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【ヤマト2202創作小説】新訳・土星沖海戦 第4話

西暦2203年5月8日午前0時16分
<地球・防衛総省庁舎A棟 統括司令室>

ヤヌス観測衛星が大規模な重力震を検知!

 職員の足音と怒号が飛び交う司令室でなんとか声を響かせようと、オペレーターはやや過剰なリアクションと声量で報告する。当然、その視線の先には、藤堂や芹沢ら防衛軍トップの面子(と地球・ガミラスの軍需産業の幹部)がいる。

官邸に繋いでくれ。有事対策法に基づく非常事態宣言の発令を要請する。

 芹沢とは対照的な出自・印象を持つ藤堂は、その肩書きに比して余りに存在感が薄いことから、平時では「灰色の長官」と揶揄されていた。しかし、有事となった今では、冷静な対応と的確な判断で乱れつつあるリードを引き締めている。三面のスクリーンでも溢れんばかりのガトランティス艦隊を凝視しつつ、元極東管区行政長官の手練れた振る舞いで幕僚に指示を出している。

 機敏な対応は、芹沢にしても同様であった。

連合艦隊の準備状況は?

予定より3%遅れています。艦載機の輸送作業が追いついていません。

 人員不足の折、こればかりは仕方がないと芹沢は小さく唸った。「作業を急がせろ」とだけ言い、土星方面担当のオペレーターに指令を出す。

エンケラドゥス基地に下命。敵侵攻部隊に対し、防御戦闘の準備にかかれ。

<同時刻 内洋防衛師団隷下・第3軌道守備隊群(符牒・サテライト)>

タマムシ3の反応消失。敵艦の総数、7000を超え尚も増大中!

 平時から有事に変わる瞬間は誰も教えてくれない。たとえ新任士官の習熟演習中であっても、目の前に現れた大艦隊がそんな背景を知ることも、それ故にこの場から撤退することはない。

防衛司令部より入電。「敵侵攻部隊に対し防御戦闘を取れ」、以上!

 どだい無理な話であることは報告する方も聞く方も、みな感じている事であった。練度云々で対応できる話ではないし、司令部内に巣くう「波動砲万能論」もこの状況を前にすれば、”本来は”立ち消えするはずだ。

 そう、イレギュラーな存在が不可能を可能へとねじ曲げる。

こんな無茶な命令、時間断層様々だな

 魔力に近い何かが時間断層にはある、尾崎徹太郎はそう感じた。彼が第3軌道守備隊群司令の任に就いた2月初頭から、ドレッドノート級前衛宇宙艦の就役数は急増していた。ただ数が増えたのではなく、艦名の廃止と部隊記号の艦首表記(第3軌道守備隊群はエンケラドゥス駐留基地を拠点とするので「E〇〇」←〇は数字)や、さらなる省人化/部分的無人化を進め、大量生産に備えた動きを見せていたのである。

戦闘配置!船務長。艦種識別、敵の旗艦を割り出せ

艦種識別終わり。敵部隊は通常塗装の超弩級戦艦とミサイル戦艦のみで構成されています。

 なめられたものだ、第3軌道守備隊群第3守備隊旗艦E24艦長の三ツ矢はそうこぼした。指揮官の出る幕ではなく、数で圧殺できればよいとガトランティス側は考えているのではないかと想像し、卑下された怒りをふつふつと煮えたぎらせている。

前衛艦E01より発光信号。「撤退、もしくは増援を求む」。

 通信長の報告に続けて、三ツ矢は尾崎に具申する。

艦爆仕様の基地航空隊を全力出撃すれば、連合艦隊の到着までなんとか死守できると思います。山南長官を信じて、防御戦闘を行いましょう。

 数に於いては絶望的に不利な守備隊も、その装備に関しては最新鋭のモノが積まれている。拡散波動砲を搭載した3隻のD級(E23/E24/E25)は全て有人型であり、索敵特化のパトロール艦を2隻、雷撃戦主体の護衛艦を20隻、そして金剛改Ⅱ型宇宙戦艦を15隻従えている。特に戦時改装艦である金剛改Ⅱ型は、船体はそのままに艦首陽電子衝撃砲を波動砲に換装したことで、攻撃力が飛躍的に上昇した(ただし居住区画の大幅削減と主機/船体への負荷が著しく危険なため、自立AIを搭載した無人艦となる)。

 厳しい戦闘になることは百も承知。だが逃げ出すのは一生の恥。今はただ、本隊が来援するまで持ち堪えるほかない。

防御戦闘発令。基地航空隊を全力出撃させる。全艦、縦深防御陣形へ!

スラスター全開。両舷後進強速!

 尾崎の決断に応えるように、航海長はスロットルを引き、艦を後進させる。各艦が波動防壁を展開し、未だワープアウトが絶えないガトランティス艦隊の攻撃に備える。尾崎はハンドマイクを持ち、番号を押して通信回線を開く。

西暦2203年5月8日 0時20分
<月面軌道L1空間・連合宇宙艦隊>

 総旗艦アンドロメダを中心に待機する連合宇宙艦隊。各方面軍や本土防衛部隊から集結した艦艇群は、4つの艦隊に分かれて抜錨の準備を進める。月の反射光で照らされた艦隊は、威容と同時に恐れすら感じる者もいる。

サテライトより入電!

繋げ

 山南の指示で通信が艦橋に響く。ノイズ混じりに訴える主は、第3軌道守備隊群司令 尾崎の肉声であった。

・・・令部。聞こえるか、こちら第3軌道守備隊群。符牒サ・・・イト、土星軌道上に大量に敵艦見ゆ。我が隊は敵艦隊と防御戦闘を・・・、増援を請う。繰り返す。艦影多数接近、直ちに・・・。

 通信が途絶える。ワープアウトによる電波障害だと通信長は報告する。だが、山南の関心は旧知の仲である尾崎の安否よりも、その報告内容にあった。

土星沖の出現、そして物量にモノを言わせた中央突破。銀河のAIが予測した通りか。

 銀河?軍用語として聞き馴染みのない言葉に、副長の伊口は目で背後の山南を見る。艦の名前なら、このところ就役艦の命名を省略している司令部の方針とつじつまが合わない。航宙機は基本的に「コスモファルコン」「コスモタイガーⅡ」のように動物の名が付くのでまず違うだろう。噂に聞く、時間断層の自己増殖型AIの名前なのだろうか。

アポロノームより入電。「虎は檻に入った」。

 伊口の推測をよそに、山南は手元のタブレットに目をやる。今しがた防衛総省を通じて大統領官邸からの指令書が届いていた。守備隊の保護と侵攻部隊の邀撃、現場の判断は指揮官に一任する旨が記述され、崩し文字で書かれたサインが、大統領のお墨付きを得たような感じさえあった。

 息を1つ吐く山南。心身を整えると同時に目を開き、抗えぬ現実に覚悟を決めて号令一発。

作戦に変更なし!全艦ワープ準備!!

 復唱する伊口。補機のケルビンインパルス・タービンが4つ灯り、ゆっくりと前進するアンドロメダ。他の艦艇も動き出し、さながら海を回遊する魚群のような艦隊はワープに備える。

 その艦隊の様子は、地球本土でも同時中継されている。

ー繰り返します。地球連邦は本日未明、侵略国家ガトランティスとの開戦に踏み切りました。友好的かつ平和的な交流を求める我々の呼びかけを無視し、ガトランティスは地球領内への残虐な攻撃を続けてきました。彼らをこれ以上、野放しにすることは出来ません。

 緊急放送のテロップが盛んに流れる中、街頭テレビに映る地球連邦大統領が開戦を発表している。聴衆の関心はオールバック姿の白人男性の演説よりも、ワイプに映し出されている連合艦隊に集中し、期待のまなざしを向けている。

ー今日の地球の戦力は、先の大戦の比ではありません。必ずや地球市民の生命、財産、国土を守り抜いてくれることでしょう。

その為の波動砲艦隊だ。

 大統領の発表が終わり、山南が不退転の気概に満ちた言葉を発すると同時に、一斉に主機を噴き上げ、加速する連合艦隊。無数のワームホールが虚空の宙に展開され、艦隊は次々と黄金の輪の中に消えて行く。

 かつて赤く干上がった地球環境を再生させるため、イスカンダルから持ち帰った「コスモリバースシステム」。その”副作用”とも言うべき産物「時間断層」の工廠エリアの一画に身を置く艦がある。その艦から、歓呼の声が湧く地表とは裏腹に、苦々しく見る目線がそこにはある。

戦争が、また・・・

 艦橋と思しき室内のモニターに映る連合艦隊のワープを見て、星名(旧姓・岬)百合亜が哀しげに呟く。

「戦線から遠のくと、楽観主義が現実に取って代わる」、誰の言葉だったか。

袖をまくり、濃く生えた毛が目立つ太い腕を組みながら、山崎奨は呆れた口調で話す。同席する星名透、桐生美影、新見薫も口には出さないだけで、同じような面持ちでモニターを見つめる。いずれも元ヤマト乗組員であり、テレザート出航に際したヤマト叛乱事件では殿を務めた。

問題ない

 唐突に聞こえた女性の声に振り返る5人。

時間断層がある以上、我々は互角に戦える。連合艦隊が食い止めている間に、何としてもG計画の準備を整えなければ。

 銀色の艦長服を纏う女性は淡々と伝える。表情を変えず話す彼女に、新見が食いつく。

意見具申。交渉の余地は、まだ残っているはずです。ガトランティス相手ともなれば、艦は作れても人命の損失は・・・

そのための銀河とAIよ。過去の成功体験に縛られすぎないことね、まがい物相手には特に。

 新見の提言を一蹴し、彼女、藤堂早紀は深く艦長帽を被る。「俺たちは異星人とだって理解し合える」、イスカンダルの地で散華した元国連宇宙海軍駆逐艦ゆきかぜ艦長 古代守の言葉を、そしてガトランティスのグタバ(小マゼラン)方面軍艦隊との偶発的戦闘に対する、ヤマト・ガミラス艦隊の合同作戦の話を、藤堂早紀はそれらを聞く度に”妄信”だと感じ受け入れなかった。

 力なき集団は淘汰される。ガミラス戦争はまさにその具現ではないのか。理解し合えるなら、なぜ無辜の人々が殺されなくてはいけなかったのか。遊星爆弾の衝撃と爆風と熱波で骨すら残さず焼き殺された人々の死を、相互理解という優しい行為で上塗りすることはできるのか。

 そんな優しさのせいで、私の母は・・・

 艦橋灯に照らされた銀色の艦長服が冷たく反射している。

現時刻より十分以内に全作業を終了、〇〇三〇(マルマルサンマル)に木星軌道に向けて抜錨する。貴方たちにも協力してもらいます。それが、釈放の条件ですから。

 半ば人質のような扱いに戸惑いを隠せない4人。ふと、桐生が呟き始める。言語学のエキスパートである彼女は、その職柄から聖書にも深い教養を持っている。その一節を、艦橋に、そして遠くの宙に向けて詠う。

兄弟を愛する人は、いつも光の中におり、その人にはつまずきがありません。しかし兄弟を憎む者は闇の中におり、闇の中を歩み、自分がどこへ行くかを知りません。闇がこの人の目を見えなくしたからです。

 警告灯が回り始め、アラートが重々しく工廠内に響き渡る。照明を備えた隔壁がドック両端にそれぞれ移動を始め、船体各所に設けられた青い窓、既存艦艇では見られないドーム型艦橋、そして洋上艦の意匠を残した赤いバルバス・バウが姿を現す。BBY-03 波動実験艦「銀河」。誰からの見送りを受けることもなく、このヤマト型三番艦は静かに、木星沖に展開する艦隊と合流すべく抜錨する。

 そして、土星沖では血は流れる。痛みと哀しみを伴いながら・・・

第5話へ続く

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