明〜ジャノメ姫と金色の黒狼〜第8話 慈愛(3)
「アケ」
ツキがアケの名を呼ぶ。
「すまないがコーヒーを淹れてくれないか?」
そう言ってカップを掲げる。
「私にも緑茶を」
青猿も空になった湯呑みを持ち上げる。
「はいっ」
アケは、2人からカップと湯呑みを回収する。そして足元にいるアズキを抱き抱えて食器台の上に置く。そしてその小さな背中に水の入ったポットを乗せる。
「アズキお願い」
アズキは、小さく鳴くと背中が橙に光る。
「それでこれからどう動いていく?」
ツキが言うと青猿は、ふむっと息を吐いてきゅうりの酢の物を齧る。
「とりあえず早朝になったら国に戻るつもりだ。子どもらが心配してるだろうからな。それに奴らの動向も気になる」
「そうか。動向が分かったら教えてくれ。ここは陸の孤島だからな。情報がないことには協力する考えも浮かばん」
「言われなくてもそうするさ。人手も知恵も幾らでも欲しいからな」
ツキと青猿の話しを聞いていたアケは、作業の手を止めて2人の方を向く。
「主人」
「ツキだ!」
ツキが突然、声を上げたので青猿は、驚いて深緑の目を丸くする。
もう自分たちでも慣れた掛け合いだが、それを知らない第三者に見られると少し恥ずかしい思いがして、アケは身を縮める。
「どうかしたのか?」
ツキは、何事もなかったように訊いてくる。
「あ・・・あのね・・」
アケは、気恥ずかしくなり、お腹の辺りで手を組んで指をモジモジさせる。
「私ね。ナギに連絡を取ってみようと思うの」
アケの言葉にツキは、眉を顰める。
「青猿様が邪教と手を組んでないのは間違いない」
「当然」
青猿は、両手を組んで背もたれに寄りかかる。
「でもね。白蛇の国が邪教と手を組んでるともどうしても思えないの。白蛇の国はあの事があってから彼らをとても警戒してるから」
そう言って黒い布で覆われた本来の目の部分を触れる。
「それにもし本当に白蛇の国が邪教と組んでいるとしたらナギが知らないはずはないし、許すはずがないから」
「あの小僧に話して協力を仰ごうと言うわけか」
ツキの言葉にアケは、頷く。
確かにナギならばアケの話しを聞いたら協力してくれるだろう。と、言うかその話しが正しかろうが正しくなかろうがアケの為ならその身を捨てて動くはずだ。
彼は、朱のナギなのだから。
しかし・・・。
「ダメだ」
ツキは、首を横に振る。
アケの表情が暗く陰る。
「俺もこいつが邪教と手を組んでるなんて思ってない」
「てめっ!こいつとはなんだ⁉︎」
青猿が怒りの声を上げるが無視する。
「そうなると白蛇の国が邪教と組んでいると言う話しがどうしても濃厚になる」
「でも、白蛇の国が・・・」
アケが抗議の声を上げるもツキは首を横に振る。
「それはあくまでもアケの憶測だ。何の根拠もない」
アズキの上に乗ったポットからお湯が沸いたことを知らせる甲高い音が上がる。
アズキは、背中の熱を弱める。
「仮に邪教と組んでいなかったとしても我々と内通さているとバレたらこちらも戦争に巻き込まれるし、あの小僧の立場も危うくなる」
ツキの言葉にアケの脳裏に自分と内通していることがバレて処刑されるナギの姿が浮かび青ざめる。
「俺たちは、あくまでも白蛇の国と邪教に誘拐されたと思われる子供たちを救助することだ。それ以上のことはしない」
ツキは、ふうっと息を吐き、青猿を見る。
「ああっそれで十分だ」
青猿も納得して頷く。
アケは、小さく肩を落とす。
自分から青猿に協力すると申し出たのに結局、自分はツキ達に頼るばかりで何も出来ないのだ。しかも、あろうことが弟のように大切なナギを危険な目に遭わせるようなことまで考えて・・・。
アケは、泣きそうな気持ちを抑えて唇を紡ぐ。
そして気持ちを紛らわすようにツキのコーヒーを淹れ、緑茶を注ぐ。
そんなアケの様子を青猿は、じっと見つめる。
アケは、ツキの前にコーヒーカップを置き、青猿の前に急須を置く。
青猿は、湯呑みに口を付けて、ひとくち飲み、眉を顰める。
「あちい」
青猿の言葉にアケは、蛇の目を大きく開く。
「ごめんなさい。すぐに湯冷しを」
アケは、湯呑みを回収しようとするが、青猿はそれを制する。
「おい、家精」
青猿は、果物の散らばる風呂敷の側に立つアヤメに声を掛ける。
「何でございましょうか?」
アヤメは、優雅に微笑む。
「風呂は、沸いてるか?」
「風呂?」
アヤメは、首を傾げる。
「奥様がいつでも入れるように精魂達が管理しておりますが」
アヤメの答えに青猿は、「そうか」と満足気に頷くと椅子から立ち上がってアケの細い手を掴む。
アケは、驚き、ウグイス達が一斉に立ち上がる。
しかし、青猿は、気にした様子もなくにっこりと微笑んで深緑の双眸でアケを見る。
「茶が冷めるまで一緒に風呂入ろうぜ」
そう言うとアケの手を引っ張って「風呂借りるぜ」と言って居間から出ていった。
「アケ!」
ウグイスが声を荒げて追いかけていく。
その後をアズキがさらに追いかける。
居間の中が静かになる。
「王・・・」
カワセミが表情を曇らせてツキを見る。
「心配いらん」
ツキは、慌てた様子もなくコーヒーに口を付ける。
「あいつは一度、失敗した過ちを繰り返すような奴ではない」
ツキの言葉にカワセミは、表情を曇らせながらもツキの言葉に引き下がる。
「王」
今度は、オモチが弱々しい声で声かける。
「なんだ?」
「王は、今回の戦争をどう思われているのですか?」
オモチの言葉にツキは、黄金の双眸を細める。
「・・・どちらの意見も正しいと思っている」
ツキの発した言葉にカワセミは、大きく目を見開き、オモチは、表情こそ変わらないが赤くつぶらな瞳が揺れる。
「つまりそれは・・」
「ああっ」
ツキは、コーヒーをゆっくりと飲む。
「白蛇の国と青猿の国以外の何かが動いている。邪教を使ってな」
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