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エガオが笑う時 第5話 凶獣病(6)

 公園を出て左右を見回すもマナの姿はどこにもなかった。
 私は、街道に出て近くにある二階建ての建物に駆け寄ると、一気に飛び跳ね、雨樋に指を引っ掛ける。
 周りにいた人達が私の姿を見て声を上げる。
 私は、足を上げてそのまま雨樋の上に登り、さらに屋根に登る。
 屋根まで登ってから私は自分がスカートだったことに気づいてひょっとして見られたかな?と思って急に恥ずかしくなって裾を押さえるも今はそれどこではない。
 私は、屋根の端に立ち、全方位に意識を配りながらを目を凝らすと街道を右にひたすら走って逃げるマナの姿が見えた。
 流石、犬の獣人なだけあって足が速い。
 と、いうよりも私はマナの走る姿を初めて見た。
 どれだけ私はマナの事を知らないのだろう。
 私は、背中から大鉈を外し、柄を真っ直ぐにする。そして先端を両手でがっちり握ると身体を何度も回転させて大鉈を空中に投げ飛ばす。
 遠心力を帯びた大鉈は勢いよく空へと舞い上がろうとする、その直前に私は、跳躍し、右手を伸ばして大鉈の柄を掴む。
 大鉈は私を引っ張り上げるように空中を風を切って舞い上がる。
 空気が礫となって私の顔と傷だらけ、凹みだらけの板金鎧プレートメイルを打つ。
 大鉈は、風に乗って勢いを増し、走るマナへと追いついていく。そしてマナの真上に来ると身体を捻って大鉈の刀身を蹴り、勢いを殺す。バランスを崩した大鉈は、切先を上に向けて昇っていき、私はそのまま手を離してマナの真正面に落下する。
 私の体重を乗せた衝撃に石畳が軋む。
 マナは、空から落ちてきた私の姿に驚き、怯えた表情を浮かべる。
 私は、右手を上空に掲げる。
 大鉈が回転しながら落下し、柄がすっぽりと私の手に収まる。私は、そのまま柄をコの字に折り曲げて背中に背負う。
「マナ」
 私は、マナに呼びかける。
 マナは、今だ何が起きたのか分からないと言った表情で私を見る。
「エガオ・・・様?」
 まるで幽霊でも見るかのような大きな瞳を震わせる。
 まあ、そう思われても仕方ない、咄嗟にとは言え荒技を行使してしまった。
 マダムにまた怒られるかも・・・。
 いや、そんなことよりも・・・。
「マナ!無事だったのね」
 私は、マナの身体を確認する。
 怪我している様子は見られない。
「はいっ・・・私は元気です」
 マナは、呆然としながらも答える。
「あの魔法騎士のもとから逃げ出してきたの?」
 私は、そう質問しながらも疑問を感じている。
 案の定、その疑問に答えるようにマナは首を横に振る。
「お別れを・・・言いにきました」
「お別れ?」
 私の問いにマナは頷く。
「私は、騎士の皆様と一緒にこの王国を滅ぼします」
 マナの小さな口から漏れた言葉の意味を理解するのに私は数拍の間を必要とした。
「もうエガオ様のもとには戻れません。だから一目だけでもお会いしたくて・・」
 マナの大きな目が涙に濡れる。
「マナ」
 私は、マナの小さな両肩を掴む。
 その肩は、小さく震えていた。
「なんで?何でマナがそんなことをしなければいけないの?」
「私は・・・たった2人のわがままの為に今まで命を掛けて戦ってきた皆様を蔑ろにするこの国がつくづく嫌になりました・・・」
 マナは、両手をぎゅっと握りしめ、奥歯を噛み締める。
「許せない・・そんなこと絶対に許せない・・」
 いつも穏やかで可愛らしいマナの口なら漏れる怨嗟。
「・・・それはご両親のこと?」
 私が口にするとマナは驚いて目を大きく開ける。
「だとしたら王国を恨むのは間違ってるわ。貴方のご両親を死なせたのは・・・貴方から大切な人を奪ったのは私だから」
 私は、声を震わせて告白する。
 マナの目が、身体が震える。
「恨むなら私を恨んで。殴りたいなら私を殴って。貶して、気の済むようにしてもらっていい。だから馬鹿なことはしないで。命を粗末にしないで・・」
 私は、マナの肩をギュッと握り、懇願するように首を垂れる。
 私は、マナの口から怒りと憎しみの言葉がら出てくるのを、殴るつけられるのを覚悟した。
 例えどんなことをされても受け入れるつもりだった。
 しかし、彼女の口から出てきたのは・・・。
「父と母のことは関係ありません」
 マナの言葉に私は火を押し付けられたように顔を上げる。
「父と母がエガオ様と一緒に戦ったことは最初から知ってました」
 私は、驚愕に水色の目を震わせる。
「父と母は、国の平和を、国民が幸せに暮らせることを心から祈っていました。思っていた形とは違うけど平和になったこの国のことを喜んでいるはずです。私が父と母の死を悲しんだら・・・それは2人の死を、命を侮辱することに他ありません」
 幼い、可愛らしい声から淡々と発せられる言葉に私は、胸を詰まらせる。
「私が父の母の死でエガオ様のことを恨んだことは一度もありません」
 マナの言葉に私は身を震わせる。
 それじゃあ・・何故?
「貴方は何のために王国と戦おうとしてるの?」
 しかし、マナはそれ以上何も言わない。
 私から目を反らし、小さな拳をぎゅっと握るだけだった。
「マナ?」
 私は、マナに呼びかける。
「教えて上げたらいいではないですか?」
 背後から声が聞こえる。
 その瞬間、マナの首が輪で囲むように魔印が青く光る。
 私は、振り返ると同時に大鉈を構える。
 そこに立っていたのあの時の黒い長衣にフードを被った魔法騎士であった。
 左腕の袖が捲れ上がり、青い魔印が怪しく輝く。
「貴方の理由を聞いたら彼女、泣いて喜ぶと思いますよ」
 顔は、見えないがその顔が下衆くニヤついているのが分かる。
「やめて・・・」
 マナは、呻きながら魔法騎士に必死に懇願する。
「マナを解放しなさい!」
 私は、大鉈を引き抜き、切先を魔法騎士に向ける。
 しかし、魔法騎士はやれやれと小さく肩を竦める。
「彼女の気持ちも知らずに酷いものだ」
 彼女マナの気持ち?
 マナの全身が長い毛に覆われ、身体が膨らみ、獣と化していく。
 それでもマナは魔法騎士を見て「言わないで、言わないで」と懇願する。
 しかし、魔法騎士はそんなこと聞いてもいなかった。
「彼女が私達と一緒にいる理由は・・貴方です」
 そう言って男は私を指差す。
 私?私が・・理由?
「彼女は、大好きな貴方を自分から奪った国に復讐する為に私達の元に来たんですよ」
 獣と化したマナの大きな顎から泣き叫ぶような咆哮が飛び出す。
 私は、あまりの衝撃に思考を動かすことが出来なかった。

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