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送迎中の出来事

一昨日のことだ。
利用者Aさんと私で出掛けることになった。

 
利用者Bさんはお出かけが大好きで
それに嫉妬し
石を投げつけた。

幸い 
誰にも車にも当たらなかった。

 
結局
別の職員が落ち着かないBさんをドライブにつれていくことになった。

 
思えばことの始まりは
ここからなのかもしれない。

 
 
その次の日 
Bさんはいつもより一時間早く施設にやってきた。

朝早く起きる時は
大抵心身のリズムが崩れ
あまりいい結果にはならない。

 
私は午後用事があって一時間半くらい
車で出掛けることになった。
私はその人と利用者Cさんと行った。

 
その際
私は上からの許可を得てカーナビを使用していた。
カーナビを使うのは
転職してから初めてのことだ。

 
するとBさんはカーナビがうるさいと5分くらい文句を言った。
Bさんは音に敏感で
会話や笑い声、音楽など
特定の音を嫌がる。

 
だが
5分くらいでおさまったし
その後の様子は落ち着いていたので
そう深く気にはしなかった。
うるさいと言わない日がないのがBさんだからだ。

 
 
私はその日
Bさん他複数名の送迎だった。

出発時は落ち着いていたが
しばらく経ってから
テレビを見たいと言われた。

 
Bさんの送迎ではテレビは禁止されている。
こだわりが強く
トラブルに発展する可能性があるからだ。

テレビを見たいと言われたのは久しぶりで
思えばこれもシグナルだったのだろう。

 
私はいつものように
見られない旨を伝えた。
Bさんは納得したかに見えた。

 
だが
それから5分もしない内に赤信号で停まったかと思うと
バシッ!という大きな音が車内に響いた。

 
Bさんが窓ガラスを強く叩いたのだ。

 
まずい

と、思った。

 
Bさんは待つのが嫌いだ。

赤信号や渋滞で苛立ち
「早く行け!」と言ったり
手を叩くことはよくある。

だが 
窓ガラスを叩くのは
それを上回る苛立ちだった。

 
まずい。

 
たまたまその日は渋滞で
毎回赤信号のたびに停まることになった。
Bさんは奇声を発しながら
何度も強く窓を叩いた。

 
…施設から出発して時間は経っていた為
応援は呼べない。
不穏な状態の時は保護者を呼ぶが
この渋滞なら到着まで時間がかかる。

 
そもそもBさんは職員のスマホを普段から狙っている為
スマホを出した瞬間
投げつけて叩き壊されるだろう。

 
そう考えると
一刻も早く指定場所に送り届ける以外に道はなかった。

 
奇声は止まらず
何度も何度も窓ガラスを叩く。

一分一秒が長く感じた。

 
そのうち
シートベルトをはずし
金具部分を窓ガラスに叩きつけたり
扉を開けようと躍起になりだした。

ロックはかかっているが
かかっているからこそ苛立ったのだろう。

 
何度目かの赤信号で私が前の車に合わせて徐行した際
肌色の棒状のものがサッと見えて
その瞬間左頬と左耳に激しい痛みを感じた。

 
Bさんが後ろから私を叩いたのだ。

 
窓ガラスを叩いた時と同じように人を叩かないことを
冷静になって伝えたが
そんなことに意味はなく
奇声も窓ガラス叩きも止まらない。

 
かといってスルーでは
その行動を肯定してしまう。
他の利用者にもしめしはつかない。

 
 
最初に窓ガラスを叩いてから
このような状態が20分続いた。

20分だ。

 
Bさんの前で運転する私にとっても
Bさんの後ろに座る利用者にとっても
長い長い嵐のような悪夢のような時間だった。
私は体の震えが止まらなかった。

 
待ち合わせ場所に着いたらエンジンを切り
鍵をポケットに入れ
Bさんの保護者の元へ走った。

不穏な状態の時は
Bさんの目の前で様子を伝えると悪化するため
Bさんを車に乗せ
離れたところで状況を説明する。

 
だが
車に乗せられたままは
それはそれで苛立つらしく
以前クラクションを鳴らされたり
車内で乱暴な言動が見られる時もある。

 
 
Bさんを保護者に引き渡した後
私は他の利用者を降ろした。
すると利用者は言った。

「真咲さん、大丈夫?顔……叩かれた、思いっきり叩かれた。」

「ビックリしたよね。」

「真咲さんが…!真咲さんが………!うわぁぁぁぁ!」

利用者Cさんは激しく泣いた。
体を派手に動かしながら
激しく泣いた。

 
怖かったのだろう。
心配だったのだろう。

 
運転席の私は後ろから何をされるか分からない恐怖やBさんの後ろにいる利用者への心配でいっぱいだった。

 
だが他の利用者にとっては
大切な職員が襲われたことや窓ガラスを叩く様子がみんな見えていた。
それはそれで怖かったのだろう。

 
ようやく恐怖から解放され
安心から泣き出したのかもしれない。

 
そしてそれは正解だった。

 
もしも車内で泣いていたなら
Bさんは泣き声がうるさいと 
攻撃を加えただろう。

 
その利用者の保護者は泣かないように言った。
Cさんはちょっとしたことで泣くことが多く
また何か気になり、泣いてしまったのかと思ったのだろう。

 
私は泣きじゃくるCさんを抱きしめて一緒に泣いた。

「怖かったね。ようやく着いてホッとしたね。怖かったよね。」

あの恐怖は車内にいる人ではないと伝わらないだろう。

利用者や保護者の前で泣くのは初めてのことだった。

 
私は軽く事情を説明した。
あの時車内で泣くのを我慢したのは本当に偉かった。

 
私はサッと後ろを向き
扉をしめながら
涙をぬぐい
精一杯強がって笑顔を作って話した。

Cさんがどんな風に今日作業を頑張ったかを。

 
話しながら涙がこぼれそうで仕方なかったけど
笑顔で「ほら!大丈夫!運転してここまでこれたんだから!怪我してないでしょ?」と強がった。

 
そして利用者を全員送り届けた後
車内で一人になり
涙がポタポタ落ちてきた。

怖かった。
本当に怖かった。
また叩かれるかと思った。
利用者が叩かれるかと思った。
車が壊されるかと思った。
事故るかと思った。

 
怖かった。

怖かった。

 
前の職場でも
日中利用者に叩かれたことはたくさんあるし
送迎車内で隣で叩かれたことはあった。

 
Bさんには日中メガネを壊されたことがあったし
以前送迎中にメガネを後ろからシュッと投げられたことがあった。

 
だけど
送迎中に後ろから叩かれたのはさすがに初めてだった。

私は震えながら
職場グループLINEに今あったことを書いた。

まだ叩かれたところは痛かった。

 
職場に着いたら同僚から心配され
事細かに状況を話した。

 
 
明日
私はBさんと個室でお昼ご飯を食べ
送迎の予定だった。

正直
怖かった。

 
施設に戻ってからも
心臓がバクバクするし
叩かれたところは痛かった。

 
帰り道に同僚が
Bさんは保護者が迎えに来るべきだと言った。
渋滞でここまで苛立つのでは
職員も他の利用者も危ない、と。

 
Bさんは今まで色々な人を叩いてきたし
色々なものを壊している。

苛々の予兆がある時もあれば
一気にスイッチが入る時もある。

 
そして最近は不安定なことが多い。

 
不思議なもので
こだわりの強い男性利用者で他害する人は
利用者に対しては気に入らない人が対象だが
職員に対しては
好意を持っている女性職員がターゲットになりやすい。

今日の言動は八つ当たりに近い。

 
明日の仕事が正直怖かった。

 
 
モヤモヤとした気持ちのまま
泣きながら運転し
家へと着いた。

「元気ないね。どうしたの?」

と母親に聞かれた瞬間
まるでCさんのように私はワンワン泣いた。

「怖かったよ~!」

「痛かったよ~!」

「後ろからバシッて!痛くて!後ろから窓ガラス叩かれて、壊れるかと思ったよ~!」

ワンワン泣く私に
母親は体を撫でながら言った。

 
「怖かったね。頑張ったね。顔も耳も怪我してないし、痣もないよ。」

「もう安心。ここは家だからね。夕飯できてるから食べな。ともかちゃんの好きなの作ったよ。」

「明日はBさんの対応は外してもらいなさい。弱いって思われていいじゃない。できると思われたら、無理させられるよ。」

 
そうして
ワンワン泣いて泣いて泣き続けた後
話を聞いてもらった後
夕飯を食べたら少しずつ落ち着いてきた。

 
あと一日頑張ろう。
そしたら土日休みだ。

 
 
では

いってきます。

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