同時に
ある人が浮かび上がった。

 
前の職場で上司は私に
「〇〇の仕事あるから今やっていいよ。」なんて言ってくれなかった。

むしろ上司がやらない仕事を私がやっていた。

 
私は残業を二時間とか平気でして
サービス残業も平気でして
だけど上司は仕事を終わらせないまま
定時で帰っていた。

 
どれだけ憎み、恨んだか分からない。

 
数年前までは
それが当たり前だった。

そんなことが10年以上続いた。

 
だけど
残業した私は大切にされず
退職せざるを得なく
仕事をしない上司は今でもあそこに残っている。

一番長く在籍した正職員として。

 
天に唾を吐きたい気分になった。

 
私のあの日々はなんだったのか。

 
職場に、仕事に尽くしても
利用者や保護者や同僚に想われても
立ち去るしかなかった。

頑張る人が報われないなんて
どれだけ思ったか分からない。

 
 
だけど…。
 
 
今度は窓を拭いていたリーダーが浮かぶ。

自分の仕事を後回しにして
黙々と各送迎車を掃除していたリーダーが。

 
空を見上げた。

 
また、頑張ろう。
リーダーと一緒なら
私はまだ頑張れる。

リーダーのような優しい人になろう。

そう思った。

 
仕事終わり
同僚と話しながら帰った。
笑っていた私がいた。

私は大丈夫。
まだやれる。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?