『9no1×3on3!』第1話 【創作大賞2024・漫画原作部門応募作】
あらすじ
三重の山奥にある「慈英賀の里」。伊賀や甲賀に比べ、マイナーな忍術、「慈英賀流」の忍たちが暮らしていた。頭領、疾風家の長は、娘の三姉妹をそれぞれの許嫁と結婚させようとする。
富士、鷹、茄子ら三人は時代にそぐわぬ考えに反発。相手は自らで決めさせて欲しいと求める。長は渋々同意するが、「なまっちょろい男は許さない」と言う。
三姉妹は3on3バスケに身を投じる。自分たちを負かすことが出来る相手なら、長も納得すると考える。しかし、生来の負けず嫌いな性格と、思わず忍術を使ってしまう性分のため、そこらの男たちにうっかり連戦連勝してしまう。噂は世界各地に伝わり……。
忍術を駆使したトンデモバスケ!
本編
序
三重県の山奥にとある小さな里がある。その名も『慈英賀の里』。伊賀や甲賀に比べると、極めてマイナーな忍術、『慈英賀流(じえいがりゅう)』を現代に受け継ぐ忍者の末裔たちが暮らしていた。その里で一番立派な屋敷の奥の部屋に白髪交じりの中年男性がどっしりと座っている。
「……」
「……参りました」
障子の向こうから女性の声がする。
「……入りなさい」
「失礼します……」
三人の女性が部屋に入ってくる。若干紫がかった長い髪を頭の上でひとまとめにした女性が中央に、白髪の髪をポニーテールにした女性がその右側に、黒い髪を後ろでひとつ縛りにした女性がその左側に着座する。
「うむ……」
向かい合う形となった男性が頷く。
「父上、なんの御用でしょうか?」
紫がかった髪の女性が尋ねる。
「……我が疾風(はやて)家……否、この慈英賀の里全体に関わるとても大事なことだ……」
「里全体に関わること?」
「ああ、そうだ」
「……お話が見えませんね」
「富士(ふじ)よ、お前、幾つに……」
「モラハラです」
富士と呼ばれた紫がかった髪の女性が食い気味に答える。
「なっ……!」
「父上、いくら親といえど、女性に年齢を尋ねるというのは……今の時代ではアウトな事案です」
「い、いや、普通に尋ねただけであろうが……」
父上と呼ばれた男性が困惑する。
「ここでわざわざ声に出して答える必要性はないかと……」
「む、むう……」
「父さん、さっさと本題に入ってくださいよ」
白髪のポニーテールが父親を催促する。
「鷹(たか)よ、なにか用事でもあるのか?」
「別に……」
鷹と呼ばれた女性が首を左右に振る。
「べ、別に!?」
「ここで無駄話をしていること自体がタイパが悪いんですよ」
「タ、タイパ……?」
「タイムパフォーマンス……時間帯効果です」
「ほ、ほう……」
「連絡事項ならスマホで良いではありませんか」
「そ、そんな軽々に扱うべき話ではない!」
「じゃあ、なんですか?」
「……この間まで子どもだと思っていたお前らもすっかり女らしく……」
「はい、セクハラ」
鷹が父親の言葉を遮る。
「なっ!?」
「ツーアウト……」
富士がぽつりと呟く。
「ふあ……そういう前置きはいいって~」
黒髪ひとつ縛りがあくびまじりに口を開く。
「茄子(なすび)よ……」
「はい、パワハラ」
茄子と呼ばれた黒髪ひとつ縛りが父親の言葉を遮る。
「なっ……どこがだ!?」
「パパ、自覚ないの?」
「い、いや、まったく……」
「これだよ……」
茄子が呆れたように両手を広げる。
「わ、分からん……」
「……名前」
「名前?」
「そうよ、ワタシの名前、なすびってなによ?」
「し、姉妹揃って、たいへん縁起の良い名前だ!『一富士二鷹三茄子』と言うだろう!?」
「だからって、なすびって……」
茄子が唇をぷいっと尖らせる。
「スリーアウト……」
富士が呟く。
「それじゃあ……」
鷹が立ち上がり、富士と茄子も続けて立ち上がる。父が問う。
「ど、どうした?」
「お父さん、法廷で会いましょう」
「ほ、法廷!?」
鷹の言葉に父が面食らう。富士が笑って座り直す。
「軽い冗談ですよ……」
「し、心臓に悪いことはやめろ……」
「だからさっさと本題に入ってくださいよ」
同じく座り直した鷹がうんざりした様子で話す。
「うむ、そなたたち三姉妹はこの由緒正しい忍術の流派、慈英賀流の後継者たちだ……」
「由緒正しい?」
「胡散臭いの間違いでは?」
「な、何を言う!」
富士と鷹の反応に父が声を上げる。
「だって……ねえ」
鷹が富士を見る。富士が淡々と呟く。
「流派が興ってから百年にも満たない、非常に歴史の浅い流派だという自己認識なのですが……」
「か、過去はさして重要ではない! 歴史はこれから紡いでいけばよい!」
「物は言いようね……」
鷹が苦笑する。茄子が口を開く。
「ぶっちゃけ、極めてマイナーな流派じゃん」
「そ、それは伊賀と甲賀に挟まれればな……」
父が腕を組んで首を傾げる。
「やっぱり忍術と言えばそこのふたつでしょ? 割って入る余地なんか全然ないと思うけどな~」
父がバッと立ち上がる。
「若年層にもアピールしている!」
「アピール?」
「キャッチフレーズも作った!」
「それは初耳だね……どんなの?」
「『時代はI(賀)でもK(賀)でもない、J(賀)だ……!!』」
父が拳を高くつき上げる。
「……」
「どうだ!?」
「ダサい」
「ダ、ダサい!?」
「寒い」
「さ、寒い!?」
鷹と茄子の反応に父が驚く。
「……お先真っ暗という感じですわね」
富士が俯いて額を抑えながら首を左右に振る。
「そ、そこに光を差し込ませるのがお前たちの役目だ!」
「……私たちの?」
富士が顔を上げる。
「あ、ああ!」
「……意味が分かりませんね」
「お、お前たち、子どものころに紹介した男子たちがいるだろう!」
「ああ、近隣の里の……」
「何度か遊んだはずだ、覚えていないか!?」
「覚えていますよ、本当に数度きりですけれど……」
「何を隠そう、彼らはお前たちの許嫁だ!」
「……は?」
「彼らと結婚し、丈夫な子供を産んで、家庭を持つことで……」
「「「『マタハラ』!」」」
三姉妹が揃って声を上げる。
「う、うおっ!?」
三姉妹の迫力に圧されて、父は尻餅をついてしまう。
「まったく、ここまで時代錯誤だとは……」
鷹が額を抑える。
「アップデートされていないね~」
茄子は失笑する。
「……父上、ここまで育ててくださったことには感謝しております」
「む……」
「ですが、各々の結婚相手については自分たちがこの人だという方を選びたいと考えております……」
「し、しかし……」
「しかしもかかしもありません……!」
「う、うむ……」
富士の圧に押され、父が頷く。鷹と茄子が苦笑する。
「やれやれ……」
「びっくりしたよ~」
「ちょっと待て……!」
「?」
「お前たち三姉妹はこの疾風家だけでなく、慈英賀の里の皆の期待も一身に背負っているのだ。皆をがっかりさせるようなことはやめてくれ……」
「……どういうこと?」
「結婚云々は別として、立派な男性を里に連れてきてくれ。一度だけでも良い。そうすれば、口うるさい長老連中なども安心する……」
鷹の問いに父が答える。茄子が鼻の頭をこする。
「立派な男性か~」
「私たちのいわゆる……”好み”でよろしいのですか?」
富士が尋ねる。
「それは任せる。ただ……」
「ただ?」
「なまっちょろい男はダメだぞ! それだけは認められん!」
「……分かりました。行きましょう、二人とも」
富士に続いて、鷹と茄子が部屋を出ていく。三人は屋敷の庭に向かう。
「富士姉、分かりましたとか言っちゃってたけれど、良いの?」
「三人揃って、里から出てしまっても良いんじゃない?」
「なーちゃん、滅多なことを言うものではないわ」
富士が茄子をたしなめる。
「だって~」
「私はこの里になんだかんだで愛着を感じているわ……都会で暮らそうという欲もない……二人はどう?」
「まあ、わたしたちのこの脚だったなら、名古屋も京都も大阪もまさに一足飛びだからね~買い物とかには不自由しないし」
鷹が自らの両脚をポンポンと叩く。
「仕事とかも最近は働き方改革だから、こんな山奥でもリモートで参加することとかが出来るか……」
茄子が自らの顎をさすりながら頷く。富士が笑う。
「……考えはまとまったわね。この里に移住してもらう男性を探すのよ」
「どうやって探すのさ? 『慈英賀の里に疾風三姉妹あり』なんてローカルなニュースバリューはこのご時世すぐに埋もれちゃうよ?」
茄子が両手を広げる。鷹が呟く。
「お父さんとちょっとだけ気が合ったわ。”なまっちょろい男はダメ”って……それについてはわたしもそう思う……」
「大変そうだね……やっぱり里を抜けた方が……」
「……これがあるわ」
富士が転がっていた茶色いバスケットボールを拾って、地面に二、三度弾ませる。
「!」
「!!」
鷹と茄子の顔が変わる。富士が笑みを浮かべながら続ける。
「普通とはちょっと違う、私たちを負かすことの出来るような男性チームならばお相手にはふさわしい可能性があるのでは……二人ともいかが?」
「……悪くはないわね」
「鷹姉ちゃん、マジで……はあ、まあいいや、とりあえずワタシもついていくとするよ……」
意外に前のめりな鷹に驚きながら、茄子も同意する。富士は笑みを浮かべながら静かに呟く。
「疾風三姉妹……ストリートの3on3バスケに殴り込みをかけるわよ……!」
壱
大阪の堺市のある広場にあるバスケットコート内で三人の長身男性、茶髪と金髪と黒髪の男性、富士、鷹、茄子の三姉妹が顔を見合わせている。男性の内、茶髪の男性が口を開く。
「えっと……ホンマにやる気?」
「ええ」
「ホンマにホンマ?」
「ホンマにホンマよ」
「ええ……」
「この恰好を見れば分かるでしょう?」
富士は自分の着ている服を二本の指でつまんで引っ張る。白色で縁取られた、黒色のタンクトップと黒色のハーフパンツ姿である。鷹と茄子も同じ恰好である。
「えっと……チーム名は?」
「『シスターズ』よ」
「シスターズってことは……自分ら姉妹なん?」
「そうよ」
「へえ……美人揃いやねえ……」
「それはどうも……ただ、それはどうでも良いのよ」
「え?」
「試合をしてくれるかどうか……」
「い、いやあ、俺らも大阪ではそこそこ知られたチームやからな……」
「私たちも三重では知る人ぞ知るチームよ」
「いや、それはアカンやん! 大して知られてないやん!」
茶髪が富士にツッコミを入れる。富士が頷く。
「まあ、それはそうね……」
「そういう相手と試合をするってのもな……」
「……怖いの? 負けるのが」
「あん?」
鷹の言葉に男性たちの顔色が若干変わる。
「それなら無理にとは言わないけれど……」
「まあ、やったったってもええけど……体格差があるやん」
茶髪が自分たちと富士たちの身長差を指し示す。富士たちも長身の方だが、それはあくまで女性の中ではだ。茄子が口を開く。
「全然問題ないよ」
「え?」
「むしろちょうど良いハンデさ♪」
茄子がウインクする。男性たちの顔色が完全に変わる。
「……おもしろい、いっちょ揉んでやったるわ」
「そうこなくっちゃね……」
富士が笑みを浮かべる。
「俺らが勝ったらなんか得があんのか?」
「私たちと結婚前提のお付き合いが出来るわ」
「い、いや、それはちょっと重いかな……飲み会とかは?」
「構わないわ」
「ふっ……よっしゃ、やろうか」
六人がコート内に散らばる。3on3の為、コートの半分しか用いない。男性たちが先攻となる。
「……」
「試合時間、10分も要らん要らん~ちゃっちゃっと21点取って終わらしてしまうで~」
「言ってくれるじゃないの……」
ボールを持った茶髪に対し、鷹がディフェンスにあたる。茶髪はそれを見て感心する。
「ふむ、ディフェンスはなかなか様になっとるやないか……ただ!」
「!」
「その程度では止められんで! ヘイ!」
金髪にパスを通した茶髪がゴール前に素早く走り込んでリターンパスを要求する。
「それっ!」
「ナイスっ!」
リターンパスを受け取った茶髪がお手本通りの見事なレイアップシュートを決める。男性たちの先制である。攻め手が富士たちに移る。
「慌てずに行きましょう」
「ええ、分かっているわ」
富士の言葉に鷹が頷く。
「なーちゃん!」
「ほい!」
「そうはさせん!」
「あっ!」
富士がノールックで茄子に鋭いパスを送るが、黒髪によってカットされる。黒髪が笑う。
「読み通り……俺らの攻撃やな」
「くっ、ディフェンス!」
富士が声をかける。試合はその調子で進んでいき……。
「試合時間、まだ半分も経っていないけど、スコアは15対0……ギブアップするなら今の内やで?」
「冗談も休み休み言いなさい……」
富士がムッとした表情を浮かべる。茶髪が笑う。
「ははっ、気の強いこっちゃ。まあ、嫌いやないで」
「たーちゃん、なーちゃん……」
富士が鷹と茄子を呼び寄せる。
「ん?」
「なに?」
「強い相手ね……」
「そうね」
「大阪では知られているだけあるね」
「……あの方々を相手として、里に紹介する?」
「………」
「…………」
鷹と茄子が男性たちをチラッと見た後、視線をすぐに戻す。
「富士姉、冗談でしょう」
「そうだよ」
「それにわたしはね、負けるのがなにより嫌いなの」
「それは私も同じよ」
「ワタシも」
「勝ちに行くわよ……!」
富士が鷹にボールをあずける。鷹がゴールから遠い位置でドリブルをする。金髪がディフェンスに迫る。
「ふん!」
「おっと!」
金髪が伸ばした手を、鷹がドリブルでなんとかかわす。
「攻撃に使える時間はたった12秒やで! そこでドリブルしてたらあっという間に時間切れや!」
「くっ!」
鷹がボールを抱え込むように体勢を低くする。
「な、なんや!?」
「……!」
「!」
体勢を直すと同時に鷹がシュートを放つ。綺麗な放物線を描いたボールがゴールに吸い込まれていく。黒髪が驚く。
「は、入った!? ゴールにほとんど背を向けていたで!?」
「たーちゃん……」
富士が鷹に近づく。
「忍術『鷹の目』……」
鷹が自らの目元を指差しながら呟く。
「鳥瞰でコートを捉えたのね」
「富士姉、わたし、今日なかなか調子が良いみたいだわ」
「そう……では、あなたにボールを集めるわ」
「お願い」
「ま、まぐれは続かん! あっ!?」
茶髪から富士が巧みにボールを奪う。
「こっちの攻撃の番ね! たーちゃん!」
富士が良いパスを鷹に送る。茶髪が金髪に向かって声を上げる。
「止めろ!」
「言われんでも!」
「忍術『隼の舞』!」
「!!」
鷹の素早く小気味良いステップに金髪が惑わされる。
「ほっ!」
「しまっ……!」
鷹の放ったシュートがゴールに入る。鷹が笑みを浮かべる。
「1ポイント……これで、さっきの2ポイントと合わせて、3点ね……ここから追い上げて行くわよ……!」
「くっ……」
試合はそこから富士たち、シスターズが怒涛の追い上げを見せて、あっという間に逆転。スコアは15対20、シスターズのマッチポイントとなる。
「さあさあ、追い込んだよ~♪」
茄子が楽し気に呟く。黒髪が舌打ちをする。
「ちっ……」
「落ち着け! シュートは全部ポニテの姉ちゃんや! そいつさえ抑えたら勝てるで!」
「だ、だけど、この姉ちゃん、もう三本もわけのわからんところからシュート決めよるし……!」
鷹とマッチアップする金髪が弱音を吐く。
「シュートコースを塞いだらええねん! おい、お前もつけ!」
「あ、ああ!」
茶髪の指示に従い、黒髪が鷹を囲む。
「……外ばっかりで、中ががら空きよ?」
「むっ!?」
「はっ!」
「ああっ!?」
鷹の鋭いドリブルで、金髪と黒髪が一瞬で置いてけぼりにされる。
「もらった!」
「レイアップか! こっちが高さで勝るで! 叩き落としたる!」
回り込んだ茶髪がブロックに飛ぶ。
「より高く飛ぶまで……!」
「はっ!?」
「忍術『鷲の爪』!」
「!?」
茶髪のブロックよりもさらに高く飛んだ鷹が豪快なダンクシュートを叩き込む。これで21点目。シスターズの勝利である。
「やったあ!」
「ナイス! たーちゃん!」
「イエーイ!」
三姉妹が喜びの円陣を組む。
「本当に調子がよかったわね!」
「絶好調だったわ!」
「でもさ……」
「……なによ? なー」
鷹が茄子に視線を向ける。
「忍術……使って良いの?」
「……」
「………」
茄子の問いかけに鷹と富士が視線を合わせる。
「……ギリギリ有り」
「無し寄りの有り」
「だ、駄目じゃない!?」
「しょうがないじゃん、負けたくなかったんだもん……」
「だ、だもんって……」
「面倒なことになる前にさっさと退散しましょう」
「うん、それが良いわね♪」
「い、良いのかなあ……」
富士たち三姉妹はあっけに取られた男性たちに頭を下げて、コートを早々に後にするのであった。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?