『信長のキャディー』第3話 【創作大賞2024・漫画原作部門応募作】
3
「やっほ~!」
「……」
「うひょ~!」
「………」
「きゃあ~!」
「……はしゃぎ過ぎですよ、信さん」
美蘭が信長をたしなめる。
「いやいや、はしゃぐじゃろうが! ここをどこだと思うておるのじゃ!? 琉球じゃぞ! 琉球!」
「今は沖縄と言うんですよ……しかし、さすが沖縄だ。春から海開きをしているとは……」
美蘭が周囲を見渡して、感嘆とする。
「見よ! あの燦燦と輝く太陽を!」
「直接見たら目を傷めますよ」
「この白い砂浜を!」
「ああ……」
「この青い空を!」
「ええ……」
「この透き通るような海を!」
「はい……」
「半裸で歩き回ったり、寝そべったりしている女子たちを!」
「うん、最後に本音が出ましたね」
「まさか、琉球がこのような場所だったとは……伴天連どもが言っておった『パラディソ』とはここのことだったんじゃな?」
「楽園……まあ、違いますとも言い切れないですが……」
「しかし実際に目にするとたまらんな、あのビキニというものは……」
信長がビキニ姿の女性たちを見て、舌なめずりをする。
「お願いですから変なことをしないでくださいよ……信さんは注目を集める傑物なんですから……」
「ここはプライベートビーチじゃ。外に漏れる心配は要らん」
「そういう言葉だけはすぐ覚えますね……うちのゴルフ場と提携している沖縄のゴルフ場のオーナーが特別に招待してくださったんですよ。問題行動を起こしたら、うちの支配人の顔も潰すことになりますからね」
「分かっておる、分かっておる! おっ! 異国の女じゃ!」
「あ、ちょっと!」
美蘭が制止するよりも早く、信長はビーチチェアに寝そべる金髪のショートボブの女性に声をかける。
「ハロ~♪」
「……!」
「ミーとワンダフルなメモリーをトゥギャザーしないかの?」
「……?」
「ルー語を喋っている織田信長は見たくなかった……」
美蘭が頭を抱える。
「アイム、ノブナガオダ! ピーポーコールミー、ダイシックステンデビルキング!」
「イングランドの連中の手先か?」
「……!!」
「あっ……!」
赤毛のロングヘアの女性が背後から信長の首筋にビーチパラソルの柄の部分をあてる。
「人の連れに何をしている……」
「い、いや、美しい女子は口説かんと失礼じゃろうが……」
「その考え方こそが失礼だ……」
「ああん?」
信長が振り返って赤毛の女性を睨む。
「なんだ?」
「貴様……誰の首に物をあてたか、分かっておるのか?」
「エロジジイだな」
「エ、エロジジイ!? 言うに事を欠いて、おみゃあ……」
「……やるか?」
「ケンカを売ってきたのはそっちじゃからな、女子でも容赦せぬぞ?」
「ああ! ちょっと待ってください!」
美蘭が二人の間に割って入る。
「お蘭、止めるな!」
「止めますよ! ケンカはマズいです! しかも女性相手に!」
「なんだ……子ども?」
赤毛の女性が首を傾げる。
「子ども!? そ、そりゃあ多少童顔ではありますけど……って、そうじゃなくて! 僕らはこれから近くのゴルフ場でラウンドをしますので、ここらで帰ります! 本当に失礼しました!」
「ゴルフ場? ……ということは貴様らが傑物か?」
「え、ええ?」
「私が貴様らと対決する者だ……」
「そ、そういえば、外国の方なのに、言葉が通じている……あ、あなたのお名前は?」
「ジャンヌダルクだ」
「ええっ!?」
驚いた美蘭は尻餅をつく。その数時間後、ビーチ近くのゴルフ場で信長とジャンヌダルクと名乗った赤髪の女性が対峙する。
「ふん、お主が今日の相手か……女子とはな……」
信長がため息交じりで呟く。
「なに……?」
ジャンヌダルクがムッとする。
「ど、どのような経緯でフランスから沖縄に?」
美蘭が尋ねる。
「飛行機での長時間移動に慣れる為、休暇も兼ねてやってきた。このゴルフ場の持ち主と私の世話をしてくれている者が古くからの知人なのだそうだ」
「ああ、そうだったんですか……」
「お蘭よ」
「はい? なんでしょうか、信さん」
「この女子、そんなに名が知られておるのか?」
「知られているってレベルじゃないですよ! 『奇跡の聖女』です!」
「奇跡……はっ、くだらんな……」
信長が鼻で笑う。
「! くだらんだと……?」
ジャンヌが信長を睨む。
「大体なんじゃ、その甲冑は? 重くてしょうがあるまい?」
信長が顎でジャンヌを指し示す。ゴルフウェアの上に西洋の甲冑を着こんでいる。奇妙な恰好だと美蘭も思った。
「これは……私の覚悟の表れだ……」
ジャンヌが己の胸に右手を当てて呟く。
「戦場にでも赴くつもりか? ここはゴルフ場じゃぞ?」
「ゴルフも戦いだ……!」
「ふん……まあいい、力の差を見せてやるとしよう」
「やれるものならやってみろ……!」
上から文字通り見下すような視線を送る信長をキッと睨みつけるジャンヌ。第六天魔王と奇跡の聖女のマッチプレーゴルフが始まる……!
「むん!」
「ナイスショット!」
信長が豪快なティーショットを放つ。美蘭が掛け声をかける。
「……ふん」
「うん、飛距離も十分ですね!」
美蘭がボールの行く先を見て頷く。
「手加減した方が良かったかの?」
信長がジャンヌに語りかける。
「……」
「無視ときたか……いちいち癪に障る女子じゃ……」
「……よ」
ジャンヌが目を閉じてクラブを握ったままぶつぶつと呟く。
「何を言っておる?」
「信さん、静かに……!」
美蘭が注意する。
「ちっ……」
「……お力をお貸しください……!」
「……!?」
ジャンヌが目をカッと見開くと、周囲の空気がガラッと変わった。信長も思わず目を見張る。
「はあっ!」
「!?」
ジャンヌが強烈なティーショットを放つ。ボールは物凄い勢いで飛ぶ。
「の、信さんよりも飛んだ!? あんなに細身なのに……!」
美蘭が驚く。
「……よし、今日も良い調子だ……」
ジャンヌが頷く。ラウンドは最初の一打の勢いそのままにジャンヌがリードを奪って中盤までもつれ込む。
「リードされるのは正直予想外だ……」
美蘭はジャンヌをじっと見つめる。
「……神よ」
「……!!」
「はああっ!」
ジャンヌがまた物凄いショットを放つ。
「……分かった」
「? 何がじゃ、お蘭……」
「分かりましたよ!」
美蘭が信長の方に向き直る。
「だから何がじゃ?
「あの子……ジャンヌは神様に祈るというルーティンワークで集中力を極限まで高めて、ショットの瞬間に爆発させているんです!」
「……それが儂よりもボールが飛ぶ秘密か」
「はい……!」
「ふん……神仏を信じる類の人間か……やりづらいのう……」
信長が自らの側頭部をポリポリと搔く。
「ど、どうします?」
「どうするもこうするもない……」
「あっ……」
信長がジャンヌに歩み寄る。ジャンヌが怪訝そうな表情になる。
「……なんだ?」
「お主を女子だと侮ったことを詫びよう……」
信長がふんぞり返ったまま告げる。ジャンヌが呆れる。
「詫びる態度か? それが……」
「……全力を持って倒すべき相手だと考える」
「……!!」
「言いたかったことはそれだけじゃ……」
信長はジャンヌから離れる。ラウンドはジャンヌが1打差リードで最終ホールを迎える。美蘭が告げる。
「最終ホール、パー5のロングホールです」
「うむ……」
「最低でもバーディーを取らないとマズいです」
「分かっておる」
「はあああっ!」
ジャンヌがまたも豪快なショットを放つ。美蘭が舌打ちする。
「ちっ……最後まで飛ばすなあ……」
「……むうん!」
「! こ、ここにきて、今日一番のショットだ!」
信長のドライバーショットで放たれたボールがこの日初めてジャンヌよりも飛距離を出した。ジャンヌが2打目を打つ。良い位置につける。
「や、やばいな、あの位置ならバーディーはほぼ確実だ……信さん、ここは確実に寄せましょう……」
「……………」
「信さん?」
「もう一度ドライバーを寄越せ」
「ええっ!? 2打目にもドライバーを!? 難しいですよ!?」
「良いから寄越せ!」
「は、はい……!!」
美蘭がドライバーを手渡す。
「……むううん!!」
「おおっ!?」
信長が放った二度目のドライバーショットは勢いよく飛び、グリーンにオン、何度かバウンドした後、カップにインする。
「……ふう……」
「ア、アルバトロスだ!」
驚嘆する美蘭をよそに、信長がジャンヌに語りかける。
「奇跡は願うものではない……自らの力で起こすものじゃ……!」
「……織田信長、エロジジイだと思っていたことを詫びよう……」
「ま、まだ言うか!」
「魔王を全力で打倒する……!」
ジャンヌが3打目をカップインさせる。イーグルである。これでスコアはイーブンとなった。美蘭が二人に問う。
「延長戦……やりますか?」
「……やめておこう。いいな? ジャンヌよ……」
「ああ……そうだな」
信長の言葉にジャンヌは頷く。やや間を空けて美蘭が口を開く。
「……ということは……?」
「織田信長、決着は『マスターピース』でつけるとしよう……」
「望むところじゃ……」
「それでは失礼する……!」
ジャンヌが颯爽とその場から去って行く。
「ジャンヌダルクか……面白い奴がおるものじゃな……お蘭!」
「あ、は、はい!」
「世界に打って出るぞ! ついて参れ!」
信長がマントを翻して、堂々と歩き出す。
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