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明〜ジャノメ姫と金色の黒狼〜第7話 青猿(10)

 突然、膨らむようにして現れ、そして消えた魔力の方向を巨大な木の猿の肩の上から青猿は見た。
霜の巨人ヨトゥンか・・あの白兎・・僅かとは言え巨人を召喚しやがるとは大したものだ」
 それに百の手の巨人ヘカトンケイルの気配も弱まっている。
(幼妻ごと殺したか?それとも簡易的な封印を施されたか?)
「どっちにしても無事ではないだろうな」
 青猿は、下方を見下ろす。
「お前は、どう思う?」
 木の猿の巨大な拳が地面にめり込み、大地を砕き、沈ませ、地形を変えた。
 猿の拳の数歩離れたところに人の姿をしたツキが立っていた。
 満身創痍の状態で・・・。
 花の模様が縫われた長衣は破れ、血に濡れている。剥き出しの肌の部分には裂傷が走り、髪は乱れ、整った野生味のある顔も血と泥で汚れていた。
 しかし、黄金の双眸だけは変わることなく強い光を放っている。
「姿を変えて直撃を避けやがったか」
 青猿は、感心したように口笛を吹く。
「本当に大したもんだ。お前も・・臣下たちも」
 青猿は、右腕を動かす。
 その動きに連動するように木の猿の右腕も動き、地面から拳を引き抜く。
「だが、結局は私の勝ちだ。白兎の封印なんかじゃ百の手の巨人ヘカトンケイルを抑えることは不可能だ。幼妻は、また飲み込まれて、臣下共は殺される」
 青猿は、両腕を祈るように組む。
 その動きに合わせて木の猿も両腕を祈るように組む。
「そしてそれでも私を殺すこと出来ないお前は私に殺されるんだ」
 青猿は、組んだ両腕を大きく持ち上げる。
 それに連動して木の猿も両腕を天高く持ち上げる。
「悪いな。お前と一緒で私にも守らないと、救わないといけない奴らがいるんだ・・・」
 青猿の身体を包む深緑の光が強まる。
「今度こそあばよ!」
 青猿の両腕が振り下ろされ、木の猿の両腕が振り下ろされる。
 青猿の両腕が直撃する瞬間。ツキの右手に黄金の光が生まれる。
 雷鳴のような衝撃音が空気を叩き、大地を震わせる。
 血飛沫が迸る。
 青猿の腕から・・・!
 祈るように組まれた両腕の表面が真横に一直線に裂ける。
 青猿は、一瞬何が起きたのか理解出来なかった。
 自分の両腕から出血していることも、痛みすらも我がこととして認識することが出来なかった。
 地響きを上げて木の猿の両腕だったものが地面に落ちる。
 木の猿は、肘から先を失ったまま地面を殴りつける姿勢で停止する。
 青猿を見上げる黄金の双眸が揺らめく。
 高く振り上げられた右手には一振りの大剣が握られていた。
 黒く無骨で分厚い刀身、重厚な鉄の棒のような柄、そして刀身から溢れ出るように輝く黄金の刃。
 無駄な意匠を全て取り払い、"剣"と言う概念を極めたような単純シンプルな造形の一振り。
 その剣を見た瞬間、青猿の表情が張り詰める。
レーヴァテインロキの右腕
 青猿は、唇を震わせる。
 ツキは、レーヴァテインの切先を地面に擦れる寸前まで下ろし、両手で握る。
 そして一気に切先を振り上げた。
 青猿は、木の猿の肩を蹴って後方に飛び去る。
 レーヴァテインの黄金の刃が輝き、光の波が放たれ、木の猿の身体を一直線に走った。
 光の波が木の猿の頭部を抜け、上空に飛び立ち、そして消え去り、木の猿の身体に光の線だけが残る。
 次の瞬間、木の猿の身体が線を中心にズレていき、木の実が割れるように半分に分かれた。
 青猿の右と左の半身は、それぞれ逆方向に倒れる。
 地面に降り立った青猿は、深緑の双眸を動かして木の猿の残骸を見て、笑う。
「ようやく本気出しやがったか」
 ツキは、右腕を顎元まで引き、レーヴァテインの切先を青猿に向けるように構える。
「すまないな」
 ツキは、小さい声で謝罪する。
 青猿は、眉を顰める。
「色々と方法を熟考したんだが、俺は馬鹿だから結局これしか思いつかなかった」
 ツキは、黄金の双眸を冷徹に細める。
「妻と臣下の為に死んでくれ」
 そのあまりに腹の底が冷えるような言葉に青猿は、深緑の双眸を大きく見開く。
 そして喉を鳴らして笑う。
「上等だ」
 青猿を中心に巨大な深緑の魔法陣が展開する。表面が大きく波打ち、木の根が、枝が、そして花弁と葉が次々と飛び出し、青猿の身体に巻き付いていく。
「我が子達の為に死んでくれ」
 青猿の全身を木と花と葉で構成された古の女騎士を連想される美しい意匠の鎧が包む。
戦乙女ワルキューレ
 青猿は、頑強な木の装甲に包まれた右と左の拳をぶつけ、そして構える。
 ツキは、両足を広げて身を低くし、レーヴァテインを両手で握ると身体を捻り、水平に構える。
 間が開く。
 大気が空間を癒すように静まり返る。
 砕けた大地を小石が舞う。
 木の猿の残骸が瓦礫のように崩れた。
 2柱が動いたのはほぼ同時であった。
 地面を蹴り上げて一瞬で間を詰め、ツキは、レーヴァテインを、青猿は木の装甲に包まれた右拳を放つ。
 刃と拳がぶつかり、火花が舞う。
 ツキは、無駄のない洗練された舞のように次々と斬撃を放つ。
 青猿は、左腕を盾にして斬撃を防ぐ。木の装甲の表面が削れ、抉れていく。
 青猿は、右拳を放つ。
 ツキは、レーヴァテインの腹で受け止める。
 レーヴァテインの刃が輝く。
 青猿は、地面を蹴って離れる。
 斬撃が飛ぶ。
 青猿は、身を反らして避けるも肩の装甲が紙のように斬り裂かれる。
 防御は無意味。
 瞬時にそう判断した青猿は、戦乙女ワルキューレの形態を変化させる。
 身体を包んでいた部分が蠢くように移動し、両腕へと移っていく。
 右腕と左腕の装甲がハンマーのように巨大になる。
 攻防一体から攻撃重視へと移行したのだ。
 青猿は、左拳を地面に打ち下ろし、軸を作ると右拳をツキに放つ。
 剣で防いではいけない。
 ツキは、左手に黄金の魔法陣を展開し、無数の黒い鎖を出して壁を作る。
 右拳が黒い鎖の壁にぶち渡る。
 鎖の壁は音を上げて壊れ、ツキは、そのまま後ろに吹き飛ぶ。
 ツキは、レーヴァテインの切先を地面に突き刺して勢いを止める。
 大地に着地した瞬間、青猿が一気に間を詰めて襲ってくる。
 ツキは、レーヴァテインを振り上げる。
 青猿は、左腕を突き出してレーヴァテインの一撃を防ごうとするが、レーヴァテインの黄金の刃は、木の装甲を斬り、青猿の左腕を裂いた。
 青猿は、歯を噛み締め、後方へと下がる。
 ツキは、体勢を整えて剣を構える。
 口から大量の血が溢れる。
 鎖で防いで尚、立つのもやっとなダメージを負ったがツキはそんな様子をおくびにも見せなかった。
 それは青猿も同じ。
 レーヴァテインの斬撃は、傷以上に深く青猿の身体に焼いた。
 そして互いに知る。
 次の一撃が最後だ、と。
「お別れだな」
 青猿は、右拳を構える。
「そうだな」
 ツキは、正中にレーヴァテインを構える。
「お前とは最後まで友人でいたかったが残念だ」
 ツキの言葉に青猿は、悲しげに笑う。
「ああっ私もだよ」
 左腕の装甲が形状を変化させ、宿木のように根を伸ばして右手の装甲に移り、融合する。籠手は、さらにら膨れ上がり、より強固な装甲へと変化する。
 ツキは、黄金の双眸を閉じ、呼吸を整える。それに合わせてレーヴァテインの黄金の刃の輝きが増していく。
 ツキは、両手でレーヴァテインを握ると高く掲げる。
 青猿は、巨大な身体を限界まで低く沈め、右拳を後ろに引く。
 青猿は、右足で地面を叩きつけるように踏みしめ、装甲に覆われた拳を放つ。
 ツキは、黄金の双眸を見開き、レーヴァテインを一閃に振り下ろす。
 剣と拳がぶつかり合う。
 強大な力のぶつかり合いに大気が震え、空気がぶつかり合って破裂する。
 ツキの口と傷口から血が溢れ出す。
 黄金の光が青猿の右手の装甲を走る。
 大地が割れ、空気が裂ける。
 レーヴァテインが一気に振り落とされる。
 青猿の右腕の装甲が真っ二つに割れ、黄金の光が青猿の腕を縦に切り裂き、胸から腹までを袈裟斬りする。
 青猿は、小さく呻き、そのまま地面に倒れ込む。
 レーヴァテインの刃が大地にぶつかり、切先を沈める。
 青猿を包む深緑の光が弱まり、身体が縮んでいき、青い髪の女性の姿へと変わった。
 青猿は、苦痛に顔を歪める。
 胸から腹に掛けて切り裂かれた傷から大量の出血をし、縦に裂けた右腕は動かない。
「負けた・・・か」
 青猿は、吐血しながら呟く。
 ツキは、レーヴァテインを杖代わりにして地面に倒れる青猿に近づく。
 青猿は、深緑の双眸をツキに向ける。
 ツキの黄金の双眸と青猿の深緑の双眸が重なる。
「・・・殺せ」
 青猿は、血を吐きながら呟く。
「その刃で私の腹を裂きな。そうすりゃ幼妻は、助かる」
 ツキの黄金の双眸が剣呑に光る。
 レーヴァテインが持ち上げられ、切先が青猿の腹に触れる。
「いつかあの世ヴァルハラで」
「ああっ今度は下らない話しで盛り上がろう」
 青猿は、にっこりと微笑む。
 そして真剣な目でツキを見る。
「私の子供たちの面倒・・頼んでもいいか?」
「・・・善処する」
 その言葉に青猿は、安心したように目を閉じる。
 ツキは、レーヴァテインを持ち上げ、青猿の腹に向けて突き落とした。

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