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【ヤマト2202創作小説】新訳・土星沖海戦 第3話

 西暦2203年5月7日 23時40分
 <土星・カッシーニの隙間上空>

 2人の若鷲を乗せた銀翼が、氷塊漂う土星の環を悠然と飛ぶ。もはや時代の遺物となった国連宇宙海軍仕様の機体塗装を纏い、「UNCF 046」と刻印された100式空間偵察機は、機体上面後方のセンサーを展開して周囲に目を光らせている。

 かたや機内は和やかな空気に包まれていた。レーダー担当の准宙尉とパイロットの三等宙尉は、互いのパートナーの写真を見せ合いながら、たわいもない話に花を咲かせていた。

親父さんは何か言っていたのか?

「いつ帰ってくるんだ?結婚式はまだか?」の繰り返しですよ。耳が腐りそうです。

良い親父さんじゃないか。帰って漢になった姿を見せてやらないとな。

 そんな会話を続けていると、現在時刻を知らせる電子時計からアラームが鳴った。計器類を統括する中央モニターには「定時入電」の文字が表示されている。

感度良好。通信回線、いつでもいけます

よし、繋いでくれ。

 インカムのマイクを入れて通信に備える。輝く氷塊の環に沿って、100式空偵は不気味なほど静かな宙(そら)を飛んで行く。

 <同時刻 土星・エンケラドゥス駐留基地>

―タマムシ3よりキティホーク。団体客は未だ見えず。送れ。

キティホーク了解。サテライトは23:50に到着する。ヒペリオン管制宙域にて劇場案内を再開されたし。

―管制コードPSJ7QT。劇場案内を再開する。通信終了

 偵察隊からの報告を受けた通信員は、マニュアル化された指令を伝えると、装着していたインカムを外し、大きく息を吐いた。外縁部で衝突を繰り返すガトランティスが、いつ全面攻勢に出るか分からない。とりわけ、本土の幕僚本部は、木星と土星のいずれかにガトランティス軍が出現すると予測している。敵は必ず来る、しかしいつなのか。反応を示さない電子海図が、逆に彼女の不安と焦燥に拍車を掛けていた。

今日も土星沖は波立たず、ですか。

 マッシュヘアーの男性通信員が、持っていたドリンクを差し出して彼女に話しかける。プラスチックのホルダーに抱えられた紙コップからは、ティーバックの紐が垂れ下がり、湯気がほのかな甘い香りを立たせている。

 ありがとう、と彼女は応えた。立場上は上司と部下という関係ではあるが、火星生まれを象徴する赤い瞳をもつ2人は次第に仲を深め、いまでは「付き合うのは時間の問題」と噂が立つほどの関係に進んでいる。

 本土じゃ“嵐の前の静けさ”だと騒がれているのに、拍子抜けですよね。

 それに越したことはないわ。来たところでコッチにはガミラス軍もいるから、パッパと片がつくでしょうけど。

 彼女はそう返答すると、渡されたレモンティーを一気に飲み干した。交代制とはいえ、一週間以上自宅に帰ることが出来ていないことにストレスが溜まり、甘物を摂取することでしか健全な思考と精神状態を担保できないと判断していたのである(その為に体重が微増した)。

 男性通信員は彼女の”奇行”に驚きつつも、インカムのスイッチを切り、周囲を見渡した。そして、他の職員が自分たちのことを見ていないと確認すると、既に顕わになっている彼女の耳に口を近づけ、それを片手で隠した。彼女は公私の区別をよく理解しているので、彼の行為をやめるように忠告しようとしたが、彼の囁きがそれを制した。

 この話、自分も小耳に挟んだだけなんで確証はないんですけど、ガミ公の艦隊は火星で待機らしいです。

え?

 余りにも突然の話に、彼女は声を自制しつつも驚いた。確かに、ガミラス本星からの増援部隊が亜空間ゲートの動作不良のために、航海日程が予定よりも遅れているという話は上官から聞いた。しかし、月面にはガミラス大使館に併設された司令部と基地がある(司令官はダス・ルーゲンスというらしい)。また本土の時間断層では、一部工廠でガミラス艦の修理/造船ができる取り決めが交わされていることは、公にされていないだけであって、軍内部で知らない者はいなかった。 

 ほら、ガミラスの盾ってワープを妨害する機能があるじゃないですか。アレを内惑星軌道の防衛に使うっていう根端らしいですよ

 ”ガミラス臣民の壁”と呼ばれる浮遊装甲板は、ガミラス唯一の長物・ゼルグート級(またはデストリア級などの二等航宙装甲艦を2隻一組)が装備する防御兵装である。デスラー政権崩壊後に出現したガトランティスの特殊砲撃艦(後にメダル―サ級と識別される)との交戦経験から、鈍重で回避が極めて困難なゼルグート級を砲撃から守るために考案された。装甲としての役割の他にも、過負荷状態にしたゲシュタム機関(地球の波動機関と同等)から発生したエネルギーを、船体と装甲板を繋ぐ牽引ビームから流入させることによって、周辺宙域に発生する歪みを中和し、対象のワープを阻害する機能を有する(具体的な原理は軍事機密につき明らかになっていない)。

 理にかなった戦力配置と理解しつつ、それでもなお、彼女の疑問は解消されなかった。なぜ地球”単独”の艦隊行動になるのか。彼我の戦力差を考えれば、(波動砲の有無があるとはいえ)ガトランティスとの戦闘経験が豊富なガミラスと共闘戦線し、構築する方が合理的ではないのか。

 それと例の「S作戦」ですけど、副長官の意向が結構反映されているらしいですよ。噂じゃガミラスへの政治的アピールも含まれているとか。

 僕にはよく分かりませんけど、と付け加える彼の言葉を尻目に、彼女は抱えた疑問を納得させる1つの解へとたどり着いた。つまり、表面上は地球の存立を脅かすガトランティスを安保条約に基づいて邀撃する作戦であるが、本質は、芹沢が提唱した波動砲艦隊構想の正当性を内外に主張し、同盟国であると同時に潜在的脅威であるガミラスに国力をアピールする砲艦外交に他ならない。

 …ガキの喧嘩ね。見栄っ張りの為に命を張るなんて御免被りたいわ。

 と吐き捨てる彼女に半ば同意しつつ

 御仁は政治的野心が強いって聞きますから、政界進出を見据えた動きかもしれませんね。

 彼はそう返した。ただ、彼の中では芹沢が動きを幼稚な「野心」や「見栄っ張り」で纏めることはできなかった。なにか別の明確な意思/強固な信念が芹沢を突き動かしているのではないか。微かな疑問が滲むように拡がっていく。

 しかし、運命はその暇を与えなかった。

 ーキティホーク!応答願います!キティホーク、こちらタマムシ3!

 1つ、また1つ、そして2つ、点滅は増えていく。警戒状態に切り替わったモニターには、「DANGER 重力波検知」の赤文字が延々と表示されている。

 ヒペリオン軌道より1000kmの空間点に感あり。方位030、ポイント・アルファからエコーまで重力波検知、さらに拡大中!総数不明!

 後部座席の准宙尉は、冷静に状況を基地に報告していく。無論、内心は冷静と呼べる精神状態ではなかった。ついに大規模侵攻を仕掛けてきたガトランティスへの好戦的な意識と、「死」という生命として最も避けて通りたい事象に遭う確率が飛躍的に上昇する「戦争」が、眼前で始まるという恐怖が混じり、押し殺すのが一杯の状態であった。

 ータマムシ3は直ちに待避。観測データをこちらに送ってください!

 コピー。先輩、待避許可でました!

 急旋回する、舌を噛むなよ!

 続々とワープアウトするガトランティス艦隊を前に、三尉の操縦で180度旋回する100式空偵。蒼い炎を轟々と吐き出しながら、迫り来る次元の揺動から逃げる。

 前方、友軍パトロール艦!間違いない、サテライトだ!!

 煌々と輝く電子信号旗と艦隊誘導灯、遠く小さいながらも2人に希望と安堵の表情を与える。
 しかし直後、機内に警報音がけたたましくなり、ギギギ・・・と軋む機体。勿忘草色をした幾重の三角形が高速回転しているような、独特なワープグリッドが直後に迫っている。

 後方に艦影、避けられません!!先輩!!

 ・・・すまん。

 響くはずのない断末魔など知る由もなく、ワープアウトした艦艇は100式空偵を押しつぶした。土星空間は侵略者によって鸚緑色に染められた。

 西暦2203年5月8日午前0時16分、ガトランティス戦役が遂に幕を開ける。

第4話へ続く

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