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『ダブドリ Vol.2』 インタビュー04 佐々木クリス(バスケットボールアナリスト)

2018年3月15日刊行(現在も発売中)の『ダブドリ Vol.2』(ダブドリ:旧旺史社)より、佐々木クリスさんのインタビューの冒頭部分を無料公開いたします。なお、所属・肩書等は刊行当時のものです。

B.LEAGUEアナリストであり、WOWOWでNBAの解説者も務める佐々木クリス氏が語る最先端の戦術、そしてスタッツ分析の世界とは。

ボックススコアを見ると、今のB.LEAGUEはまだOFT(オフェンスリバウンド、フリースロー、ターンオーバー)なんです。NBAだとTFT(スリー、フリースロー、ターンオーバー)です。

マササ まずはNBAの話から伺いたいのですが、クリスさんはWOWOWのNBA中継だけでなく、NHKでも「世界最高峰」という言葉を使われています。特別な思い入れがあるのでしょうか。
佐々木 ハハハ。そこまでこだわりはないんですが、やはり自分自身すごく憧れがあったし、ヨーロッパを楽しむというスタイルの人もいますが、NBAは、もうバスケットボールという競技をも超えているんじゃないか、というのが自分の中にあります。どんどん万能な選手が増えて、どんどんペースも上がって、アップテンポなスタイルじゃないとプレーできないところも踏まえてですね。WOWOWで慣れているのももちろんあります。
マササ でもまあ間違いなく。
佐々木 そうですね、間違いなく世界最高峰だと思いますよ。確かに一時期アメリカ代表がヨーロッパ、アルゼンチンに勝てなかったし、その頃のゲームを見返しても面白くないですし。
 ユーゴ圏の方とのお話でアレクサンダー・ニコリッチ(バスケットボール、FIBAともに殿堂入りのユーロリーグ偉大な貢献者50人にも選ばれている元ユーゴスラビア代表監督。FIBA世界チャンピオン、ワールドカップチャンピオンなどタイトルも多数)が出てきて、「ユーゴバスケットボールの父」がどういうことを考えてアメリカに対抗したかという話も聞けて興味深かったのですが、それでも2010年にノビツキーがピックアンドポップ(オンボールスクリーンをかけたスクリナーがバスケットに向かわず、外側に動くプレー)にもう一度フレアスクリーン(ボールから離れる方向にかけるスクリーン。主にシューターをオープンにする目的で使われる)を入れてスリーポイントを決めたあたり(ダラス・マーベリックスは10~11シーズン優勝)から、スリーポイントの威力やストレッチフォー(スリーポイントシュートのスキルを持つパワーフォワードのこと。敵チームのディフェンスがスリーポイントライン近くを守る必要があるため、コートを広く使って攻めることができる)の威力だとか。ポポビッチ(サンアントニオ・スパーズHC)、ドン・ネルソン(バスケットボール殿堂入りの名選手、名コーチ。マーベリックス、ゴールデンステイト・ウォリアーズのHCも務めた)がかなり早くヨーロッパに行って、カーライル(現マーベリックスHC)がそういうところからヨーロッパのものを取り入れていますけど、今のウォリアーズを見ると、それをまた次のレベルで昇華させているのかなと。
マササ 戦術でも、スタッツでも。
佐々木 はい。だから一時期、戦術的にはユーロリーグの方が上回っていたことは否定しませんが、今はまたNBAが引っ張っていると個人的には捉えているので、世界最高峰と自信を持って言えるかなって思います。
マササ クリスさんとはアントニオ・ラング(ユタ・ジャズのアシスタントコーチ。元三菱電機ダイヤモンドドルフィンズHC)のセミナーでお会いしました。私は、スタッツの使い方について、フロントオフィスとコーチで差がありそうに感じたのですが。
佐々木 そうですね、実際ユタにも行って、アナリティクスのスタッフの隣で試合を見てきたのですが、例えば、相手チームの出場時間の傾向が色でわかるようになっていて、どの時間に大体どの選手が出てくるのか色ですぐにわかる。そこでマッチアップの傾向を考えながら、ゲームプランを組んでいるんですね。一方で、それがアシスタントコーチのレベルに落ちているかというと、そうでもない、というのが事実だと思います。でも、コーチのいる現場と、アナリティクスのスキルを持った人たちの知見が一致しているのが大事だと思うんです。どの仕事でも同じだと思うんですけど、最終的に出す結果やゲームプランは氷山の一角で、それを支えている大きな氷の塊が、水面下にあるからこそだと思います。
 スパーズやウォリアーズもアナリティクスの賞を取っているし、ダレル・モーリー(ヒューストン・ロケッツのGM)やサム・ヒンキー(フィラデルフィア・セブンティシクサーズの元GM)もそれで有名ですよね。
マササ ダレル・モーリーの名台詞は「3点は2点より多い」ですし、ロケッツはシュートの半分がスリーポイントです。今後どこまでスリーポイントの割合は増えると見ますか。
佐々木 スリーポイントラインが伸びない限り、制限はないと思います。もちろんそれはシュートの成功率によります。例えば、ミドルレンジを45%で決める選手と、スリーを30%で決める選手の評価は期待値0.9点で同じでなければならないのに、今はミドルレンジでは「タフなシュートを決める」と言われるのに、スリーでは「あいつは捨てろ」と言われていると思うんですね。
マササ 例えば、ロケッツはスリーポイントラインよりも遥かに後ろから打つ選手もいますし、ミドルシュートの精度を上げるよりそっちの方がいいという傾向ですよね。
佐々木 それはやはりパーソネル(選手個々の能力)によります。極端な話、プレイグラウンドで遊んでいても、そういうシュートを打つ選手はいますし、決められる選手が打つことが大事です。ロケッツでライアン・アンダーソンがストレッチして、トレバー・アリーザも頑張って1メートル後ろに下がって、それでジェームズ・ハーデンのためにスペースを作る。クリント・カペラのインサイドの効率にも繋がる。それはありだと思います。
 それから、スリーポイント増加については、複合的に要素を見ないといけない。例えばヨーロッパの選手がポジションレスに育成されて、ビッグマンもスリーが打てる。その効果がわかってきた。そこで、アメリカ生まれのデマーカス・カズンズやアンソニー・デイビスはガードをやっていたしスリーを打ってもいいよね、となる。でも、今現在スリーを打てる資質を持つ選手がどれだけいるのか。そこを見落としてスリーポイント論や、ミドルシュート論に入るべきではないと思います。
マササ 日本代表もスリーポイントをたくさん打ちますが、そもそもスリーしか打てない状況も多いです。
佐々木 B.LEAGUEはフィールドゴールアテンプトの30%ぐらいがスリーなんですけど、NBAは34%ぐらい。でも30%が足りないかというと、そうではないです。そもそもNBAよりラインが短いので。戦術的なことよりも、むしろ打てるか打てないかという決定力不足が否めないのかな、と思います。
マササ 確かに戦術以前かもしれません。
佐々木 スリーポイントの威力について、これはLocked On NBA(ユタ・ジャズのラジオ実況、デビッド・ロックのポッドキャスト)で紹介されていたんですが、スリーポイントを決めた数と勝率の関係という内容で、僕も去年調べていたんですが、ウォリアーズが相手に12本以上決められた勝率は5割そこそこまで落ちていたんですね(昨シーズンのウォリアーズの勝率は82%)。なので、やはりどんなチームでもスリーポイントを決めることが大きい。ツーとスリーを同じ数だけ決めて10本ずつ決めたら10点の差がつくわけで、その10点のポゼッションって期待値1の攻撃をしていたとして10回多く攻撃しているのと同じなんです。つまり、相手よりもオフェンスリバウンドを5本取られようが、ターンオーバーを5本取られようが基本的にはトントンになる。レブロン・ジェームスは、それを「イコライザー」だとマイアミ・ヒート時代から言っていました。
 ボックススコアを見ると、今のB.LEAGUEはOFT(オフェンスリバウンド、フリースロー、ターンオーバー)なんです。NBAだとTFT(スリー、フリースロー、ターンオーバー)です。かなり早くからスポールストラさん(マイアミ・ヒートのHC)がそう言っていて、それは試合解説でも引用しています。
マササ なるほど、結局スリーに勝てるものがない、という話ですが、そうなるとスリーをどう作るのかという議論になると思います。でも、ドリブルからスリーを打てる選手はほとんどいない。そうなるとアシスト(キャッチアンドシュート)をどう作るかがポイントになりそうです。
佐々木 数的優位があるからキャッチアンドシュートが生まれるというバスケットの原理原則は変わらないと思うんですね。これはリバウンドも同じで、バチバチのずれのない状態でシュートを打っても、ディフェンスの方がインサイドポジションなのでオフェンス側はリバウンドを取れない。でも、そこに数的優位があるとリバウンドも取れる。
「ウォリアーズはジャンプシュートチームだ」とバークリーが言ったり、僕もファンの方から「ウォリアーズのスリーポイントが好きじゃない」という話をされたりするんですが、ポストタッチの数、ペイントタッチの数、昨シーズンのウォリアーズはどちらもリーグトップなんです。しかも2位のチームより3、4回多い。インサイドをアタックしてディフェンスを収縮させて、2人を1人で守れるような状況を作らない、そういうところを見ると、ネイスミスさん(バスケットボールの考案者)がバスケットボールを開発して以来、脈々と受け継がれている要素は変わらないと思います。

一切データを見なくてもデータに愛されるようなバスケットをするチームもあるので、そういうのも見逃せない要素だなって思います。

マササ ペース(一試合あたりのポゼッション数を2で割った数。NBAでは48分換算)についても記録的に増加しています。ただ、ペースにはいくつかの要素があるので、一概には言えませんよね。例えばペースは早打ちをすると上がります。でもポゼッションはオフェンスリバウンドを取ると続行なので、オフェンスリバウンドが減少する傾向が強くなることでもペースは上がっていく。みんながオフェンスリバウンドを取らなくなる中で、逆にオフェンスリバウンドを取ることでエッジを稼ごうとするチームも出てくる。こういうところも面白いわけですが、ペースについてはこれからも上がっていくと見ていますか。
佐々木 まあ、人間には限界があるので。
マササ (笑)。
佐々木 だからボルトがいつも100mにチャレンジしていて、日本人が10秒の壁を破るのか注目されると思うんですけど。
マササ 確かにシュートを全部スリーポイントにすることは理論上可能ですけど。
佐々木 (笑)。
マササ ペースには限界がありましたね。
佐々木 でも、面白いポイントだと思いますし、僕も着目しているポイントです。さっきのお話は何段階かあったので整理すると、すでにオフェンスリバウンドは下がっていますよね。
マササ その通りです。
佐々木 そこもいろんなコンテクスト(文脈、経緯)を見ないといけないと思うんですが、例えば数年前のスパーズ、パウ・ガソルやラマーカス・オルドリッジが来る前ですが、リーグの中でもオフェンスリバウンドにあまり参加せず、戻ることを優先していた。これだけペースが上がっている中で、フィールドゴールの半分以上がショットクロック12秒以内に打たれていて、それならばやはり戻りを優先した方がいい。シナジー(各プレーのデータ集計ができるサービス。NBAだけでなく世界中のバスケットボールのデータが閲覧できる)を見ても、オフェンスリバウンドとトランジションの頻度を比べると全然違う。極端に言えばトランジション数は倍近くあるわけです。だったらトランジションをおさえておくというのは確率論から考えても順当だし。
マササ 量を取るという話ですね。
佐々木 はい。一方で、オフェンスリバウンドになぜ参加しないのか、できないのか、という部分も見なければいけないと思います。先ほどのスリーポイントの話でも触れましたが、コート上の5人がスリーポイントを打てるような状況で、例えば、カズンズやマルク・ガソルがスリーポイントを打って、彼らがオフェンスリバウンドに参加する意義って、どのぐらいあるの、という話です。これだけスプレッドピックアンドロールとかスペーシングという中で、スリーポイントラインからリバウンドに参加するのはリスクの方が大きいんで。だからと言って、リバウンドの重要性が変わったかというと、そうではないし。昨日解説したセルティックスとウィザーズのゲームを見ても、完全にスモールラインナップなんですね。一番大きい選手がマーキーフ・モリスでしたし。
マササ なるほど。オフェンスリバウンドひとつ取っても、スパーズのようにディフェンス戦術の影響もあれば、スリーポイントを重視するオフェンス戦術の影響、そしてスモールラインナップの影響、それらもペースが更に上がっていく要因なわけですね。
 ちなみにセルティックスはリバウンドが良くなっていますが、ESPNなどでよく言われているのが、トレードで放出したクラウダーはリバウンドが実は取れない選手だったと。
佐々木 そこもコンテクストを見ないといけないと思うんですね。そもそもリバウンド機会がどの程度あったのか、コンテストリバウンド(相手選手と競ったリバウンド)はどの程度あったのか、クラウダーがボックスアウトすることで他の選手、例えばエイブリー・ブラッドリーのリバウンドが伸びたのはそれが原因かもしれません。
 絶対にスタッツを見るときには質と量とコンテクストを見なきゃいけないんです。僕はコンテクストを常に重視しています。
マササ シナジーの話が出ましたけど、カレッジのデータも入っていて、以前NCAAディビジョンⅢのデータを見せてもらったんですよ。
佐々木 シナジーは、下部リーグなどに関してはアナリスト志望のアルバイトでまかなっている部分もありますね。トラッキングではなくてマンパワーで補っている。
マササ シナジーのデータは目視で取っていますよね。「俺はあのデータ信じない!」(ピストンズのHCスタン・バンガンディがMITスローンカンファレンスで発言)ってコーチもいますもんね。
佐々木 そうですね。考え方は分かれます。
マササ どこの素人が見たのか知らないけど!とか。
佐々木 (笑)。トラッキングでも、マンパワーで見ても、結局、不透明さが残るエリアはあるんですよ。コンピュータが何故そのプレーをスクリーンだと判断したのか。ただ選手がポジションチェンジしただけじゃないのか。コンテスト(シュートチェックによる妨害)は選手との距離で判断しているのか、本当に手が上がっていてコンテストと判断したのか。僕にとってのコンテストが30センチで、もう少しルーズな45センチでコンテストと判断する人もいるし、デュラントにとってのコンテストなんてほぼ存在しないし。そういう話もあるので、そのコーチの話も否定しないです。目で見たものを信じることは。ただ、その人が他の人の意見にオープンであってほしいなとは思います。
 別にデータフレンドリーである必要はなくて、データフレンドリーなコーチが全員成功しているかというと、多分そうじゃないし、一切データを見なくてもデータに愛されるようなバスケットをするチームもあるので、そういうのも見逃せない要素だなって思います。

佐々木クリス締め用

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この後も、分析やそれを伝えるプロセス、NBAを見ている視点など熱く語ってくださっています。後ろのページにはインタビュアー マササ・イトウがNBAスタッツサイト(有料編)を紹介するコーナーも。続きは本書をご覧ください。

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