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【俺の日本語ラップ#02】あなたらしい新しい道を探し、手に入れろ、生きる証

前回は、深夜に台湾の歌手・王若琳(ジョアンナ・ワン)の『時に流れに身をまかせ』のカバーを不意に聴いてしまい、涙しながら衝動的に記事を書いてしまいましたが、この泣ける曲を聴くスイッチが入っちまったので、このテンションで"俺の"泣ける日本語ラップを紹介します。

ちゅーわけで、5/27(金)開催の『日本語ラップバー』に向けて独断と偏見で至極個人的に好きな日本語ラップを紹介する回、第二回!今回紹介するのはLIBRO(リブロ)の『雨降りの月曜』ではなくてぇ~~ッ!

『胎動』だ!

僕はこの曲に出逢って幾度となく涙を流し、同時にギリギリのところでいつも助けられたのです。すごく大切な曲であり、この曲を聴くといつも「自分は何者なのか?」という問いを投げかけてくれ、そしてその都度「どうなりたいのか?」を考えさせてくれる。

タン!という突き抜けるスネアが鳴るとすぐさま始まる1ヴァース。

寒さに震える誰かの胸は、世界の憂いを教えてくれた
乾いた貧しすぎる気持ちや、軽すぎる投げやりな命
(中略)
それらは日々訪れる危機、覆ることのない衝撃に事実
受け入れられない自分を呪い、心に被せた重たい鎧

歌い出しからこの世界のどうしようもない残酷さと、あまりに弱すぎる個人の力、そして孤独を軽快でありながら哀愁漂うストリングスをまとったビートに乗せて畳みかけてくるリリック。

この曲は彼の1stアルバムの二曲目であり、曲名がそのままアルバムタイトルの『胎動』である。いや、一曲目の「イントロ」は一分半のインストなので、実質コレが一曲目であるともいえる。

しかしこのヴァースの後半でほんの少しリリックの精神的な内容に変化が生じる。

ただただそれは愛の渇望、言葉にすればたわいないこと
互いの愛こそ重たいもの、感じ始めたら 止まらない鼓動
すべては回り、景色は変わり、光る未来への小さなさわり
新しいあなたらしい道を探し、手に入れろ 生きる証

もしこの歌詞に主人公がいたのだとすれば、そいつは愛の存在に気づいたのだ。それがどのような愛かは聴く人それぞれで変容すると思う。ただ『互いの愛』と綴っているので、そこに他者の存在があるのは確かだ。

それを知った途端、愛の重さに胸を締め付けられると同時に新たな世界が開かれゆく。この世界には自分というちっぽけで無力な存在を超えた先に、他者がいて彼らと繋がることで、新たに見えてくる未来と希望がある、そこに"生きる証"のような何かがあるかも知れない。

この最初のヴァースはこうして絶望から始まり、希望の光を微かに見据え、力強く締めくくりフック(サビ)を迎える。

が、しかし!
ここから先の2ヴァース目がさらに凄い!

季節外れの急な大雨、恐れいた ついにこの場面
やることなすこと上手くゆかず、とうとう君は 愛想を尽かす
この世の中で逆らえぬ流れ、運命なのか 馴れ合いと別れ

再び絶望に叩き落とす!
せっかく最初の1ヴァースで希望を微かに見いだせたのに、2ヴァース目のド頭から別れを宣告されている。

僕は映画好きなので映画で例えるが『ベスト・キッド』や『スピード』の2作目みたいな展開である。最初の作品で物語はヒロインと結ばれるようなラストを迎えながら続編では破局してしまっている。

一作目のキアヌと別れました……

このリリックからは具体的に誰と亀裂が生じ、また決別が起こったのかは僕には分からない(その辺は浅くてスミマセン)。もしかしたら同じラップ仲間かもしれないし、"音楽"あるいは"HIPHOP"という概念を擬人化させるようなカタチで詩にしているのかもしれない(シカゴのラッパー・コモンはHIPHOPそのものを"彼女"と称して愛を歌った『I Used to Love H.E.R.』というのがあるように)。

だけど、この絶妙な抽象的表現は聴く人々それぞれの人生にある、まさに『恐れていた、ついにこの場面』にリンクするのである!

ちなみに僕の場合は、約五年間お付き合いしたある女性のことを思い出してしまう。僕はその女性と結婚を目標に食品業界に正社員として飛び込んだが、ブラックな体質と人間関係の派閥、そして法外な労働時間によって鬱になり結局、その後一年間働けなくなってしまった。

それでも彼女は僕を懸命に支えてくれていたが、彼女だって同じ人間で戸惑いもあればこの先への不安もある。そしてそれを支えてくれていた別の "いい人" が存在していた。

普通ならここで僕は怒り狂うのかものかもしれないが、僕はそうならなかった。正直にいうとホッとしたのを覚えている。

どこか彼女を支えなければならないのは「自分しかいない」というエゴと、それほどまでに彼女は弱いのだという傲慢さと卑下がそこにはあった。

彼女は包み隠さず自分の犯した罪を告白し、何度も謝ってくれたが、僕自身こそ謝りたい気持ちと、祝福したい気持ちで一杯だった。

偶然なのだが、そのお別れの日は雨だった。
これが僕の『恐れていいた、ついにこの場面』である。

僕は鬱という新たな精神を抱えながらも「このままじゃヤベェな」と漠然と感じつつ動けないでいた(動かない方が良かったのだろうが……)。だからそこから抜け出そうと懸命にもがいてはいたが、もがけばもがくほど、そんなときは裏目に出る。

僕の場合は、このリブロの歌詞のように相手を突き放すようなニュアンスではないが、しかしタイミングといい、就職先の職場環境といい、運命に突き放された感は凄く感じたのを覚えている(たしかに自分自身が弱かったのもありますが……涙)

ですが、その経験と別れがあったからこそ、自分の人生をどう生きるのか?、どう在りたいのか?、何のために生きるのか?を考え、その為だけに生きようと決心をさせてくれた、僕にとっては生き方を切り替えさせてくれた大切な出来事だった。

そんな気持ちを2ヴァース目の終盤で畳みかけてくる!

巣から落とされた不幸な小鳥
それでも真っすぐ 無謀なほどに、行こうか そこに夜明けの踊り
演じ続ける 現実抜ける、連日ただ握る鉛筆
光に溢れる本来の役目、捨てちまった姿、おれは見たくねぇ
抑圧されてた才能を 滞納することなく 一気に開放
ほら君の隠されてた財宝が、待望の胎動を始めたぞ

終盤の歌詞が好き過ぎてほぼ載せてしまいました(スミマセン)。
そしてまた今に至るまでの過去の色々を思い出して、また涙をちょちょぎ出しながら書いてます!

あなたの中での『恐れていた、ついにこの場面』を大切な経験として、さらに新たな自分の生き方『あなたらしい新しい道』を探し『生きる証』について考えさせてくれるこの曲、是非とも一聴してください!

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