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『竜王はワシじゃろ?』第3話 【創作大賞2024・漫画原作部門応募作】

「頼む」
「ああ、じゃあまずは囲いを……」
「かこい?」
「王――こういう場合は玉と言った方が良いかな――玉を守る為の陣形のことさ」
「玉を囲うのか」
「うん」
「玉を取られたらおしまいなわけじゃからな……守りを固めることが大事か……」
「そういうこと」
 パパが頷く。
「ふむ……」
 竜子が盤面を見つめながら頷く。
「続けてもいいかな?」
「ああ」
 竜子が頷く。
「まずは相居飛車。お互いが居飛車の場合にもっともポピュラーだとされるのが、『矢倉戦法』。お互いが『矢倉囲い』を用いるときだね」
「やぐらがこい……」
「あくまでも一例だけど、こんな感じ……」
 パパが駒を並べる。
「ふむ、玉を8筋の桂馬の前に移動させて、9筋の歩を前に出し、同じく、7筋の歩も前に出し、そこに銀を置き、その後ろ、玉の右、7八に金を置き、さらに、6筋と5筋の歩も前に出し、6七にも金を配置すると……」
「そうだね。上と斜めからの攻撃に強い囲いだよ」
「ほう……あくまでも一例とは?」
「金銀の配置の仕方などで呼び方が変化するんだ」
「これは?」
 竜子が盤面を指差す。
「これは『金矢倉』だね。他にも、『銀矢倉』というのがある……」
 パパが駒を並べ直す。
「これは……金の代わりに銀を二枚用いた囲いか……」
「よく気が付いたね。将棋の格言に『玉の守りは金銀三枚』というのがあるんだ」
「それでは、金と銀のいずれか一枚を攻撃に用いるということか」
「そうだね、銀を攻撃に使うと良いかな。『攻めは飛車角銀桂』という格言もあるよ」
「うむ……」
「他にも『菱矢倉』、『土居矢倉』などがあるね」
「ほう……」
「『へこみ矢倉』というのもあるみたいね」
 ママがスマホを眺めながら呟く。
「囲みがへこんでいてはしょうがないと思うのじゃが……まあ、それはそれで効果的なんじゃろうな……」
 竜子が腕を組んで頷く。
「『カニ囲い』や『かまぼこ囲い』というのもあるよ」
「おいしそうだね」
 太郎が呑気な感想を述べる。
「かまぼこ囲いは別名、『ミレニアム囲い』というんだ。こっちの方が一般的かな?」
「色々あるんじゃな……」
「原則としては、左銀――初期位置7九銀――が2マス前方に位置し、その下のマスに左金――初期位置6九金――がいて、玉が初期位置より左方に移動していれば、『矢倉』というものは成立していると考えていいようだね」
「なるほど……他には?」
「『雁木』というのがあるね」
「がんぎ?」
「こういう囲いだね……」
 パパが駒を並べ直す。竜子が盤面をじっくりと見つめる。
「玉を左に一マス動かし、左右の斜め前のマスに金を配置、その一列前の5筋と6筋に銀を並べると……」
「これも相居飛車で主に用いられる。上部からの攻撃に強く、矢倉よりも手数が少なく囲いを組めるというメリットがある」
「後は『舟囲い』……」
「ふながこい……」
「相手が振り飛車の場合、居飛車で用いられる囲いだね……こんな感じ」
「……左方の金銀は動かさず、玉を角の横に置いて、歩を1マス前に進め、右金を5八に置くか……」
「ここから少し変化して、『ボナンザ囲い』、『箱入り娘』という囲いにする場合もある」
「ボ、ボナンザ囲い……?」
「どういうネーミングよ……」
 太郎とママが困惑する。
「他には、『天守閣美濃』、『左美濃』、『銀冠』、『穴熊』、『中住まい』、『中原囲い』、『右玉』、などがあるけど……」
「全部教えてくれ」
「え?」
「全部」
 竜子が真剣な顔つきでパパを見つめる。
「わ、分かったよ……」
「……」
 パパが駒をその都度並べ直し、竜子はそれをじっと見つめる。
「……居飛車の場合の囲いはこんな感じかな?」
「ふむ……では、振り飛車の場合は?」
「『美濃囲い』が一番用いられるかな」
「みのがこい……」
「これも一例だけど、こんな感じ……」
「玉を2筋の桂の前に移動させ、1筋の歩を1マス前に進め、銀を玉の左に配置……」
「対抗形でも、相振り飛車でも登場する、組みやすく、バランスの良い囲いかな」
「他には?」
「『銀冠』……こんな囲い……」
「ぎんかんむり……玉を2二の位置に移動、1筋から4筋の歩をすべて1マス前に進め、2七銀、3七桂、4七金と並べ、玉の左、3二に金を配置……」
「上部と端と横からの攻撃に強いね。主に対抗形で用いられる……」
「ふむ……居飛車の銀冠とは違うんじゃな?」
「そうだね、居飛車の場合は角も用いることがあるから……他に居飛車と同じ名前だけど、囲い方が違うのは……『穴熊』」
「あなぐま……玉を端っこに置く囲いじゃな。香を1マス進め、1九に玉を移動、銀を2八、3七と4七に金を縦に並べると……」
「駒を密集させた、とても堅い囲いだよ。金銀の配置などによって、『銀冠穴熊』や『ビッグフォー』などの派生形がある。他には『金無双・二枚金』、『右矢倉』など……囲いについては大体こんな感じかな……」
「それでは続いては定跡について頼む……!」
「う、うん、分かったよ……」
 パパは竜子の圧に押される。
「……」
「ええっと、居飛車と振り飛車で戦法と定跡は分けられるんだ」
「じょうせき……」
「定跡というのは、将棋の序盤でベストに近いとされる指し方のことだね」
「ふむ……」
「まずは相居飛車でのメジャーな戦法、『矢倉戦法』だね」
「『矢倉囲い』を用いるんじゃな?」
「そう……こんな感じだね」
 パパが駒を並べる。竜子が頷く。
「お互いにしっかりと矢倉を組んでおるな……」
「うん、例えば、▲7六歩、△8四歩、▲7八銀、△3四歩、7七銀と進むのが一般的なんだけれど……」
「相手の角を塞いでおるの……」
「そう、角道を閉じて囲いを作るのを優先する……」
「うむ……」
「逆に角道を開ける場合もある」
「む?」
「『角換わり』という戦法だ」
「かくがわり……」
「色々とあるけれど、まず▲7六歩と指してから――相手の出方にもよるけれど――▲7七角と誘って、相手が△3四歩で角道を開けたら、▲7八銀……するとどうなる?」
「△7七角……いや、成った方がいいから、△7七角成か?」
「そう、それに対して、▲同――同じ位置に置く時は、こう表す――銀で角を取り返す」
「角を交換するんじゃな」
「厳密に言うと、『角交換』と『角換わり』はまた違うんだけれどね……とりあえずはそういう認識で良いとは思うよ」
「お互いが自身の手駒に角を持てるんじゃな……」
「そう、だから角をより自由に使える……矢倉戦法よりも序盤から激しい展開になるね」
「他には?」
「『横歩取り』というのがある……こんな感じかな」
 パパが駒を並べる。竜子が顎をさする。
「よこふどり……2筋だけでなく3筋の歩も飛車で取って、角を牽制するのか……」
「これはまあ、上級者向けの戦法だね」
「上級者向けでも構わん、知っているものは全部教えてくれ」
「ええっと……これが『相掛かり』」
「あいがかり……2筋の歩を進めて、相手に歩で取らせて、その歩を飛車で取る……」
「これも力戦になりやすいから、苦手とする人は多いね……」
「りきせん?」
「本来の意味は力を尽くして戦うことだけど、将棋や囲碁では定跡(定石)から外れた戦い方のことだね」
「定跡外れか……」
 竜子が腕を組む。
「後は相手が振り飛車の場合は対抗型になる。対抗型はふたつに分けられる」
「ふたつ?」
急戦持久戦だ」
「きゅうせんとじきゅうせん……」
「すごく簡単に言うと、急戦は相手の守りが整っていない内に早目にしかけること、持久戦は先手・後手ともに玉の守りをしっかりとかためてからじっくりと戦うことだ」
「短期決戦か長期決戦かということか……」
「そういうことかな」
「……振り飛車の戦法は?」
「色々とあるけれど……もっともスタンダードなのは『四間飛車』」
「しけんびしゃ……」
「まず飛車を、先手なら6筋に、後手ならば4筋に振るんだ。左から4マス目だから四間という……攻守のバランスがとれた戦法だね」
「なるほど……ということは」
「うん?」
「飛車の振った位置で戦法の名前が変わるということじゃな?」
「なかなか鋭いねえ……」
 パパが感心する。
「真ん中に振った場合は?」
「『中飛車』だね」
「なかびしゃ……」
「派生形で『ゴキゲン中飛車』というのは初心者から上級者まで指すそうだよ」
「ゴ、ゴキゲン……」
「お気楽な戦法名ね……」
 太郎とママが思わず微笑む。
「後はまず角を動かしてからの『三間飛車』」
「さんけんびしゃ……」
「四間飛車よりも攻撃的だね……飛車を相手の飛車向かいに置くのが、『向飛車』」
「むかいびしゃ……」
「後は『角交換振り飛車』というのがあるよ……こんな感じに」
 パパが駒を並べる。竜子が盤面をじっくりと見つめる。
「早々と角を交換してしまうのか……」
「そうだね、速攻を仕掛けやすいというのがある」
「ほう……」
 竜子が顎をさする。
「他には、『相振り飛車』」
「互いに飛車を振るんじゃな」
「そう、力戦というか、乱戦模様になりやすいから、嫌がる人も多いみたいだけどね」
「なるほど……」
 竜子が改めて腕を組む。それからしばらく時間が経つ。
「……戦法や定跡についてはざっとこんなところかな。まあ、一度ずつの説明じゃあ、なかなか頭には入らないとは思うけれど……」
「いや、大体分かった……」
「ええっ⁉」
「ありがとう、パパさん、感謝する……」
 竜子が頭を下げる。
「い、いや、ど、どういたしまして……」
「とりあえずは戦型を決めなければ戦いにはならんか……」
 竜子が顎に手を添える。
「そ、そうだね……居飛車か振り飛車か……」
「飛車は成ると『龍王』に成るんじゃな……」
 竜子は飛車の駒を手に取り、まじまじと見つめる。
「あ、ああ、タイトル戦の竜王とは字が違うけれどね……」
「決めた」
「え?」
「飛車を暴れさせた方が性に合いそうじゃ、ワシは振り飛車で行く!
 竜子は力強く宣言する。

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