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明〜ジャノメ姫と金色の黒狼〜第7話 青猿(6)

 人の姿になった青猿は、庭に設置されたテーブルにゆっくりと座る。その動きは猿の姿をしていた時と違い、とてと洗練されており、座る姿も背筋が伸びてとても綺麗だ。
 アケは、アズキの背で温め直したお湯を湯呑みに移し、少し冷ましてから茶葉を淹れた急須に注ぐ。少し時間を置いてから再び湯呑みに注ぐと黄緑色の鮮やかな茶が満たされ、清涼な香りが広がる。
「粗茶ですが・・」
 アケは,そっと青猿の前にお茶を置く。
「ありがとう」
 青猿は、深緑の目をアケに向けて微笑む。
 その美しい笑みにアケの心臓が大きく高鳴る。
 青猿は、目の前に置かれたお茶を待つとそっと口を付ける。
 テーブルの三方を囲むように立つオモチ、カワセミ、そしてウグイスは、緊張した面持ちで青猿の動向を見る。
「美味しい」
 青猿は、目元を緩ませる。
「緑茶なんて久々に飲んだわ」
 そう言ってお茶菓子の羊羹を楊枝を使って丁寧に切って口に運ぶ。
「うーんっ絶妙な甘さね。手作り?」
「はいっ。庭で育てた小豆から作りました」
 小豆と言う言葉にアズキが足元で反応する。
「ふうんっ大したものね」
 青猿は、一気に羊羹を食べ終え、お茶を啜る。
 そのあまりに気持ち良い食べっぷりと飲みっぷりにアケは思わず笑みを浮かべる。
「何を優雅に楽しんでる?」
 向かい側に座るツキが半目で青猿を睨む。
「さっさと要件を話せ」
 ツキに睨まれていると言うのに青猿は臆した様子を見せない。アケに羊羹のお代わりを催促し、お茶をゆっくりと飲む。
「おいっ」
 ツキが苛立ちの声を上げる。
「ああっすまない」
 青猿は、湯呑みをゆっくりとテーブルに置く。
「ここのところ、心が落ち着く暇がなくてな。お前の幼妻のもてなしに気を許してしまった」
 幼妻!
 アケの顔がかあっと熱くなり、頬を抑える。そんなアケを「何で照れるのよ?」と言いたげにウグイスは見る。
「何があった?」
 ツキの質問に青猿の深緑の双眸が揺らめく。
「白蛇の国の連中が私の子どもを達を拐かした。邪教と一緒にな」
 ガシャンッ
 羊羹のおかわりを運んでいたアケは、手に持った皿を地面に落とした。皿は、無惨に割れ、羊羹が地面に食べられる。
 アケの蛇の目と手が動揺に震える。
 アズキが心配そうに見上げる。
 ツキは、黄金の双眸を細める。
「それは確かか?」
「私がこんな嘘を付いて何か得でもあるのかい?」
 青猿の双眸には静かな怒りが見え隠れしていた。
「奴ら、白蛇が眠ってるのを良いことに邪教なんかと手を組みやがった」
 邪教と言う言葉にアケだけでなくウグイス、カワセミも反応する。
 ツキは、剣呑に目を細める。
「邪教と組んだのはお前の国ではないのか?」
 ツキの言葉に青猿は、表情を歪める。
「どう言うことだ?」
 青猿は、食い入るように前に身を乗り出す。
「妻の身内からの手紙にそう書いてあった」
 ツキは、言葉を濁さずに答える。
 場に緊張が走る。
 しかし、青猿は、くだらないと言わんばかりに背もたれに寄りかかる。
「大方、情報を撹乱する為に送ってきたんだろう?混乱に乗じて娘の嫁ぎ先が裏切らないように」
 青猿は、動揺に身体を震わせるアケを見据える。
「実の娘であり、国の姫を邪険に扱ってきたことを自覚してるなら恐れて当然だ」
 その言葉にアケの表情が固まり、胸元をぎゅっと握りしめる。
 ツキは、黄金の双眸でアケを見て、そして青猿を見る。
「それではお前は邪教と手は組んでいないのだな?」
「当然」
 青猿は、右腕をぶらっと上げる。
「私の可愛い子ども達に誓ってな」
「そうか・・・」
 ツキは、コーヒーを一口飲む。
「それで俺を訪ねてきた理由はなんだ?」
「手を貸して欲しい」
 青猿の言葉にツキは、黄金の双眸を細める。
「攫われた我が子達を取り戻したいが白蛇の国とやり合うには兵力が足りない」
「屈強な褐色の戦士達がいるだろう?」
「武士共だけなら何とでもなるが邪教も加わると面倒くせえ。奴ら変な魔法もどきを使うからな」
 青猿の言葉にアケは、彼らが紙に書いた魔法陣を使ってガーゴイルを召喚したのを思い出す。
「それに英雄の性を持った武士もいるみたいだ。しかもかなりの逸材で100人相手にしてかすり傷負わないような。流石に武が悪い」
「お前が出ればいいだろう?白蛇が眠りについてる今なら容易なはずだ」
 ツキの言葉に青猿は、表情を歪める。
「これはあくまで国の民同士の戦争いざこざになる。助言や支援は出来ても直接の介入は出来ない。それが決まりだからな。もし破ったら・・」
「あいつらが黙ってない・・・か」
 ツキは、黄金の双眸を閉じる。
「そう言うこと」
 青猿は、湯呑みに残ったお茶を飲み干す。
「だからお前のとこの兵隊を貸して欲しい。それなら決まりを破ることにはならない。子ども達を取り戻す間だけでいい。悪いようにはしないし、礼も弾む」
 青猿は、ウグイスを見据える。
 ウグイスの表情に緊張が走る。
「その娘も英雄の性を持ってるだろう?恐らく白蛇のとこのより強い」
 青猿は、ツキに向き直り、頭を下げる。
「頼む。子ども達を助けたいんだ。協力してくれ」
 青猿は、必死に願うようにツキに訴える。
 その姿は、まさに子を思う母親の姿だとアケは思い、胸が締め付けられる思いがした。
 助けてあげたいと言う思いが湧く。
 しかし、それは・・・。
「・・・すまないがそれは出来ない」
 ツキの言葉が重々しく場に広がっていく。
 青猿は、頭を下げたまま反応しない。
「理由は分かる。だからと言って臣下が傷つき、命を失うかもしれないと分かっているような戦争に行かせることは出来ない。それに・・・」
 ツキは、アケを見る。
「どんな酷い思いをしたところでも白蛇の国は妻の生まれ育った場所だ。そこを滅ぼすような協力は出来ん」
 ツキの言葉にアケは、心が温かくなるのを感じた。
 ツキが口に出してくれたら言葉はまさにアケが今思っていた言葉だった。
 ウグイス達に戦争になんか行って欲しくない。
 傷ついて欲しくない。
 そして・・もし青猿の言っていることが本当で白蛇の国が悪いのだとしてもそこに住む人たちに悲劇なんて訪れて欲しくない。
(でも、それだと・・・)
 アケは、青猿の背中を見る。
 子を命を思う母の背中を。
(この人青猿の子ども達はどうなってしまうのだろう?)
 アケは、どうしたら良いか分からず思考の渦に入り込んでしまう。
 青猿が顔を上げる。
 その表情は・・・笑顔だった。
 満面の笑顔。
 その顔にアケだけでなくウグイス達も、そしてツキも驚く。
「そっか・・・無理言って悪かったな」
 その声は、吹っ切れたように明るかった。
 ツキは、その態度を訝しく思いながらも言葉を返す。
「・・・ああっすまないな」
「いや、無理を言ったのはこっちだ。お前の事情も分かってるのにすまない」
 青猿は、首を横に振る。
 相変わらずの笑顔。
 その笑顔が・・・あまりにも恐ろしかった。
「ただ、こっちも「はいっそうですか」って訳には行かないのよね」
 青猿の深緑の双眸が暗く輝き、魔力の畝りうねが変わる。
 ツキは、瞬時に警戒体制に入る。
 しかし、青猿の動きはそれよりも速かった。
 青猿の姿が消える。
 カワセミも、ウグイスも、オモチもその姿を見失う。
 しかし、アケの蛇の目は違った。
 アケの蛇の目は自分に迫ってくる青猿の姿を捉えていた。
 しかし、そのあまりの速さに反応することが出来なかった。
 青猿の顔が正面に迫る。
「恨んでくれて構わないよ」
 青猿は、小さく呟く。
 その瞬間、アケの視界が黒い影に覆われ・・・激しい痛みが本来の目のある部分を襲った。
「ああああああっ!」
 アケの口から絶叫が迸る。
 両手で顔を、本来の目のある部分を押さえ、膝を地面に付いて悶え苦しむ。
「アケ!」
 ウグイスが声を荒げる。
 アケの側にいつの間にか青猿が立っていた。
 その手には黒い布と白い蛇のような紐が握られていた。
 青猿は、悶え苦しむアケを見下ろす。
「悪いな幼妻・・」
 青猿は、小さく呟く。

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