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放課後のクレープ

大きくなったら、友達とクレープを食べる。

 
それは小学生からの私の夢の一つだった。

 
 
私が小学生の頃、セーラームーンというアニメが始まり
セーラームーンは大大大大流行した。
当時は一年(未満)くらいでアニメが終了し、次作がスタートするのが普通だったが
セーラームーンは空前の大ヒットで
異例の5年間という長い期間放映された。

私は様々なアニメを見てきたが
セーラームーンに出会ってから、「一番好きなアニメはセーラームーン」ということは全く揺るがない。

 
 
セーラームーンは土曜日の19時から30分のアニメだ。

当時、土曜日は午前中授業だった。
私は学校の後、お昼を自宅で食べてからそろばん塾に行き
帰宅してからスイミングスクールに通っていた。

 
スイミングスクールが終わったらチョコレートアイスを食べるのが日課で
帰宅してから夕飯を食べた。
我が家は夕飯時にテレビを見ることを禁止されていたので
夕飯を食べたら急いでテレビがある部屋に行った。
場合によってはセーラームーンを見てから夕飯を食べた。
「ゴメンね 素直じゃなくて」を聞いて、土曜日夜が始まる感じだ。

 
 
セーラームーンは女子中学生がセーラー服戦士に変身して戦うアニメだが
日常シーンではよく、クレープを食べ歩くシーンが出てきた。
主人公のうさぎちゃんは両手持ちでクレープを食べることがある。
イチゴとキウイクレープだ。
喫茶店でパフェを食べたり、友達同士でスイーツバイキングに行ったり、レモンパイやアイスやホットケーキを食べるシーンもあった。
どれも美味しそうだったが
やはりなんといっても憧れは友達とのクレープだった。
次点では、好きな人とチョコレートパフェを食べる、だ。
なるちゃんとネフライトのシーンは当時の少女達の心を撃ち抜いた。
なお、チョコレートパフェの夢は初彼に叶えてもらったのでありがたい。

 
 
私は田舎で暮らしていた。
だから、クレープは都会の象徴だった。

昔、母親の実家で従姉妹とクレープパーティーをやったことがあり
ホットプレートで次々にクレープを焼いて
好きにトッピングすることもそれはそれは楽しく
また美味しかったが
私の求めるものはあくまで、友達とクレープ、である。 
街中で友達とクレープ食べ歩きが夢だった。

 
家の周りには何もなかった。
田畑に囲まれていたし、自転車で行ける範囲の場所に
クレープ屋なんてハイカラなものはなかった。
どこにクレープ屋さんがあるのかさえ分からない。
それが小学生の時代だった。
クレープ屋さんはせいぜい
夏祭り等で出店で見る存在だった。

だが、違う。違うのだ。
夏祭りの出店で買うクレープは美味しいけど
ロマンが違う。
セーラームーンの世界観ではないのだ。

 
 
そんな中、私は中学生に上がり、初めて友達と街中に出掛けた。

私は疎い方で、周りのクラスメート達はとっくに街遊びデビューを果たしていた。
駅ビルだけでなく、古着屋さんや雑貨屋さん、アジア雑貨屋等きらめく街並みに、田舎者の私はおののいた。
友達に誘われ、促されるまま
洋服や雑貨を買った。
しまむらで慣れていた私は、あまりのまばゆい世界にビックリした。

 
私は世界を知らなかった。

 
そのきらめく街中に、クレープ屋さんをいくつか見つけた。
私は「あっ!」と思った。
お店の外観や雰囲気はセーラームーンを彷彿させた。
だが、クレープは食べなかった。
街中には飲食店がたくさんあったし
私はとにかくまだ街に慣れていなかった。
友達についていくのが精一杯だったのだ。

はしゃいだ私はわざわざ使い捨てカメラで
その日を写真で撮った。
当時はまだポケベルの時代で、携帯電話は大人の一部しか持っていなかった時代だ。
学生が写真を撮るといったら、使い捨てカメラの時代だ。
デジカメなんて勿論発売されていない。

 
中学生時代、ほしいものはたくさんあった。
だけど、お小遣いは限られていたから
そんなにひょいひょい好きなものは買えなかった。
だから、1個400円近いクレープは高級品だった。
マックのハンバーガーが80円とか、そんな時代だったのだから。

 
 
転機は、高校入学である。

街中の高校に通うようになった私は、定期券を手に入れた。
私からしたら魔法のカードだ。
今までは街中に行くたびに電車賃がかかったが
定期券がある私は無敵に近かった。
憧れだった街中は、どんどん日常になっていった。
たまにしか行けなかったはずの大都会の街中を
毎日行き来しているのだ。
私はどんどん馴染んでいった。
平日どころか休日さえ、地元より街中で過ごすようになった。

そんな私より先に街中にデビューしていて、かつ物足りなさを感じた人達は
中学時代から東京に憧れ、遊びに行っていた。
私の先にいた。
そういった人達は東京に進学し、東京で就職をした。

 

さて、街中に馴染んできた私は、以前よりはビビらなくなった。
以前は街中を歩く時はビクビクし、キョロキョロしていたが
高校入学してから一ヶ月も経てば
私は度胸がついてきたのだ。

 
そんな中、高校の友達から「クレープ食べない?」と誘われた。
放課後である。
クレープ屋は女子高生やカップルで賑わい、長蛇の列だった。
私はイチゴクレープを頼んだ。
友達は確か別の味だった気がする。

クレープ屋さんのクレープは出店とは異なった。
お洒落で美人なお姉さんが作るクレープは見た目がかわいらしく、見るだけでテンションが上がり
一口食べると
口の中にホイップとイチゴとクレープ生地のハーモニーが広がった。

 
夢が叶った、と思った。

  
女子高生になり、友達とクレープを食べる私は
あの日のうさぎちゃん達と同じなのだ。
クレープも美味しかったが
それよりも夢を叶えたことが嬉しかった。

 
 
その、通学路の途中にあるクレープ屋さんには
その後も何回も何回も行った。
放課後にも行ったし休日にも行ったし
私服でみんなで行くこともあったし
色んな友達とクレープを食べた。
確か初めてのWデートでもそのクレープを食べた。

 
 
 
大学に進学をすると
別の駅ビルにクレープ屋さんがあったので
大学の友達ともクレープを食べた。
「セーラームーン見た世代はクレープに憧れるよね。」と友達が言い
そうそう、と言いながらクレープを頬張った。
私の周りでセーラームーンのクレープのロマンが分かったのは
姉と大学の友達だけだった。

 
 
 
 
 
そんな私はやがて大学を卒業し、就職した。

就職をしてから、友達とクレープを食べ歩きする機会は減った。
大人になり、金銭的に余裕がでてきた私は
しょっちゅう東京や観光地に行くようになり
お洒落なカフェやご当地グルメに手を出した。

 
学生時代は学校帰りにクレープを食べたが
じゃあ社会人になり、仕事帰りにクレープを食べるか…とはならなかった。
仕事帰りが遅かったし
そもそも職場近くにクレープ屋なんてない。

仕事の都合で、利用者がクレープを食べる機会はあったし
仕事上、私も食べてもいいっちゃいいのだが
私はクレープは食べなかった。
仕事中は気を張っていたから食欲はわかなかったし
食事中は支援があったし、トラブル派生がしやすく、いつもバタバタしていた。

 
社会人になってから、例えばデートの時にクレープを食べることはたまにあったが
私はそれよりも、おひとり様で食べる回数が急増した。
買い物をした時にクレープ屋さんを見つけると
ついつい気になって買ってしまう。
セーラームーンの魔法が続いているのだ。

 
 
 
2~3年前、同僚の、食通で料理上手な栄養士さんから、某クレープ屋さんの話を聞いた。

そのクレープ屋さんはイチゴとかバナナとかそういった定番は扱わず
素材や手作りにこだわった大人向けなクレープ屋さんらしい。
とにかくクレープ生地が美味しい、と栄養士さんから絶賛され
私は行ってみることにした。
栄養士さんの舌は素晴らしく、ハズレは全くないのだ。

 
そのクレープ屋さんは営業時間が短く、毎日営業しているわけでもない。
しかも駐車場があまりないので
私はオープン時間に合わせて行った。
車はどんどん入ってきて
あっという間に満車になり
長蛇の列になった。

 
すごい人気だった。

 
クレープはできあがりまでに時間がかかる。
通常のお店の2倍は覚悟した方がよい。
だが、確かに皮の味や食感は抜群であり
素材にこだわった中身は群を抜いていて、ハーモニーが絶妙である。
甘さ控えめで品がありつつ、層によって味が変わり
飽きない工夫がしてある。

丁寧なクレープ、という印象だ。

なるほど、栄養士さんがオススメしただけはある
素晴らしいクレープだった。
私のクレープの概念を変えたクレープであり
私もイチオシクレープに変わった。

 
だが、なんせ人気店である。
隠れた名店と言うべきだろうか。
タイミングをはずすと、あっという間に長蛇の列になり
なかなかに厳しい。
二回目に行った時は一時間以上かかった。一時間である。

定番商品だけでなく、期間限定メニューも実に美味しいのが憎い。
リピーターになるだけの価値はあるのだが
我が家から離れた場所にあるのが難点だった。

 
 
 
そんな私が今年、仕事を辞めてハローワークにお世話になることになった。
そのクレープ屋さんはハローワークの近くにある。

 
私はひゃっほー!と思い
これを機に、ハローワークに行くたびにクレープを食べた。
ハローワークではいちいち複雑な思いになるし、コロナの影響もあり、雰囲気は非常に悪い。
殺気立つ人も何人もいた。 
そんな私を癒してくれるのがそのクレープ屋さんだった。

 
現在は、ハローワークから指定された日時の都合でクレープ屋さんに寄りにくくなったので寄っていないが
仕事を辞めたことをきっかけに
この絶品クレープを各種食べられてよかった。

 
 
 
そんな私が先週、久々に高校時代に特にお世話になったクレープ屋さんに行ったら
その店は閉店していた。
それだけではない。

大学時代にお世話になったクレープ屋さんも
今年の冬に閉店していた。

 
シャッターで閉じられたお店と貼り紙を見た時
私はなんとも言えない気持ちで立ち尽くした。

一つの時代がまた終わったのだと思った。

 
 
 
 
昨日、出掛けた先にクレープ屋さんがあった。
だが、お客さんはいなかった。
コロナの影響だろうか。

ここのクレープ屋さんにもお世話になったが
もしかしたらここもカウントダウンだろうか。

 
そう思ったら、切なくなった。

 
 
 
コロナの影響もあるのだろう。
馴染みの店が今年はどんどん潰れている。

街に出掛けるたびにシャッターや貼り紙を見掛け
私はテンションがいちいち下がる。

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