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ドラッグストア(1)

いい天気だ。
 私は、いつもの公園のいつものベンチに深々と腰を下ろし、お気に入りの白いハットのツバを持ち上げて空を仰ぐ。
 さめざめと広がった青い空。
 叱りつけるように頬を嬲る風。
 そして嫌気かするほどに暑い太陽。
 まったく、何て商売日和な日なんだ!
 私は、妻が用意してくれたお弁当を膝の上に広げる。
 これが1日で1番楽しみな時間だ。
 今日のおかずは、鮪の照り焼き、卵焼き、蒲鉾、筍の甘辛煮、昆布の佃煮、杏、そして4個の焼売・・。
 私は、焼売を口に運ぶ。
 うんっ冷めても美味い!
 本当に手作りなのかと疑いたくなるようなクオリティの高さに私は舌鼓を打つ。
 私は、俵に切り分けられた白米を食べながらおかずを口に運んでいると突然、声を掛けられる。
「お薬屋さん」
 上品な声に私は、振り返る。
 そこに立っていたのは薄紫のブラウスを着た高齢の女性であった。
 汚れのない銀色の髪を団子に纏め、皺の刻まれた顔に笑みを浮かべてこちらを見ている。
 私は、箸を置いて女性に向かって笑みを浮かべる。
「私は、お薬屋さんじゃなくてドラッグストアだよ。マドモアゼル」
「そんな今時の言い方をされても年寄りには分からないよ」
 女性は、可笑しそうに目を細める。
「今日もお薬貰えるかい?」
「はいよっ」
 私は、切符よく返事すると膝に置いた愛妻弁当を横に置き、その変わりにベンチの下にしまっていた黒く、擦り切れた大きなボストンバッグを引っ張り出して膝の上に置く。
「今日は、何が入り用だい?風邪薬、熱冷まし、咳止め、下痢止め何でも揃ってるよ」
 私は、ボストンバッグから薬のシートを取り出して女性に見せる。しかし、女性はそんな魅力的なお薬たちを見せても興味の欠片も示さず、「いつものでいいのよ」と告げる。
 私は、思わず目を細め、口元を舐める。
「お爺さんにかい?」
「そうだよ」
 女性は、和かに頷く。
「貴方の薬はとても良く効くのよ」
「そりゃどうも」
 私は、魅力的なお薬たちをボストンバッグにしまい、改めて中を探る。
「お爺さんの調子はどおだい?」
「とても落ち着いてるわ。表情もとても穏やか」
 女性は、表情を変えずに言う。
「最近では私が呼びかけてもうんっともすんっとも言わずに寝てばかり。張り合いないわ」
 女性は、少し怒ったように言う。
「でも、そりゃいい傾向じゃないの?マドモアゼルの望んだ通りだ」
「そりゃそうだけど・・・」
 女性は、とても不満そうだ。
「私としてはもうしばらくは反応して欲しかったわ。泣いたり、叫んだり、喚いたり。私がされたことの十分の一でも味わってから眠って欲しかったわよ」
 私は、女性の目の奥が抱きしめたくなるくらいに怪しく揺らめいたを見逃さなかった。
 そう、まるで紙片の先に付けられた小さな炎のように。
 私は、舌なめずりしたい衝動を抑えてボストンバッグから小さな小瓶を取り出す。
「はいよ」
 私の差し出した小瓶を見て女性は、首を傾げる。
「いつもの粉薬じゃないの?」
「寝てるか起きてるか分からない状態じゃ飲ませられないだろ?口に突っ込んで飲ませてやりな」
 私がそう言うと女性は、にやっと冷たく笑って小瓶を受け取った。
 その手には無数の大きな傷と火傷の跡が付いていた。
「お礼よ」
 彼女は、何処から取り出したのか、長方形の白い紙に包まれたものを3つ、私に差し出す。
「奥様に何か買ってあげて」
 私は、じっと彼女の差し出した白い紙に包まれたものをを見る。
「いらない」
 私の言葉に女性は、何度と瞬きする。
「報酬は貴方が完治した時でいいよ。それにそれは貰いすぎ」
「良心的ね」
 女性は、笑う。
「商売は誠実が第一だよ」
 私も笑みを浮かべて返す。
 女性は、白い紙に包まれたものを仕舞うと深く頭を下げる。
「本当に感謝してるわ。ありがとう」
「・・・またのお越しをお待ちしておりまーす」
 私は、戯けて言葉を返す。
 女性は、そのまま何も言わずに踵を返して去っていった。
 私は、ボストンバッグから水筒を取り出し、蓋を開けて中身を飲む。清涼な麦茶の味が乾いた舌を湿らす。
 さて、お弁当の続きを楽しまもう。
 私は、横に置いた食べかけの弁当を膝に戻そうとする。
が、楽しみの時間はまたしても商売に奪われた。

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