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おしるこ事件

「愛するよりも愛される方が幸せよ。」
母はよく私に言っていた。

 
 
私が23歳の頃の話だ。

初めての彼氏に振られてからも、私は割り切ることも吹っ切ることもできず、彼を想っていた。

恋とは残酷だ。
両思いの時は好きな人に好きだという気持ちを素直に表現しても許されたのに
別れてからは、心を殺さなければいけない。
友達として振る舞うなら、全力で演技をしなければいけない。

片思いも辛かったが、両思い→失恋からの片思いは、その倍は辛かった。

 

諦めきれない私は、別れ話の後も二回粘ったが
二回目にはついに「ともかは成長していない。」「もう俺じゃなくて次に行けよ。」とさえ言われてしまった。

やがて彼に新しい彼女ができ、私はメールを拒否設定にされ、連絡はとれなくなった。
彼は成長し、次へと行ったのだ。 

私だけがどこにも行けない。
次に行かなくてはいけないのに。

 

電話帳を消したところでなんだというのだろう。

電話番号もメールアドレスも
笑顔も声も優しい思い出も
傷つき傷つけたことも  
何もかもが忘れられなかった。

 
 
 
初めての彼氏にフラれてから半年以上経った頃、私はその人に出会った。
ちょうど元彼に新しい彼女ができた頃だった。

SNSを通して知り合ったその方は
私の書く文章や詩のファンらしく
メッセージ機能を使ってメールをくれた。

賢そうな文章を書く人。
私を認めてくれる人。

それが第一印象だった。

 
失恋により、私は自信を失っていた。
また、学校生活が上手くいっていなかったり、将来のことが不安で
私は不安定な状態だった。

だから、私を受け入れてくれて、私を褒めてくれて
熱心にマメに来るメッセージが
私にはとてもありがたかった。

 
 
何ヶ月かメッセージのやり取りをした後、その人が関東に旅行に来ることになった。
私は関東に住んでいて、その人は関西に住んでいた。

「会いませんか?」

と言われた。
鈍い私でも、さすがに気づいた。
その人は多分、私に恋愛感情を抱いている。

 
 
いつまでも引きずっていてはいけない、と
私はその人と会うことにした。 

無理矢理にでも次に行くしかないし、忘れるしかないし、成長するしかないのだ。

 
私達は駅で待ち合わせをしていた。
私は先に着いていたので、駅のホームまで迎えに行った。
その人は穏やかで笑顔だった。
事前に送ってもらっていた顔写真の人と確かに同じ顔だったけど
写真は緊張した表情で
実物は写真よりもっと素敵だった。
賢い文章を書くだけあり、真面目そうで、知的な顔をしていた。
頭の良さが顔ににじみ出ている。

「出会った記念に、これをどうぞ。」

出会って早々に、私はアクセサリーをもらった。
初対面で、しかも男性からプレゼントをもらうなんて、嬉しいというより申し訳ない。
真面目そうな外見と裏腹に、中身はとんだイタリアンじゃないか。
「こんなつもりで今日会ったわけではないんです。高いものをもらうわけにはいきません。」と私が断ると

「あなたに似合うと思ったんです。写真よりあなたはずっと素敵だ。今つけてあげましょう。」

と、ペラペラと言ってのけた。
日本人であるはずの顔立ちが胡散臭く感じた。
本当に日本男性なのだろうか。

 
…おかしい。
メールでは知的な感じだったが、口を開けばこんなにイタリアンだとは。
こちらが恥ずかしくなるようなことを、彼はストレートに笑顔で言ってのけた。
返す言葉が見当たらず、私は素直に受け取ることにした。
視線を落とすと、彼の腕には色違いの同じ物があった。

………お揃いだ。

私は恥ずかしくなって目をそらした。
気づきつつ、見て見ぬふりをした。
彼はご機嫌だった。
喜びや嬉しさを全面に出す人だった。

 
 
朝待ち合わせをして観光をした後
小腹が空いたので私はおしるこを注文した。
久しぶりのおしるこだ。
美味しそうな甘ったるい匂いが漂う。
見るだけで美味しいと分かるそれを
私がフーフーしながら、思い切り口に入れた瞬間だ。

「俺と、付き合う?」

言葉は軽いが、目は真剣だ。
冗談ではないことは伝わった。
照れ隠しから、かっこつけながらではないと言えない不器用さが伝わった。 
 
 
………私は、固まった。

気があるような気はしていたが、まさかこのタイミングとは。
私は告白をされに来たんじゃない。
ここにおしるこを食べに来たのだ。
それなのに、おしるこの味が分からなくなる。

のちにこの時のことは、彼や周りの人に話す時に「おしるこ事件」として語り継がれる。

 
私は返事に詰まった。
確かにいい人だ。
メールや電話のやり取りよりも、実際はいい人だった。

でも……

好意はあったが、恋愛感情まではいかないというのが正直なところだった。
まだ初彼を忘れられなかった。

 
「俺の気持ちを知っておいてもらいたかった。返事は後でいいので、俺の気持ちを知った上で俺を意識してもらいたい。まずはおしるこを食べてください♪冷めちゃいますよ♪」
 
 
冷めちゃいますよ、じゃないわー( ̄□ ̄;)!!
告白された直後に「じゃあ遠慮なく♪」なんて、食べられるかー!!

あんなに楽しみにしていたのに、私はドキドキしてしまって、おしるこは半分も食べられなかった。

  
 
その後も告白はなかったかのように一緒に過ごしていたが、その数時間後に電車の中で、「それで、考えてもらえた?」と笑顔で急に催促された。

またこのタイミングでー( ̄□ ̄;)!!
周りに人がいるというのにー( ̄□ ̄;)!!

 

私はしどろもどろになりながら、正直な気持ちを伝えた。

「…あなたは……いい人だと思います。会ってみて、素敵だなと思いました。
………ただ、あなたもご存じの通り、私は前の彼氏と別れてから一年も経っていないので、心の整理がまだつかないのです。」

私は遠回しにフッたつもりだった。
だけど彼はめげなかった。 

 
 
「うん、俺のこと、嫌いってわけじゃないんだよね?見込みあるってことだよね?よかった~!」 

ポジティブシンキングー( ̄□ ̄;)!!
なんなんだ、このポジティブは( ̄□ ̄;)!!

 

彼はニコニコニコニコしながら私を見つめた。
やはり返す言葉が見当たらない。

私の返答にとりあえず満足したらしく、別の話題に移った。
内心私はドキドキして焦っていた。
なんせ人生でモテたことはない。
こんな風に分かりやすい形でガンガン攻められたのは初めてで、どう対処したらいいかが分からなかった。

 
 
電車で移動し、買い物をし、橋から川を眺めていた。
空はすっかり夕日に染まっていた。

「それで…答えはどうなの?」

一日に二回目の催促来たー( ̄□ ̄;)!!
待てない人だな、この人は( ̄□ ̄;)!! 

 
…顔は真剣だった。もう笑みはない。
私は再度、伝えた。真面目に応えるべきだ。

「私はまだ前の彼を忘れられないんです。復縁したいとか、まだ好きとかではないんです。彼には新しい彼女がいるし、私に次へ行くように望んでいます。
でも、他の人を忘れられない、心の整理がつかない状態で、あなたと付き合うのは不誠実だと思います。付き合うのは申し訳ないんです。」

 
さっきより、私は一歩踏み込んだ本音を伝えた。
それを聞いた彼は、言った。

彼「別れても忘れられないくらい、それだけ、本気だったんでしょ?本当に元カレさんが好きだったんでしょ?本気の恋なら、そんなにすぐに忘れられないよ。それが当たり前なんだよ。
俺はそうやって誰かを本気で好きになれる、真っ直ぐなともかが好きだし、そうやって、安易に付き合おうって考えない真面目なともかが好きなんだよ。

でも俺のこと、嫌いってわけじゃないんだよね?」

 
私「嫌いではない。素敵な人だと思います。今日は一日、本当に楽しかった。だからこそ、中途半端な状態で付き合うのは申し訳ないんです。」

 
彼「じゃあ問題ないじゃん。元カレさんを忘れられないままでいいよ。俺が幸せにする。俺となら幸せになれるよ。

それで、返事は?」

 
私「…いいの?前の彼を忘れてなくても、私は幸せになっていいの?」

 
彼「俺がいいって言うんだからいいの。彼女になって!」

 
私はこんな調子で押しに押されて、ついに付き合うことを了承してしまう。
「やったー!もう今日はずっとハラハラしてたよー!」と勢いあまって私を抱きしめた笑顔のその人を見た時、本当にこの人は私にはない良さを持っているなぁとつくづく感じた。
 
 
 
その人と私は似ていた。

私と同い年で、私とほぼ同時期に初めての恋人ができて、私とほぼ同時期にフラれていた。
だから分かるのだ。

初めての恋をなくした辛さや、元恋人が決して心から消せないことを彼は知っているし
だからこそ色々なものを分かち合えた。

私はそう思っている。

 
 
 
こうして恋人になって私達は、そのまま居酒屋に行き、乾杯をした。
新たな門出だ。

その際、お店の人が誤って、他のお客さんの飲み残しの赤ワインを私にこぼしてしまった。

その日はおニューのジャケットを初めて着た日だったのだが
ベージュのジャケットは赤ワインで派手に汚れてしまった。

店員は謝らずにどこかへ行ってしまった。
ちょうどその時は店内が満員状態で、店員はみんな忙しそうだった。

 
 
私が「今日初めて着たジャケットだったのに……」と肩を落としていると
彼が「ともかは心配しなくていいからね。俺に任せて。」と言い
すぐにお店の人からおしぼりをもらい、事情を話しに行った。

 
感情的にならず、店員に事情を説明し、店長に謝罪をさせ、クリーニング代をいただいた。
最後まで、私にワインをかけた人は姿を見せなかった。

私はオロオロしていただけで何も言えず、何もできなかったが
冷静に的確な判断をして、店員さんに感情的にならずに話した彼の姿を見て
私はなんて頼もしいのだろうと思った。

 
こんな付き合い方の始まりでよかったのだろうかと
やはり迷いは少しあったが
きっと私の判断は間違っていないと、この時に思った。

ワインは染みにならず、心底ホッとした。

 
 
 
最初こそ遠距離恋愛だったが
毎日欠かさずにメールや電話をしていたし
お互いに何度か行き来をした。

付き合ってから半年後、彼は関東に引っ越してきて、会う頻度はグッと上がった。
距離はどんどん縮まっていった。
 
 
今まで、追いかける恋愛ばかりをしてきた。
愛されるより愛したいと思っていた。
初めての彼氏の時のように、燃え上がるような激しい恋心はなかったが
私は一緒にいる時に、かつてない穏やかな気持ちに包まれた。
一緒にいる時に誰より落ち着くし、安心感があった。

 
ストレートに好意を伝えてくれるところや私にはない大らかさは
一緒にいると確かに前向きな気持ちになれた。
私はすぐに後ろ向きになったり、考えすぎてしまう傾向があるけれど
そんな私の横で
「あー今日もビールが美味しい!最高!」と笑う。
悩んでいるのがバカらしくなり、「私も美味しいの、食べるー!」となる。
彼はたくさんの笑顔を与えてくれた。
 
「明日は明日の風が吹く。なんくるないさ~♪」

それが彼の口癖だった。
彼はいい意味で適当で、私の力を抜くことが上手かった。
彼の横で、私は笑ってばかりいた。
一緒にいることが楽しかった。
素直な自分でいられた。

 
私より何倍も頭が良かったが、私をバカにすることもなく
むしろ「ともかの文才は本当にすごい。俺には書けない。」「仕事に真摯に取り組む姿がかっこいい。尊敬する。」等ことあるごとに私を褒めた。
 
容姿にも私は自信がなかったが、「俺は好みの顔なんだよね。本当にかわいいよ。俺のかわいい彼女。」と、小まめに言ってくれた。
 
 
合鍵を渡され、友達や家族にも紹介され、携帯電話やパソコンの暗証番号も知らされていた。
彼の部屋には、私の写真や私とのツーショット写真がたくさん飾ってあった。

周りの人には「俺の彼女。」と堂々と紹介してくれたし、うちの家にも菓子折を持ってスーツで挨拶に来てくれた。
私はとても幸せだった。

この人となら、と未来を何度も思い描いた。
穏やかに共に過ごし、年を重ねてもずっと仲良くやっていけるのではないか。
そう思っていた。

結婚前提の付き合いだったし
結婚や将来についての話を何度もした。

 
付き合う時はどんな始まりであれ
私は私なりに真剣に付き合っていたし
私の未来図にはいつも彼がいた。

 
 
 
三年以上付き合い、同棲間近なところで、別れ話をされた。

昔、好きだった人に告白をされたから、その人と付き合う旨を言われた。 
その人は私と同い年で可愛らしい女性だった。
そして、臨床心理士だった。

 
私より容姿が優れているだけでなく
私の力や学力が足りず、私が諦めた臨床心理士をやっているということに
私は打ちひしがれた。

そして、彼女が彼より高い学力ということが、私にはどうしようもなかった。

 
 
 
彼の母と祖母から私は、交際を反対されていた。

私が私立四大卒だからだ。
そして、私の父親の職業も気に障った。  

彼の家族は、息子と同等、もしくはそれ以上の学歴を彼女に嫁に求めた。
彼が医者だった為、お金目当てだと疑われた。
彼の母親と私の父親は同業者だった。
私の父親が彼の母親より下の地位であったことも気に入らなかったようだ。

彼の祖母にしても、私は挨拶をして名乗っても、「あんた」呼ばわりをされ続けた。
名前は最後まで一度も呼ばれなかった。
「あの子は個性が強すぎる。お前の将来を邪魔する女だ。おばあちゃんは交際に反対だね。」と言われもした。

 
彼は私を愛していた。
だけど、彼は家族も愛していた。

ずっと説得していた。
彼の父親と祖父は交際や結婚に賛成してくれていた。
だけど、何度説得しても
私の学歴や性格や父の職業は変わらない。
話し合いは平行線だった。

私の家族や親戚は彼と会っていた。
交際や結婚に反対する人は最初からいなかった。
 
 
彼は板挟みだった。
一旦それで別れ、再び復縁したが
家族の反対は止まらず
将来的には彼は家族と縁を切って、私と一緒になる予定だった。

 
だけど、それが容易でないことは分かっていた。
私は家族みんなに認められ、祝福された結婚がしたかった。
彼の家族と敵対したかったわけじゃない。

私も家族が大好きだから
彼が家族と不仲になり、縁を切らなければ私と一緒になれないなら
別れる選択はやむを得ないとは感じていた。

 

実際、私の友達の婚約破棄も理由は同じだった。

友達の婚約者の母親が、友達の家柄と学歴が気に入らなかった。
最終的に、婚約者が板挟みになって疲れて
彼女より家族をとったのだ。

 
 
彼の新しい恋人は元々彼と友人関係で、彼の家族から気に入られていた。

家柄も学歴も職業も申し分ない、と
彼の家族は喜んだ。

別れた理由は一つだけではないだろうが
「私が彼の家族に気に入られなかった」ということが
一番大きな理由だったと思う。
私は私で、結婚に引っ掛かりがあるとしたらそこだった。

 

 
 
恋は、難しい。
結婚は、更に難しい。

 
その後、彼はその人と結婚したが上手くいかず、私と復縁してほしいと連絡が入った。
別れてから数年ぶりの連絡だった。

 
「私、今結婚しているの。幸せなの。」

そう言えたなら、どんなに良かっただろう。
彼と別れた後、私は恋愛をしくじり続け、誰とも結婚していなかった。

 
 
私は復縁はできないと断った。
あの頃ならば、彼が好きだったから、乗り越えていけそうな気がした。
大好きな彼だから、彼だけでなく、彼の家族とも上手くやろうと、思えた。

だけど今の私には、もうあの頃の愛情や勢いはなかった。
結局、私は彼女に、勝てなかった。
選ばれなかった敗者なのだ。
 
 
どんな障害があろうと、二人で生きていく強さもなくて
他の女性があらわれたからといって、戦う勇気もなくて
私にはただ、空しさが残った。

永遠の愛なんてないと
私を愛してくれた人が教えてくれた。
仮にあるとしても
私では手に入らないと思った。

私は恋愛に不向きで、女性として魅力が足りなくて、人として欠陥がある気がして仕方なかった。

 
  
  
いつか、こんな日もあったと笑えるだろう。
いつか、こんな日があったから今の幸せがあると、笑える日が来るだろう。

そう自分に言い聞かせて
もう何年が経つだろう。

20~30代の恋愛と婚活に疲れ果て
いつしか私は恋に憧れつつも、一人で過ごす方が気楽になり
結婚できない未来の方が描きやすくなった。

 
恋愛は上手くいかないけれど
友達や家族に恵まれ
趣味に充実した日々を過ごしている。

これ以上を望むなんて
私には贅沢なことなのだろうか。
 

  

  



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