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平坂のカフェ 第3部〜秋は夕暮れ〜(4)

「彼女を守るため?」
 カナは、思わず言葉に出す。
「貴方は、助けてくれた彼女を守る為にあの事件を起こしたと言うの?」
 鳥頭は、頷く。
「そうです。全ては彼女を守るためでした。あの男から」
 鳥頭の口調には怒りが混じり込んでいた。
 それは紛れもなくその男に対する怒りだ。
「もちろん、自分がした事を正当防衛化するつもりはありませんよ。罪はしっかりと償うつもりです。
 そうしないと・・・僕は彼女と会えないから」
 そこには真摯な想いが込められていた。
 カナは、その感情を知っていた。
 それは今もカナの中に燃え溢れるものであったから。
(ダメ・・・この男に共感なんてしたら・・)
 スミは、蝶のドリッパーにフィルターを挿す。
「では・・・なぜ貴方は"逝く"ことを選ばれたのです?」
 コーヒー粉がフィルターの中に落ちていく。
「それは・・・」
 鳥頭は、話しを続けた。

「また会ったね」
 彼女は、にこやかに笑いかけてくれた。
 あれから何度もコンビニに足を運んだ。
 彼女に会う為に。
 彼女には滅多に会えなかった。
 仕事の関係でたまにこの町に来るだけらしい。
 これでもコンビニで僕を見かけると笑って声をかけてくれた。
 彼女は、何でいつもコンビニにいるのかを聞いた。
 僕は、小学校でいじめられて以来、学校に通ってない事を正直に話した。
 彼女は、悲しそうな顔をして僕を見ました。
 何でも彼女もとある理由で小学校に行けない時期があったそうです。理由は教えてくれませんでしたが僕と同じでいじめだと思います。
 だから、彼女は無理に僕に学校に行けとは言いませんでした。
 無理はしなくてもいいと思う。
 でも、もし自分がやりたいことや、何かしないといけないと思ったらそこで足を止めちゃダメよ。前に進むの。
 彼女は、そういって僕を励ましてくれました。
 僕にこんな事を言ってくれる人は、女性は初めてでした。
 その時、僕は気付きました。
 僕は、彼女のことが好きなのだ、と。

 僕は、彼女に会う為に身なりを綺麗にしました。
 親の金をくすねたお菓子ではなく、服を買いに行きました。
 ネットで見たコーディネートだけど彼女は格好いいと褒めてくれました。
 僕は、無我夢中でした。
 有頂天でした。
 世界が僕に笑いかけてくれていると本気で思いました。
 相変わらず彼女とは滅多に会えないけど、いつ会っても良いようにお洒落な服を着続けました。
 コンビニに向かう途中で彼女の姿を見つけました。
 僕は、声をかけようとして、止めました。
 彼女は、大粒の涙を流して泣いていました。
 僕は、思わず建物の影に隠れてしまいました。
 なんで、隠れてしまったのかは僕も分かりません。
 彼女の前には背の高い男性が立っていました。
 顔は、影で隠れて見えませんでした。
 男は、彼女に詰め寄っていました。
 彼女は、必死に首を横に振って何かを言っていました。
 しかし、男は引き下がらなかった。
 あろうことか彼女の身体を両手で覆って羽交い締めにしたのです!
 僕は、頭に血が昇りました。
 早く彼女を助けなきゃと思いました。
 でも、足が竦んで動かない。
 膝が震えてしゃがみ込んでしまう。
 肝心な時に僕は何も出来ない。
 苦しいのか、やり返そうとしてるのか、彼女は泣きながら相手の首に手を回していました。
 僕は、立ち上がることも出来ないまま耳を押さえ、目を閉じました。
 本当は、一瞬だったのかもしれませんが長い時間が過ぎ去ったような気がしました。
 耳から手を外し、目を開けると2人はもういませんでした。
 僕は、立ち上がって彼女を探しました。
 名前を呼ぼうとしましたがその時になって彼女の名前を知らないことに気付きました。
 僕は、あまりにも自分の無力さに苛まれ立ち尽くしました。
 僕は、好きな女性を守ることすら出来ないのだ、と。

 僕は、失意の中にいました。
 それでもお腹は減るものです。
 欲は湧くものです。
 僕は、あれからも親のお金をくすねて夜の外出をしました。
 季節は夏になっていましたが夜はまだ涼しかったです。
 僕はコンビニでお菓子と漫画、そして今まで興味を示さなかった如何わしい本も書きました。
 しかし、そんなものでは僕の心を満たすことはありません。
 いつも浮かぶのは彼女のことばかり。
 彼女は、無事なのだろうか?
 生きているのだろうか?
 そればかりを考えていました。

「久しぶりだね」
 僕は、夢を見ているのかと思っていました。
 最近、彼女のことを思い出しながら如何わしいことをしていたのでついに幻を見るようになったのかと思いました。
 しかし、彼女は本物でした。
 にっこりと僕に笑いかける彼女は以前とどこか違っていました。
 よく見ると右目に掛かっていた前髪が綺麗に切り揃えられて、隠れていた右目が露わになっていたのです。
 彼女の右目は、本来は黒いはずの部分が白く濁っており、光を失っていました。
 彼女は、僕が右目を見ているのに気づいて笑いました。
「隠すの止めたんだ。変かな?」
 僕は、首を横に振りました。
 変なんてとんでもない。
 むしろ彼女の美がさらに際立っている。
 美しい。
 本当に美しい。
 僕は、見惚れてしまい、毎夜の条件反射に下半身熱が集まっているのを感じました。
「今日、会えて良かった」
 彼女は、微笑んで言う。
「実は明日でこの町を離れることになったの」
 一瞬、何を言われているか分からなかった。
「もうこの町に来ることもないと思う。最後に貴方に会えて良かったわ」
 どこにいくの?
「イタリアよ。その前に○○県で仕事があるから明日の正午には電車に乗っちゃうの」
 誰かと行くの?
 僕は、喉の奥から絞り出すように尋ねました。
 途端に彼女は表情を固くし、頬を赤く染めて俯きました。
 それだけであの男と行くのだと察しがつきました。
 恐らく、嫌がる彼女を無理矢理に。
 僕は、拳をぎゅっと握り締めました。
 許せない・・・。
 彼女は、そっと僕の肩に手を置きました。
 華奢で、柔らかくて、温かい。
 どのくらい振りか分からない人の温もり。
「貴方も元気でね・・・えっとそう言えば名前聞いてなかったね」
 彼女は、そう言って苦笑しました。

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