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BAND☆やろう是 第三章 困惑
次の日の朝、僕はいつもより早く登校する事にした。仲間達に昨日起きた出来事を早く伝えたかったからである。
雨の日も、風の日も、何故か皆は他のクラスメートが登校する遥か前から登校しており、いつか「お前もたまには早く登校してみたらどうだ?」と皆に言われていたのだ。
昨日早く寝ていた訳で、とてつもなく早い時間帯に爽快な目覚めを遂げてしまった。
ふと窓際に立ち、朝焼けに照らされる中『遂にその日がやって来た。』と思えて、早朝の登校へと至ったのである。
登校の足取りは軽く、いつもより二倍くらい早い時間で学校へ到着できたと思えた。
僕は急いで教室へと走っていき、勢い良くドアを開けた。
「おっはよぅ!」
予期せぬ時間帯の僕の登校と、あまりにも勢い良くドアを開けすぎた為に起こった爆音で皆は皆灰色となった。
「あれ?どしたん?もしもーし!」
時が止まっている皆を激しく揺さぶらせ、ようやく気がついた。
「どしたん?バリ早いやん。」
ひょろっとした体格であるが、やたら高い背を揺らめかせて、高島文雄(通称 フミ)が話しかけた。
「いやな、昨日色々あってな。皆に聞いてもらおか思て早よ来たんよ。実はな…。」
昨日起こった出来事を事細かく語った。
全部話し終えると、皆は腕を組み、少し考える風に眼を閉じた。
朝の爽やかな光が教室内を包み込んでいる。部活動の朝練習を終えたクラスメートがワイワイと何名が教室へ入ってくると、神妙に話し合っている僕達の姿を見て、一瞬息を呑んで黙って席へと座った。
「じゃけん言うたろ?妙に気にする必要もなかったんじゃって。まぁ、良かった事にせな。」
タクが優しく僕に言った。
穏やかな話の内容であると思ったのか、他のクラスメイトがほっとした表情で他の友達の所へ向かおうと席を立った瞬間、頼さんが用兵の様な顔をより強張らせて席をバンっと叩いた。
「しかし面妖な話ぞ。いくらメンバーにそそのかされたとて、友人を欺き、誘き寄せるなど言語道断。岡田はこの先どうするのだ?」
叩いた机の音と、頼さんのドスの効いた声に他のクラスメートはまたもや動けなくなり、自分の席に座りつくしていた。
その先の事を深く考えないまま話してしまった為、正直その問いには少し困ってしまった。
皆は早く答えを聞かせろと言わんばかしに僕の顔を覗き込んでいるので、目を泳がせながら答えた。
「実はまったく考えてないんよ。バンドやりたくないといやぁ、嘘になるしなぁ…。トースには他のメンバーに話聞くって言ってもーたしなぁ…。他の人らがどんな人かもまだわからんしなぁ…。」
「でた、いつもの優柔不断モード…。」
フミが静かに呟くと、それに合わせて他の皆は深くため息をついた。またそれに釣られて他のクラスメートもため息をついた。
只ならぬ雰囲気の中、まだ高校生なのに深みのある渋い声の持ち主である宮川勝夫(通称 かっちゃん)が僕に話しかけた。
「とにかく、この先どうするかは君次第だ。今ここで話し合っていても埒が明かないという訳だ。トースの報告を待っていたまえ。」
皆もかっちゃんの言葉に然りと頷いて僕の顔を見た。僕も頷いてこの先の事を自分なりに深く考える事にした。
朝早く登校し、事の相談をできてよかったと正直思え、仲間達への感謝の気持ちに包まれた。
そうこうしている内に他のクラスメートが雪崩の様に押し寄せてきて朝礼のチャイムが鳴った。
時は昼休みを迎えた。
朝の会議の内容など触れもせず、何気ない話を繰り広げながら、楽しく昼食をとっていた。
他のクラスメートはテストも近いせいもあり、昼食をとりながら参考書を広げている。
そんな姿を少し気の毒に思いながらも目を背けた。
話の流れでコーヒーでも買いに行こうという事になり、教室を出ようとしたその時、十五時の方向からばたばたと何者かが走ってくる物音がした。
皆は驚きその方向へと眼を向けると、そこにはトースがなぜか真顔で、しかも横走りに僕達へと近づいてきていたのだった。
「お 岡田さん…。」
そう言うと苦しく手を差し伸べながらその場へと倒れこんだ。それはまるで時代劇のワンシーンにも思える様だった。
「ト、トースどしたの?」
僕はその予期せぬ行動に驚いて問いかけてみると、ふるふる震える手を伸ばしながら密かな笑顔で僕に問いかけた。
「お、岡田さん…。き、き、今日…。ほ、放課後…。ひ、暇でっしゃろか…?」
彼は今にも息絶えそうに声で僕に訴えてきている。
「う、うん、暇じゃけど…。どしたの?」
彼の体をしっかり支えながら問いかけた。
すると彼は至近距離で流し目になり、苦しいのか悲しいのか分からない表情をした。
「い 一応メンバーに話してみたんよ…。そ そしたら今日の放課後なんてどうかって言われた。じゃけん聞きに来たんよ…。ううっ…。」
体をよろめかしながら萎れていき、いきなり腕で瞼を押さえ、ほろほろと泣き出してしまった。
何故か悲しいらしい。
僕は困ってしまい仲間達の顔を見ると、皆関わらんといわんばかりに明後日の方向を笑顔で見つめていた。
今はこいつ等に頼る事はできない事を瞬時で悟り、トースの方を確認すると、彼はまだしくしくと泣いている。
どうしようもなく彼の肩を抱き起こした。
「何も予定ないし行けると思うよ。で、何時に行けばええん?」
「ほんまに…?ほんまに来てくれるん?」
「おう。行くよ。」
彼は涙目で僕に問いかけると、僕は笑顔でそれに答えた。
「で、何時なん?」
僕はまた彼に問うと、彼はいつの間にか泣き止んで真顔になっていた。
そしていきなり俊敏に体制を整え、ダンスなのか民族踊りなのか分から
ない、とにかく激しいステップを刻み始めた。
そのステップを呆然と見つめていると、何事かと周りにいた人達が集まってきて、気がつくと僕の周りに人だかりが出来ていた。
必死にステップを刻むトースの姿に声援を送る者もいて、遂には手拍子の大合唱となっていた。
彼はキリのいいところで劇的なキメを入れ、周りは拍手喝采となった。周りの歓声に手を振りながら、僕の方に爽やかな笑顔を向けた。
「十七時に俺の家に集まるようになっとるけん、遅れんと来てな。」
そう言い残すと仲間達と漏れなく握手を交わし、歓声の中、投げキッスをしながらその場を去っていった。
彼が去った後、人だかりも消え、いつもの昼休みの雰囲気に返った。
僕はひとまず息を吐き周りを見渡すと、皆が何か言いたそうに僕の顔を睨み続けていた。
言いたい事はなんとなく分かっているので、敢えて目線を合わさず呆けていると、普段決して大声を上げるはずのないかっちゃんが沈黙を破るように突然声を荒げた。
「君の友人だから我慢して黙していたがやはり我慢できない!彼は一体何者なんだ?大丈夫なのか!」
何者かと問われると高島徹であり、大丈夫かと問われると僕もさっぱり分からない。
以前に菊ちゃんや他の同後輩から聞いていた彼の不可思議な行動を今ようやく理解する事が出来た。
あんな姿を見て、皆が驚いて報告してくるのも無理はない。心の中で皆に詫びた。
困惑を極めている様子の皆をどうにか何とか落ち着かせようと、僕は明るくおどけて見せた。
「か 彼もあんなけど間違えなくええ奴じゃけん!別に俺らに迷惑かけてないからええやん!な、行こや。」
皆は当然納得していない様子で首を傾げている。
「い いや、十分迷惑し…。」
「さあ!行こ行こっ!」
ヒロが何か言いかけたのを強引にねじ伏せて自動販売機へと手を引っ張った。
そっと後ろを振り返ってみると、遠くでトースが僕達の方を笑顔で見つめ軽く会釈をした。
最後の授業が終わり、放課後となった。
クラスメート達は息つく暇もなく参考書に目を通しながら、講義の担任が来るのを静かに待っている。
時は中間テスト直後、どこのクラスも一緒なのだろう。放課後だというのに学校中がやけに静かである。
一つ物音を立てようものなら一斉に睨みつけられると思うほどクラスは静寂に包まれていた。
いつもの様に最後の授業中に帰り支度をさっさと済ませていた僕は、皆の殺伐とした雰囲気をバシバシ感じながらそそくさと教室を後にした。
今からトースの家へ早急に向かわなければならないのだが、どういう訳か心は暗雲が立ち込め、足取りはかなり重かった。
今朝の僕というと、近年まれに見ない程の上機嫌で学校へ向かい、仲間達に昨夜起こった突然の出来事を大いに語った。
僕とトースの間にはまだまだ問題ありきだが、少しは皆も安心しただろう。
しかし昼休みに今度は周りを巻き込んでの事件が起こった。
いきなり疾風の如くトースが僕らの集団へ乱入してきて、不可思議な行動を次々と繰り出し、呆気に獲られている隙に放課後トースの家でバンド加入の面接を受けると、半ば強引に承諾させられてしまった。
周りが騒ぎ出す前にトースはさっさととんずらをかましており、皆が困惑しているのを必死に、慎重、尚且つ大胆に宥めてなんとか事無きを得た。
そして一息ついた心地もせぬまま、午後の授業へと突入した。
いつも通り受ける何気ない授業中、僕の中にふと得体も知れぬ不安がふつふつと込み上げてきた。
何に対しての不安なのかは分からないが、とにかく戦慄きが止まらないのだ。
初めは余り気にしないでおこうと自分に強く言い聞かせていたのだが、時間が経つにつれ、まるで風船の様に膨張していき、やがてそれは巨大で鋼鉄の様に硬い物体と化し、僕の心の中に居座ってしまった。
普通に考えればあの様な事があった後なので、戸惑い隠せない自分がいるのではないかと思うのだが、それにしてもこの戦慄きはどう考えても異常である。
一体なんなのかと考えても、一向に不安要素が見当たらない。
訳が分からず感情の整理もままならない状態で今に至っているのである。
思考は停止寸前で、目の前の物体全てが無機質に映る。
まさに『我、心此処に在らず』とスポーツバッグをずるずると引きずりながらなんとなく前へ進んでいた。
気かつくと僕は自転車置き場の手前にある中庭に立っていた。体を揺らつかせながら中庭の真ん中にある池まで進んで行き、力なく池の側にしゃがみこんだ。
暇な時は用務員さんに変わり放課後餌を与えていたので、僕の姿が見えたと同時に鯉どもが一斉に寄ってきて一生懸命口をパクパクさせている。そんな姿を何も考えず、ただ見下しているだけであった。
上空から声がする…。
「…岡…。岡田…。岡田よ。」
神が僕を呼ぶ声なのか…?いや、どうだっていい。
神でさえ今の僕の気持ちは理解できないだろう。その呼びかけに答えてもどうにかなる訳ではない事は分かっている。もう僕の事はほっといてくれないか?僕は再度深く項垂れた。しかし呼びかけは続いている。
「岡田…。岡田よ?岡田君?」
神がただの人の子である僕にお気を掛けてくれているのを深く感謝しようとも思ったのだが、やはりそんな気分になれないのでやはり無視を続ける事にした。
「岡田君?をォいっ!岡田っ!おーかーだぁぁぁアアア亜あああ阿っ!」
しつこい!そしてうるさい!人が真剣に落ち込んでいるのに空気読みやがれコノヤロー!と心の中で叫びながら怒りと共に上空を睨んだ。
「やっと気づいた。お前ずっとそこに座りこんどるきん心配しとったんよ。こたないんか?」
僕が睨んだ先に誰もいなかったことでふと冷静さを取り戻した。そっと声がした校舎がある方向へ視界を動かしてみると、そこにはニヤニヤしながら手を振っているヒロの姿と、背中を見せながらこっちを見て微笑んでいるフミの姿があった。
「すぐそっち行くきん、ちょっとまっちょれや。」
ヒロはそう言うと、フミと共に窓側からいなくなった。声の主が神だと思い込んでいた自分に対しての恥ずかしさと、落ち込んでいる理由さえ分かっていなかったので質問されたらどう答えるかべきか見当もつかないのとで、僕は瞬時にパニックに陥った。
一人オロオロしているうちにいつの間にか二人は僕の元へたどり着いていた。僕はそれに気づくと同時に引きつり笑いをしながら冷静さを装った。
「お、ォ…。お二人さん…やん?げ… 元気かや?お、俺は… 元気サ…。」
明らかに異常である。二人は顔を見合わせて首を傾げた。
「岡田、ほんまこたないんか?トースの家行かないかんのじゃないん?」
僕は優しく問うヒロに眼を合わす事さえ出来なかった。しかし不安感を見せる事なんて出来やしないのでとにかく話を促そうとした。
「あ…。そ、そうやったな。行かないかんのやったな…。そうそう…。」
自分なりに自然を装ってみたつもりなのだが全然なっていないらしく、二人はまた顔を見合わせて困った顔をした。
体育館と校舎の間から漏れる夕暮れの日差しと蜩の鳴き声が僕の心を余計惨めにさせていく様だった。三人沈黙に時を過ごしている。
「岡田な、トースの家に行くの嫌なんだろ?」
フミの確信に迫る言葉に僕の心は抉られた。
「フミ、なに言い出すん?そ、そんな訳ないやんか!トースと仲直りできたのに嫌な訳ないんやん!よう言うわ。」
僕は今出来る全ての神経を顔に集め懇親の笑みを作った。するとフミは不機嫌そうな顔になり声を荒げた。
「だったらなんでこんな所でウダウダしよるんぞ!自分の中で迷う事があるきんだろわ?どうなんぞ?」
僕は俯きその場で固まってしまった。
「トースとは表じゃ仲直りできたと言よるけど自分の中じゃまだ終わってないんやないんか?お前今までトースに相当な事されとるし、その仲間からも騙されかけた訳じゃきん、そりゃ単純なもんでもなかろ?」
フミの言う事は全て当たっていた。しかし足りないのだ。僕はフミを睨みつけた。
「そんな事くらい分かっとるわっ!お前なんぞっ!俺の心えぐりまくってそんなに楽しいんか?」
「だったらなんでそんなに落ち込んどるんぞっ!」
「分からんのよ…。」
「はぁっ?」
二人は一斉に僕の方を向いた。
「今からせないかん行動が分からんのよ…。トースとは確かに仲直りはしたけど、あの辛かった日々まで許せたんか言うたら俺の中で疑問あるし、しかもその辛かった日々を造った奴らの中へ馬鹿みたいにヘラヘラしては行けんのよ…」
やっとの想いで告げると僕は思わずその場に顔を伏せてしゃがみこんでしまった。僕の核心に言葉を失った二人はその場に立ち尽くすしか出来ない様子だった。
しばらくお互い沈黙し、聞こえてくる部活動の声だけが無機質にこだましていた。まるでその場を静寂させないかの様に…。気がつくとヒロの手が僕の肩に触れた。
「まぁ、言いたい事は分かる。けどな岡田。そのまま何も知らんと終わらせるのもいやだろ?しっかり現実を見て、それでお前がいやならはっきり断ってやればええやん。なっ?」
僕ははっとなり即座にヒロの顔に視線を移した。まさに眼から鱗がポロポロと落ちる感覚にとらわれていた。
そうだ、そうなのだ。まずは奴らの真意を聞く必要がある。もし気に食わない事が一つでもあるならば、はっきり拒否すれば小気味良いではないか。
僕はそっと天を仰いだ。
「ヒロの言うとおりじゃわ。胸の支っかえが取れた。ありがとう…」
「そんなんえんじゃ!岡田、行って来い!」
ヒロはそう言うと、僕にそっと拳を出した。僕は笑顔でその拳に自分の拳を合わせた。僕達の理解し合えた時のサインである。
霧がかかった心は嘘の様に透き通り、まるで夏の雲ひとつない青空の様であった。
もう、迷いはない。迷わない!二人に手を振り、僕は自転車置き場へとかけて行った。
嬉しそうな僕の背中に二人の熱い視線が心地よく刺さっているのを感じながら。
第三章 困惑 おしまい 第四章 対談に続く
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