『ヤンキーJK、士書になる』第3話 【創作大賞2024・漫画原作部門応募作】
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「おはよう、龍波さん!」
学校で真由美が窓際の席に座って、頬杖をつきながら外を眺めている竜美に挨拶をする。
「お、おう、おはよう……」
竜美が困惑気味に返事を返す。
「? どうしたの?」
「い、いや……良いのか?」
「? 何が?」
真由美が首を傾げる。
「こんなところで声をかけてよ……」
「なんで?」
「なんでって……アタシはアレだぞ?」
「アレ?」
「ヤンキーだぞ? そんなやつに声をかけたら、変に誤解されちまうだろうが……」
「誤解? あっはっはっは!」
真由美が笑い出す。
「な、なにがおかしいんだよ?」
「関係ないよ」
「関係ない?」
「うん。だって、龍波さんと私はもう友達じゃない」
「! と、友達……」
竜美が驚きのあまり目を丸くする。
「そうだよ」
「そ、そうかよ……」
「それで、急な話だけど……また今日の放課後にお手伝いお願い出来るかな?」
「別に良いけどよ……誰から連絡が入ってんだ?」
「あ~……」
「ひょっとして、熊からか?」
「面白いからそういうことにしておこうかな」
「いや、面白くねえよ」
「そう?」
「ああ、なんならちょっと怖えよ」
「えっとね……前の月に予定表のスケジュールが書かれたハガキがポストに入っているんだよね」
「へ、へえ……」
「それで予定を把握するの」
「か、家族とかにはバレねえのか?」
「家族には見えないハガキなんだよね~」
「え?」
「ちょっと不思議だよね」
「だいぶ不思議だよ」
「今月の下旬あたりには、来月の予定が書かれたハガキが龍波さんの家のポストに入っていると思うよ」
「そ、そうか……」
「じゃあ、また放課後ね~」
真由美が自らの席に戻る。竜美は放課後になって、公園に行く。移動図書館が停まっている。開館の準備を手際よく進める真由美に声をかける。
「よう……」
「あ、龍波さん、お疲れ~」
「お疲れさん……」
「じゃあ、エプロン着けてきて」
「ああ」
すっかりお馴染みとなった赤いエプロンを着けて、竜美が戻ってくる。真由美がそれを見て頷く。
「それじゃあ、今日も貸出と返却の受付からしてもらおうかな」
「分かった」
竜美が席に座る。通算三日目ともなれば完璧とまでは言わないが、だいぶ慣れてきた。竜美は受付業務をほぼ問題なくこなす。
「……」
他の作業を終えた真由美が戻ってきて、竜美の仕事の様子をじっと眺めている。ひと段落ついた竜美が問う。
「なんだよ?」
「いや、龍波さんもだいぶ慣れてきたなって思ってさ」
「そ、そうか?」
真由美の言葉に竜美は満更でもない表情を浮かべる。
「ただ……ちょっと足りないものがあるかな……」
「足りないもの?」
竜美が首を傾げる。
「うん」
「なんだよ、それは……」
「分からない?」
「ああ、さっぱり……」
「じゃあさ、当ててみて」
「クイズかよ」
竜美が苦笑する。
「そう」
「う~ん……」
竜美が腕を組んで首を捻る。答えが見つからない。
「……どうかな?」
「……全然分からん」
竜美が首を左右に振る。
「それじゃあ、ヒントね」
「ヒントって。さっさと教えてくれよ」
「まあまあ、ヒントは……これ」
真由美が満面の笑みを浮かべて、自らの両頬にできたえくぼを両手の人差し指で指差す。
「……は?」
「分からない?」
「……ああ」
「なんでも良いから言ってみて」
「なんでも?」
「そうそう」
「えっと……可愛い」
「なっ!?」
竜美の思わぬ一言に真由美が顔を真っ赤にする。竜美も自分の何気なく言った言葉に気が付き、猛烈に恥ずかしくなる。
「い、いや、これは違う! ……い、いや、違わねえけど!」
「え?」
「いやいや! ギ、ギブアップだ! 答えを教えてくれ!」
「う、うん……答えは『笑顔』だよ」
「笑顔?」
「そうだよ、『愛嬌』って言った方が良いかな?」
「愛嬌……」
「『愛想』でも良いか」
「愛想……」
竜美が自らの頬をさする。
「厳密に言うと、いわゆる客商売ってやつとは違うけどさ。利用者の方々とコミュニケーションを取るわけじゃない?」
「ああ……」
「ぶっきらぼうな態度よりも笑顔で応対された方が利用者の方々も気分が良いと思うんだよね。そうすることによって、この図書館にまた来ようと思ってくれるかもしれないしさ」
「そうだな……」
「だから、龍波さんも……」
「そんなに……」
「え?」
「そんなに感じ悪かったか、アタシ?」
竜美が悲しそうな顔を浮かべる。
「い、いや、そこまでじゃないけどね! 強いて言うならの話だよ、強いて言うなら!」
真由美が慌てて右手を左右に振る。
「そうか……」
「う、うん! だって、龍波さん美人だし、そのままでも十分っちゃ十分だけど、そこに笑顔がプラスされれば、言うことないかなって!」
「え……?」
「うん?」
「び、美人……?」
竜美が恥ずかしそうに俯き、真由美がまた顔を赤らめる。
「い、いや、違う! いや、違わないけど! あ~!」
真由美が右手をブンブンと左右に振った後、両手で頭を抱える。
「えっと……」
「ま、まあいいや、受付変わるから! 本棚の整理ついでに掃除とかをしてきてくれる?」
「あ、ああ……」
「それじゃあ……」
竜美が席を離れ、真由美が席に座る。そこに高齢者と思われる男性が本を持ってやってくる。
「これを借りたいんじゃが……」
「すみません。これは貸出出来ません」
真由美が告げる。
「うん?」
「この図書館内のみで閲覧可能な図書でして……」
「そんなのおかしいじゃろ!」
高齢者男性が机をドンと叩く。真由美が小さく悲鳴を上げる。
「ひっ!?」
「ここは図書館じゃろ!? なんで借りられない本があるんじゃ!?」
「希少な図書ですから、持ち出しはお断りしているんです……」
「なんじゃ!? 儂が盗むとでも思っているのか!?」
「そ、そうは思ってはおりませんが……」
「ならば貸し出せ!」
「そ、そういうわけには参りません……」
「ちゃんと返す! 文句はないじゃろう!」
「そういう問題ではありません……」
「ど、どういうことじゃ! ええっ!?」
「え、えっと……」
「失礼します……」
竜美が割って入る。
「な、なんじゃ!?」
「大声を出されると、他の利用者さまにご迷惑がかかってしまいますので……」
「大声を出させているのは誰のせいじゃ! この本を借りたいだけじゃ!」
「貸出はしていない図書なんですよ」
「なんでじゃ!?」
「決まりですから……」
竜美が目を細める。
「ひ、ひいっ!?」
高齢者男性が悲鳴を上げる。
「……ご理解頂けましたか?」
「あ、ああ、ご理解した! し、失礼!」
高齢者男性が本を置いて、その場から逃げるように去って行く。竜美がため息をつく。
「ふう……」
「す、すごいよ、龍波さん!」
真由美が竜美の両手を取る。
「ええ?」
「ああいうクレーマー対策って大変なのに、圧をかけて追い返すなんて……! 私には無い発想だったよ」
「あ、圧?」
「うん、目を細めてさ!」
「い、いや、笑顔のつもりだったんだが……」
「え……」
「……」
「………」
気まずい沈黙が流れる。
「……と、とにかく良かった! ……あ、熊さん、受付を代わってくださるんですか? それじゃあ、私も掃除に行こうかな! ね!」
「あ、ああ……」
二人は図書館に入る。ある棚を整理しながら真由美が呟く。
「人手不足だから、なかなか掃除が行き届かないところがあるんだよね~気をつけているつもりなんだけど……あっ、蜘蛛の巣かな? !?」
真由美が糸に絡まれ、引っ張り上げられる。本棚の上に、黒いロングヘアの女子が座っていた。糸はその女子の人差し指から出ている。
「ふふっ……この図書館には厄介な士書がいるって聞いていたけど、随分とあっけないわね……」
「だ、誰!?」
「答える必要はないわ」
「こ、これは本の力!?」
「そうよ。『蜘蛛の糸』……」
「くっ……!?」
真由美が糸から逃れようとするが、かなわない。女子が笑う。
「ふふっ、無駄よ……」
「い、一本だけの蜘蛛の糸がこんなに強靭だなんて!? 本ではそれなりの重さがかかったら切れるはずなのに!」
「わたしをそこいらの連中と一緒にしてもらっては困るわね……」
「わ、私をどうするつもり!?」
「そうね……この図書館に二度と近づく気が起きない程度に痛めつけてあげようかしら……ん!?」
女子が竜美の存在に気が付く。竜美が問う。
「……何をしていやがる?」
「ちょっといじめているのよ」
「やめろ……」
「止めてみせれば? 見るからにヤンキーのあなたに図書館内で負ける気はしないけれど……」
「ほう……!」
「!!」
女子が竜美の発する気合に気圧される。竜美が睨み付ける。
「……消えろ!」
「!?」
「はああっ!」
「ぐっ……こ、この迫力……『羅生門』!? ここまで使いこなせるなんて、そうか、この女が噂の士書……!」
「大事な……友達を離せ!」
「ちいっ、ここは撤退するわ、お、覚えてなさい!」
女子は姿を消す。糸が切れ、真由美が落ちる。
「きゃあ!」
「真由美!」
竜美が真由美を両手で受け止める。お姫様だっこのような形になり、二人の顔が接近する。
「……!」
「……!!」
二人は互いに慌てて顔を逸らす。やや間を置いて、真由美が視線を戻し、礼を言う。
「あ、ありがとう……」
「い、いや……」
同じく視線を戻した竜美が応える。
「い、今、友達って……」
「いや、真由美が言うから……」
「……名前呼び?」
「あっ……」
竜美が再び目を逸らす。真由美が笑う。
「ふふっ、ありがとう、竜美……」
「あ、ああ……下ろすぞ」
竜美が真由美を下ろす。真由美が一息つく。
「はあ……」
「大丈夫か?」
「う、うん……さっきの迫力だけど……」
「たまたま手に取った本を読んだイメージしてみたんだよ……」
「羅生門が後ろに見えたわ……やっぱり……」
「やっぱり?」
「あなたは士書として並外れた才能を持っているみたい……」
「良く分かんねえけど、アタシにとって大事な場所を守る為なら、士書、本気でやってみるぜ……」
並ぶ本棚を見回しながら、竜美が呟く。
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