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ドラッグストア(4)

そして最後に残った杏を指で摘んで口に運ぼうとして、止める。
 私のことをじっと誰かが見ている。
 私は、視線の感じた先に目をやると8歳くらいの綺麗に髪を切り揃えた男の子がこちらを見ていた。
 男の子は、私と、そして血の海に沈んだ男達をじっと見る。
「映画の撮影だよ」
 私は、男の子が聞いてくる前に答える。
「急遽、映画にエキストラ出演することになってね。おじさん達は死体役だから動くわけにはいかないんだ」
 私は、林檎の皮を剥く様にスルスル嘘を並べながら傷ついた頬にバンドエイドを貼る。
 特製薬剤に漬けたもので私の血の効果を中和する。
「何か用?」
 私の質問に男の子は、俯いて指を弄り出す。
「あのね・・・ママが風邪引いたの」
 男の子は、オズオズと話し出す。
「うち貧乏だからお金ないって話したらここにいる帽子を被った人がいい薬持ってるよって教えてくれて」
 男の子は、ポケットに手を突っ込んで何かを取り出す。
 100円玉だ。
「これでママのお薬売ってください」
 私は、目を細めて100円玉を見る。
 どこからどう見ても100円玉。
 分厚さも、面積も、質感も全てが100円玉であると訴えている。
 私は、彼に向かって手を差し出す。
「投げて」
 私の言葉に男の子は、目を丸くする。
「1週間分の風邪薬なら売ってやる。だが、危険だからそれ以上は近づいたらダメだ」
 男の子は、表情を輝かせて頷くと、手に持っていた100円玉を私に向かって放り投げる。
 100円玉は、太陽の陽光に煌めきながら弧を描いて宙を舞う。
「死ねえ!ドラッグストア!」
 男の子は、左手を握りしめて引っこ抜く。
 骨の形をした黒い銃口が輝き、私に向けられ、火花を吹く。
 放たれた無数の銃弾が私の身体を貫く。
 100円玉が血溜まりの中に落ちる。
 銃口から硝煙が立ち昇り、男の子は、歓喜の顔を浮かべる。
 そして私は・・・・・・高らかに哄笑する。
 身体中に穴が空いたまま高らかに哄笑する。
 男の子が呆然と口を開く。
 私の身体が炎のように大きく揺らぎ、煙の様に消えてしまう。
 男の子の目が驚愕に見開く。
 どこを見回しても私の姿はない。
「お食べ」
 鼓膜を舐める様な声が男の子の背後から聞こえる。
 口腔内に甘酸っぱい味が広がる。
 その瞬間、男の子の口の周りの皮膚が爛れ、泥の様に崩れ落ちる。
 痛みもなく崩れていく自分の身体に男の子の表情が歪む。
「私の体液を含んだ杏はどうだい?」
 私は、彼の背後で半分になった杏を齧る。
 男の子は、目を震わせて振り返る。その動きだけでも肉が腐り落ちる。
「血の匂いで幻覚剤が撒かれたことに気づかなかったでしょう?あまりにも出来が良くて現実と幻覚の境が分からなくなるくらい」
 私は、杏をゆっくりと飲み込む。
「何故・・・僕の正体に気づいた?」
 男の子は、本当に分からないと言った口調で訊いてくる。
 私は、眉を顰めて頬を掻く。
「貴方の正体なんて知りません。ただの感です」
「感?」
 男の子の左腕の肉が崩れ、黒い銃口が地面に落ちる。
「貴方を見た瞬間の違和感が凄かった。身体が軋んで、歪んでて、私以外の誰かが作った下手くそな薬で成長を止めてることが良く分かった」
 私が喋っている間も、男の子の、いや、男の肉は崩れ落ちている。
「もう少し早く来てくれてたら治してやれたのに残念だ」
 男は、憎悪に満ちた目で私を睨む。
 私は、妻の杏を最後の一欠片まで味わう。
 男の身体は、完全に崩れ、骨と肉の沼が出来る。
 身体の中にあった酸素が沸騰する様に泡立って抜けていく。
 私は、ベンチに戻って弁当箱と箸を回収、一本は男の1人の手に突き刺さったままで非常に不快だが妻のプレゼントを捨てる訳にはいかない。それらをボストンバッグに仕舞う。
 私は、ボストンバッグを右手に持ち、昼食前と景気の変わった公園を見て・・・思わず満足する。
「今日も商売繁盛だ」
 私は、鼻唄を歌いながら公園を後にする。
 さあ、午後は新薬の作成だ。

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