『竜王はワシじゃろ?』第2話 【創作大賞2024・漫画原作部門応募作】
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「……まあ、やっていけないこと、反則というのはこれくらいかな」
パパが説明を終える。
「ふむ……」
将棋盤を挟んで座っていた竜子が頷く。
「分かったかな?」
「ああ、大体はの……」
「それは良かった」
「よし!」
竜子がガバッと立ち上がる。
「ど、どうしたの?」
「そんなこと決まっておるじゃろう、パパさん! あの玲央奈にリベンジじゃ!」
「えっ⁉」
「今度こそあの道場の看板をもらう!」
「ええっ⁉」
「よし! 善は急げじゃ!」
「ちょ、ちょっと待った!」
走り出そうとする竜子をパパが止める。
「む……?」
「こ、こんな時間にはもうあの子も帰っているよ……」
「それでは、明日!」
「い、いや、明日はパパもお仕事だからね……それに……」
「それに?」
竜子が首を傾げる。
「道場の人に聞いたけど、あの子は毎日来ているというわけじゃないみたいだよ」
「なに? そうなのか?」
「ああ、他の道場へ腕試しに行ったり……なにより習い事で忙しいらしいよ」
「習い事じゃと?」
「書道、習字とかね」
「習字?」
「ああ、プロの棋士というのはなにも将棋を指すだけが仕事じゃないからね。人に免状を発行するとき、署名をするという役目もある」
「めんじょう?」
「賞状みたいなものだよ」
「ほう……」
竜子が顎に手を当てる。
「もうプロになって後のことを考えているなんて、意識が高いわね……さすがは伊吹名人のお子さんってところかしら」
「え? ママ、知っているの?」
太郎がママに尋ねる。
「それはもちろん。伊吹幸春(いぶきゆきはる)名人と言えば、将棋界のスーパースターよ、将棋を知らなくても、名前は聞いたことがあるっていう人は多いんじゃない?」
「へ~そうなんだ」
「厳密に言うと、今は名人じゃなくて伊吹九段だけどね……」
パパが訂正する。
「あれ? そうなの?」
「そうだよ、タイトルは現在ほぼ“彼の”独占状態だからさ……」
「ああ、そういえばそうか……」
ママが頷く。
「まあ、つい名人と言っちゃうのも分かるけど……」
パパが微笑む。
「時代っていうのは変わっていくものね~」
ママが頬杖をつく。
「その凄い人の子どもか。じゃああの子もきっとプロになるんだろうね」
「……それはどうか分からないけれどね」
太郎の言葉にパパが呟く。太郎が首を傾げる。
「え?」
「将棋の長い長い歴史でもまだ女の人がプロになったことはないんだ」
「ええ? そうなの?」
「うん」
「で、でも、テレビとかで将棋の解説している女の人を見たことあるけど……」
「あの人たちは女流棋士。正確に言うとプロの棋士とはちょっと違うんだ」
「そ、そうなんだ……」
「もちろん、そんじょそこらの男の人よりかはよっぽど強いけれどね」
「へ~」
太郎がふんふんと頷く。
「……競技人口が増えてくれば、その内、女性棋士もバンバン出てくるわよ」
「それはそうだろうね」
ママの言葉にパパが頷く。
「……そんなことは別にどうでも良いんじゃ」
「え?」
竜子の言葉にパパが振り返る。
「パパさんよ、ワシは竜王になりたいんじゃ!」
「!」
「その為にはあの玲央奈に負けとる場合じゃないんじゃ!」
「い、いや、結構追い詰めていたよ? 将棋を始めて初日で大したもんだ……」
「勝てなくては意味がない!」
「‼」
「とにかくリベンジしなくては……!」
「……まあ、ちょっと落ち着きなさいよ」
「ママさん! これが落ち着いていられんのじゃ!」
「もう夜だから騒がないの……子どもね」
「む……ええい、子ども扱いするでない!」
「そういえば、冷蔵庫にケーキがあるから、それでも食べたら?」
「! うわ~い! ケーキじゃ~!」
竜子が冷蔵庫に走る。ママが鼻で笑う。
「……はっ、やっぱり子どもじゃん」
「はっ⁉ ケ、ケーキで釣るなんて、卑怯じゃぞ!」
「釣られる方が悪いでしょう。そういうところがまだ甘いわね。それでも竜王の血を引く者なのかしら?」
「むう……」
「そんなことでは玲央奈ちゃんにも返り討ちに遭うのがオチよ」
「むうう……」
「まずは地に足をつけて、将棋のことをもっと勉強したら?」
「い、一理あるのう……」
真面目な顔つきをしていたママがフッと笑う。
「……なんてね。まあ、とりあえずケーキを食べたら?」
「いや、ケーキよりも将棋じゃ……! パパさん、将棋のことをもっと教えてくれ!」
竜子が将棋盤の前に座る。
「教えてくれと言われてもな~」
パパが後頭部をポリポリと掻く。
「頼む!」
「いや、頼まれても……」
竜子の勢いにパパは困惑する。
「とりあえず基本的なことを教えてあげれば良いでしょ?」
ママが話す。
「基本的なことか……それじゃあ、まずは戦法を……」
「戦法⁉」
竜子が目をキラキラと輝かせる。
「ほ、本格的だね……」
竜子の隣に座る太郎がごくりと息を呑む。
「将棋の戦法というのは、2種類あるんだ」
パパがピースサインを作る。
「なんじゃ、意外と少ないのお……」
「そうだね……」
竜子の呟きに太郎が反応する。
「もっと……千種類くらいあるのかと……」
「そ、それはちょっと多すぎじゃないかな?」
「ははっ、大きく分けてだからね。細かく言えば、もっと色々とあるんだけど、まずはこの2種類を覚えておけばいいさ」
「ふむ……」
「2種類というのは、『居飛車』と『振り飛車』だよ」
「いびしゃ?」
「ふりびしゃ?」
竜子と太郎が揃って首を傾げる。
「そうだよ」
「……ひょっとしたら、『飛車』が関係するということかの?」
竜子が飛車の駒を手に取る。
「へえ、よく分かったね」
パパが感心する。
「まあ、それくらいはなんとなく分かる……」
竜子が飛車の駒を元に戻す。
「すごく簡単に言えば、飛車を動かさないのが、居飛車という戦法だ――もちろん、局面がある程度進めば、動かすことになるんだけどね――自分から積極的に攻めていくことが多いような戦法だね」
「飛車を動かさないのに?」
太郎が首を傾げる。
「他にも駒はあるからね」
「ふ~ん」
「……やっぱり動かさないというのはちょっと適切ではないかな。この縦のラインで主に飛車を動かすようにするんだ」
パパは自らから向かって、右から二番目の列を指差す。
「縦のライン……」
「右から数えて二番目だから2筋というんだ。向かってそちら側は8筋だね」
「すじ……」
竜子が顎をさすりながら呟く。
「居飛車というのもまあ、色々あるんだけれど……まあ、基本的なやつとしては……」
パパが飛車の前の歩を進ませる。
「ふむ……」
「先手からすれば、2六歩というやつだね」
「2六歩……」
「将棋は縦のラインを『筋』と言い、横のラインを『段』という。筋には1~9の算用数字――算数とかで使う数字だね――を使う。段には一~九の漢数字を使う。数字と漢数字と漢字の組み合わせで、その駒がどこにいるのかがすぐに分かる」
「ほう……」
竜子が腕を組む。
「上手な人同士ならば、単にこの組み合わせを言い合うだけでも将棋が指せるんだよ」
「ひえ~それはすごいね」
太郎が小さく驚く。
「ちなみに先手は▲、後手は△だ。▲2六歩、△8四歩……という感じで表記する。それを見れば、後からでも途中からでも、どういう局面展開をしたかが分かる……さて」
パパは2六歩をさらに一つ進ませる。
「飛車の前の歩を突き出す。飛車が攻めていくという意思表示じゃな」
「そう、これが居飛車の基本的な進め方だよ、もちろん他にも色々あるけれどね」
竜子の言葉にパパは頷く。
「……振り飛車というのは、飛車を動かすんじゃな?」
「そうだね、飛車を初期位置から横に動かすのが、振り飛車だ」
「横に動かすことを『振る』というのか?」
「うん、そういう言い方をするね」
竜子の質問にパパは首を縦に振る。
「うむ……」
「これが将棋の戦法だよ――戦型と言ってもいいけど――まずは居飛車か振り飛車の選択で始まるんだ」
「うん……」
「ちなみに……」
「ちなみに?」
「先手、後手ともに……つまり両方が同じ居飛車なら、『相居飛車』、同じ振り飛車なら、『相振り飛車』という言い方をするね」
「あい……」
「相、お互いに、ということだね」
「そ、それじゃあさ……」
太郎がおずおずと手を挙げる。
「うん?」
「片方が居飛車で、もう片方が振り飛車ならどうなるの?」
「太郎、良い質問だね。その場合は『対抗形』という言い方になる」
「対抗形……」
「相居飛車で始まるとか、先手振り飛車、後手居飛車の対抗形とか言って、その局面を説明するのに便利だね」
「へえ……」
「……」
竜子が盤面を眺めながら考え込む。
「竜子、君は居飛車、振り飛車どちらを選ぶんだい?」
「……どちらにもまたそれぞれ種類があるんじゃろう?」
「あ、ああ、そうだね」
「それを聞いてから判断する……」
「れ、冷静だね……」
「竜子、目がマジだね……」
パパと太郎が竜子の圧に押される。