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冷たい男 第5話 親友悪友(2)

車に乗るのは嫌にゃ!と駄々を捏ねて抵抗する茶トラを無理矢理後部座席に乗せて2人は指定されたコンビニへと向かう。
 目的の人物は直ぐに見つかった。
 いや、見つけられない訳がなかった。
 その人物、男は、コンビニの窓ガラスに背を預け、地べたに尻を落として季節外れのチョコバニラアイスを食べていた。
 ツーブロックに切り揃えた髪をショッキングピンクに染め上げ、丸い縁のサングラスをかけている。色白で顎は細く、青い襟付きのシャツと黒いジャケットにスラックスを履いた体付きは背は高いものの少女と同じくらい細い。そして先の尖った革の靴を履いているものだから売れないバンドマンかホスト、もしくはその筋の人のようにも見え、人の出入りが多いコンビニなのに誰もその一角には近寄らず、むしろヒソヒソと陰口すら叩かれている始末だ。
 かく言う少女も姿を見つけた瞬間に露骨に嫌そうな顔をして車から出るのを躊躇った。
 しかし、そんな少女の心境も知らずに冷たい男と茶トラは車から下りてその人物に近寄っていく。
「ハンター」
 冷たい男が手を振るとハンターと呼ばれた男も気が付いて残ったアイスを口に放り込み。薄い唇に笑みを浮かべて立ち上がる。スラックスのベルト通しに青とも水色とも取れる、強いて言うなら海色とでも呼ぶような大きな鈴がぶら下がっているがハンターが動いても音一つ鳴らない。
「おーようきたな!親友!心の友よ!」
 子どもの頃に幾度となく聞いたアニメキャラの台詞を恥ずかしげもなく口に出して大きく両手を広げる。
 そして冷たい男に思い切り抱きついた。
 その途端にハンターの唇が青くなっていく。
「おいっ凍るぞ」
「構わへんて」
 ハンターの手のひらに薄く霜が張っていくことにも構わず、そのまま唇を尖らせてキスをしようとする、と突然に手に熱い痛みが走る。
「ぎゃあ!」
 ハンターは、思わず冷たい男から両手を剥がして万歳する。
 手のひらから霜が朽ちた壁紙のように剥がれ、宙を舞う。
 ハンターの手の甲には綺麗な4本の赤い線が付いていた。
 そして少女とその両手に抱えられた茶トラは冷たい男の肌よりも冷たい視線をハンターに送っていた。
「・・誰の許可を得て抱きついてキスしようとしてんのよ」
 少女から発せられたとは思えないような冷たい声の中に切れるような熱が込められている。
「ボーイズラブの否定はしないけど推奨もしてないにゃ」
 茶トラは、鋭い4本爪をハンターに向ける。
「誰がボーイズラブや!」
 引っ掻かれた手の甲を摩りながらハンターは犬のように唸る。
「再会のハグとキスは常識やろが!」
「どこの欧米よ!」
 形の良い眉を吊り上げ食い気味に怒鳴る。
「それにどこをどう見ても日本人でしょうがあんた!髪と一緒に頭までショッキングになったの⁉︎」
「なんや!観客に大ウケやどこの髪!「まあ素敵ねって」皆んなクスクス笑ってくれてるわ!」
「馬鹿にされてんのよ!憐れまれてんのよ!引かれまくってんのよ!」
 普段の少女からは考えられない言葉の弾幕に冷たい男は、引き気味に笑い、少女に抱き抱えられた茶トラは居心地悪そうに下を向く。
「大体、生粋の関東人の癖してエセ関西弁使ってんじゃないわよ!ってか、ついこの間会った時は普通に標準語だったじゃない!」
「いや、これはキャラ付けと言うやつで・・・」
 段々とハンターの語尾も弱くなってきている。
「キャラ付けしないと受けないなら芸人なんてやめちゃいなさい!」
「まあまあそれくらいに」
 流石にと思い冷たい男が割って入る。
「このままじゃハンターが一生治らない傷を負っちゃうよ」
 事実、サングラスの裏のハンターの目は涙で潤んでいた。
「そ・・、そこまで言わんでええやん。オレも頑張ってるんやで」
 ここまで言葉で殴られても関西弁を辞めないのは賞賛に値する。
「・・・うちのペットが大変申し訳ないにゃ」
 少女の腕に抱かれた茶トラが小さく謝る。
「誰がペットや!いつもおマンマ上げとるやろう!」
「ご飯くれてるのはとーちゃんととママさんにゃ。そういうのは自分で稼げるようになってからいうにゃ。この穀潰し」
 愛猫からの冷酷な言葉にハンターは打ちのめされ、地面に膝を付く。
 女子2人(?)からの冷徹な言葉の剣をなんとか納めようと冷たい男は話題を変える。
「ところで何かオレらに用があったんじゃないのか?」
 冷たい男が言うと「そやそや」と何事もなかったかのようにケロッとした顔で立ち上がる。
 打たれ弱い割に回復も早いのだ。
「昨日、巡業から帰ってきてな。お土産や」
 そう言ってジャケットのポケットから小さな袋を取り出して冷たい男と少女に渡す。
 袋を見て少女は露骨に顔を顰める。
「何、このホタテの貝柱って」
「巡業先の名物でな。美味いねん」
 そう言って笑う。
 いや、美味しいかもしれないけど同じ値段でもう少し違うものもあっただろうと思うが流石に好意なのでこれ以上は言わなかった。
 横を見ると冷たい男も微妙な顔をしている。
「用件はこれだけか?」
「んな訳あるかい」
 ハンターは、手の甲で冷たい男の胸を叩く。
「お前ら今デート中やろ?夜まで忙しいか?」
 その言葉に2人の頬が一斉に赤くなる。
 少女に至ってはあの強気な突っ込みもどこへやら指をモジモジさせる。
 2人の初々しい様子に茶トラは微笑ましく目を細める。
「いや、流石に夜には家に送り届けるけど」
 その言葉に少女が少しがっかりしたのに気づいたのは茶トラだけだった。
 草食系だにゃと誰にも聞こえないように小さく呟く。
「そうか。それなら夜時間空けてくれるか?」
 ハンターは、ニッと笑う。
「パパ活せえへん?」
 ハンターの頬に地響きのような破裂音が響き渡った。
              つづく
#短編小説
#親友
#茶トラ
#チョコバニラアイス

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