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冷たい男 第5話 親友悪友(3)

「んで、お前らもうヤったんか?」
 ドリンクバーで取ってきた山葡萄スカッシュを啜りながら発せられた言葉に冷たい男は口の中に含んだコーヒーを思わず吹き出した。
 コーヒーが黒い粉雪となって宙を舞う。
「何だよ唐突に」
 冷たい男は、咽せ込みながら抗議する。
「なんや。やっぱまだかい」
 揚げたてのフライドポテトにケチャップをベッチャリと付けて口に放り込む。
 4人席の同じ列に座る冷たい男の目には少女に猛烈ビンタをされて赤く腫れ上がるハンターの頬が目に入る。
「まあ、ヤッとったら大事なデートの日の夜にオレに会おうなんてせんわな」
「お前が誘ったんだろ」
 冷たい男は、半眼にして睨む。
 少女を自宅まで送ってから冷たい男は、ハンターと待ち合わせした街のファミレスへと向かった。
 どこにでもあるイタリア料理系のチェーンのファミレス。夕暮れを過ぎたこの時間は家族連れや学生カップルが多くて賑やかしく、男2人連れがいてもそんなに目立たないが4人掛けのテーブルに2人で同じ列に座ってるとどこかしらからヒソヒソと声が聞こえる。やはりアッチ系と勘違いされるのだろう。
「お陰様であれからずっとむすっとしたままで話しかけるのも怖かったよ」
 楽しみにしていた屋内動物園に行っても無言で苛立ち、フラミンゴや生まれたてのマウスなどピンクを連想させるものを見ようものなら無言の怒気、いや殺意に近いものが飛び交い、動物たちが威嚇と悲鳴の声を上げ、子どもたちが半べそをかいていた。
 家に送った時も「せいぜい楽しんできたら」と思い切り車のドアを閉めて家の中に入っていった。
「オレも「もっと言い方あったろにゃ!」と言って散々脛を齧られたよ。どう言えってんだよ。なあ」
 ハンターは、冷たい男に同意を求めるも冷たい男は何も答えない。冷たくなって氷の膜の浮かぶコーヒーを見つめた。
 その表面に見るのは自分の顔でなくあの少女の顔なのだろうと思い、ハンターは肩を竦める。
「てか何であいつってオレのこと目の仇にするんやろな?」
「出会いが最悪だったからな。特に俺たちの」
「若かりし高校時代のことやろが」
 冷たい男、少女、ハンターは同じ高校の同級生だった。
 冷たい男と少女は、言うまでもなく小学校からの同級生、ハンターは高校から知り合い、そして・・とても険悪だった。
 それこそ顔を合わせれば睨み合い、愚痴と文句を言い垂れるくらいに。
「まあ、一方的にお前からだったけどな」
「お前は相手してくれな過ぎて逆に苛立たせてくれたけどな」
「お前があんまりしつこく絡んでくるもんだからあいつブチギレてお前のとこ乗り込んで行ったもんな」
「別クラスの女子が突然入ってきて怒ってきたからホンマに驚いたで。まっ」
 ハンターは、ぽんっと冷たい男の肩を叩く。
「今はもう親友やから関係ないけどな」
 そう言ってにっと笑う。
「あいつに言わせりゃ悪友だけどな」
 冷たい男は、コーヒーのカップを置き、新しいのを取りに行く。ハンターは、少し冷めたポテトを齧りながら氷の膜の張ったコーヒーを見る。
 覚えている限り10分前には熱々だったコーヒーを。
 新しいコーヒーを持って冷たい男は、席に座り、美味しそうに啜る。
「やあ、変なこと聞いてええか?」
「いつも変なことばかりだろ」
 そう言って冷たい男は穏やかに笑う。
 ハンターも苦笑いを浮かべる。
「・・・普通の身体になりたいって思わへんか?」
 冷たい男は、眉根を寄せて首を傾げる。
「普通って?」
「だって難儀やろ?食べたい物を普通に食べれへんし、その手袋しないと物も触れん。第一、あいつと最後まで出来ひんのも・・・」
 しかし、ハンターは最後まで口にすることが出来なかった。
 冷たい男が人差し指をハンターの唇に近づけ、しーっと怒り口調で言ったからだ。
「さっきから声が大きい。あいつじゃなくてもいい加減怒るぞ」
「・・・すまん」
 ハンターは、小さい声で謝る。
 冷たい男は、指先を戻し、コーヒーを啜る。
「別にそんな風になりたいって思ったことはないよ」
 冷たい男の返答にハンターは、驚く。
「でも、お前・・・」
「だってオレってただ冷たいだけじゃん」
 今度は、ハンターが意味わからず首を傾げる。
「確かに不便な時はあるけどそれだけだ。オレはちゃんと喋れるし、動ける。冷たい以外は健康だ。この体質を生かして職にも就けてるし、親も周りも理解してくれてる。そして親友も大切な人もいる」
 冷たい男は、飲み終えたカップを置き、ハンターに顔を向ける。
「それ以上に望むことってあるかい?」
 その発せられた言葉に少しの感情の揺れもなかった。
 穏やかで優しい笑み。いつもと変わらない、優しいけどどこか・・・。
(諦めかけたような・・・)
 ハンターは、口を半開きにして何かを言いかけ、そして止めた。
 丸い縁のサングラスをくいっと持ち上げ、天井を見上げる。
「・・・すまんかったな」
 そう一言呟いた。
 冷たい男もそれ以上言わずに前を向いた。
「お待たせしました」
 甲高い可愛らしい声が2人の耳に届く。
 冷たい男は、声の方を向くとロングとショートの2人の女の子が立っていた。
 年齢は17歳くらいか?この街でも有名な私立の女子高校の制服を清楚に身に纏っている。どちらも華奢でらどちらも冷たい男とハンターの胸の辺りまでしか身長がない。
 そして一寸のブレもない同じ作りの浮世離れした美しい顔立ち。
 そしてどちらも浮世離れしたように美しい顔立ちをしている。洋画に描かれた妖精がそのまま抜け出てきたかのように。
(双子か・・・)
 冷たい男は、眉根を寄せる。
 ハンターの腰にぶら下がった海色の鈴が小さく、清らかな音を立てる。
 ハンターは、顔を下して、にっと笑った。
「待ってへんで」
#短編小説
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