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半竜の心臓 第1話 半竜の少女(3)

(凄い・・・)
 少女は、腐敗した父、白竜の王の死肉の中に身を沈めたまま勇者一行パーティと暗黒竜達の戦いを見ていた。
 圧倒的。
 それ以外の言葉が見つからない。
 勇者の神鳴が、眼鏡の男の魔法が、そして白髪の男の刀が蟻を潰すように暗黒竜達の命を潰していく。
 父を殺し、自分を辱め、地獄よりも恐ろしい目に合わせた憎むべき仇達が次々と死んでいく。
 胸がすく。
 木の芽よりも小さな希望が芽吹く。
 しかし、その芽はすぐに枯れる。
 自分の目の前に立つ圧倒的な邪悪の前にはどんな希望も潰えてしまう。
 暗黒竜の王は、硬い鱗に覆われた凶悪な貌を歪めて足元にいる男を濁った縦目で睨む。
 白髪、猛禽類の目をした男、アメノは、刀の刃を肩に乗せ、暗黒竜の王を見上げる。
「てめえ・・・何のつもりだ⁉︎」
 暗黒竜は、大地が震えるような唸り声と共に声を放つ。
 その声と唸りだけで少女の心は恐怖に縛られる。
 絶望が泡となって吹き荒れる。
「お前を殺しスレイブにきた」
 アメノは、淡々と答える。
「腹も減ったしさっさっと死ね」
 そう言って刀を片手で中断に構える。
 暗黒竜の王の目が怒りで燃え上がる。
「我を人間風情が1人で殺れるとでも⁉︎」
 暗黒竜の王は、アメノの刀を睨む。
「そんな魔力もないような鉄屑で!」
「薪を割るのと変わらん」
 その瞬間、アメノの身体が暗黒竜の王の視界から消える。
 少女は、驚愕する。
 アメノは、暗黒竜の鼻先に現れると刀を横薙ぎに一閃する。
 少女の目には光の筋が走ったようにしか見えない。
 しかし、暗黒竜の王の目はアメノの一閃を捉え、右腕を上げて爪で刃を受け止める。
 刃が爪の中程まで食い込み、勢いを失う。
 アメノの目が僅かに揺れる。
 暗黒竜の王は、顎に笑みを浮かべ、竜の炎ドラゴン・ブレスを溜める。
 アメノの猛禽類のような目が細まる。
 刃を飲み込んだ爪がミシリッと音を立てる。
 暗黒竜の王の濁った縦目が大きく広がる。
 刃を軸に爪に大きな亀裂が走る。
 動かなくなったはずの刃が振り抜かれ、爪が砕ける。
 暗黒竜は、竜の炎ドラゴン・ブレスを放つ。
 アメノは、身体中の力を脱力されてそのまま自由落下し、炎の直撃を避ける。
 身体を捻り、砂利の上に着地すると炎を吐いたままの暗黒竜の王の足元に駆け寄り、樹齢を100年重ねた大木よりも太い硬い鱗には覆われた右脚を切り裂いた。
 暗黒竜の右足首が身体から離れる。
 暗黒竜の王は、軸を失い、身体を傾かせる。
 アメノは、刀を垂直に構えると再び跳躍する。
 狙いは、暗黒竜の王の顎下、人間で言う喉仏。
 アメノの刀が暗黒竜の喉を貫く。
 血飛沫が舞う。
 暗黒竜の王の顎から炎と一緒に悲鳴が上がる。
 アメノは、そのまま首を落とそうと刀を引こうとする。
 空気を叩く音が響く。
 闇が辺りを覆う。
 暗黒竜の王は、巨大な翼を広げて上空に舞い上がる。
 上昇する勢いに煽られて刀が喉から抜け、地面に落下する。
 暗黒竜の王は、アメノの刃の届かない上空気まで舞い上がり、怒り溢れた縦目で睨みつける。
 アメノは、刀に付着した暗黒竜の王の血を刃を振って飛ばすと上空へと逃げた暗黒竜の王を見上げる。
 そう逃げた。
 100を超える暗黒竜を束ねる王が人間の攻撃になす術もなく上空に逃げたのだ。
 その事実に誰よりも暗黒竜の王が打ちのめされていた。
「貴様・・」
 喉を貫かれ、枯れたようになった声を絞り出す。
 喉やられたのか影響からなのか口の端から炎が溢れる。
「もはや安らかな死は与えられんと思え!」
 枯れた声で咆哮を上げる。
 次の瞬間、暗黒竜の王の身体から黒い煙のようなものが溢れ出す。
 雪よりも寒く、腹の底を鷲掴みされるような感覚を少女は知っていた。
 これは父である白竜の王が殺された時と同じもの。
 暗黒の気力ダーク・フォース
 暗黒竜の名の所以であり、王たる竜の証。
 アメノも暗黒竜の王の気配が変わったことに気づき、刀を片手で中断に構える。
 暗黒の気力ダーク・フォースが暗黒竜の王の両手に集中していく。
 気がマグマのように湧き立ち、ヘドロのように重く波打つ。
「これを食らったものは楽には死ねん」
 暗黒竜の王は、両手を重ねる。
 両手の暗黒の気力ダーク・フォースが混じり合い、形を形成していく。
「一度食らえば7日間、気力は消えない。身体にまとわりつき、呼吸することも出来ないまま身体を溶かされ、腐敗する」
 少女の脳裏に苦しみ、悲鳴を上げながら腐っていく白竜の王の姿が浮かぶ。
「意識を失うことも出来ず、動くことも出来ないまま死んでいくのを感じながら苦しみ抜くのだ」
 暗黒竜の王は、そう言ってほくそ笑む。
「魔力も帯びない鉄屑ではどうしようもないぞ」
 しかし、それだけ聞いてもアメノの表情は変わらない。
 猛禽類のような目で暗黒竜の王を見据えるだけだ。
「・・・竜って・・意外とうるさいんだな」
 アメノは、ぼそりっと呟く。
 暗黒竜の王の目が震える。
「わざわざ説明なんかしなくていいからさっさと撃て」
 そう言うと嘲るように口元を釣り上げる。
「夕飯の時間がすぎるだろう、クソ蜥蜴」
 暗黒竜の王の目が怒りで溢れる。
 暗黒の気力ダーク・フォースが竜の頭蓋の形に形成される。
「苦しめ!」
 暗黒竜の王の叫びと共に竜の頭蓋が放たれる。
 竜のの頭蓋は醜い顎を開いてアメノを襲う。
 暗黒竜の王は、ほくそ笑む。
 少女は、声にならない恐怖の呻き声を上げる。
 アメノは、刀を両手に持って上段に構える。
 竜の顎の牙がアメノを食らおうとする。
 刹那。
 刀が振り下ろされる。
 シャリンッ。
 鈴の音のような軽やかな音が少女の耳を打つ。
 風が、空気が、時間すらも止まったような感覚が周囲に広がる。
 竜の頭蓋に額から顎にかけて薄い線が走る。
 林檎が割れるように左右に開き、アメノの横を通り過ぎ、軌道を保つことが出来ないまま外れ、岩に、たまたまそこにいた暗黒竜にぶつかる。
 暗黒の気力ダーク、フォースに飲まれた暗黒竜は、何が起きたか分からないまま身体を溶かされ、腐らされ、悲鳴を上げる。
 暗黒竜の王も何が起きたか分からず、濁った縦目を、鱗には覆われた身体を震わせる。
「お前・・・本当に人間か⁉︎」
 枯れた声を絞り出して暗黒竜の王は言う。
「極限まで鍛えた刀術に斬れないものはない」
 アメノは、猛禽類のような目を細め、刀の切先を暗黒竜の長に向ける。
「それが例え竜だろうが・・神だろうがな!」
 アメノは、刀を握った手を大きく振りかぶり、一気に振り下ろした。
 刀がアメノの手から離れる。
 刀が風を貫き、上空に浮かぶ暗黒竜の王の翼を突き破る。
 暗黒竜の王の翼が破れ、浮力が溢れるように失われる。
 暗黒竜の王の体は、重力に逆らうことも出来ないままに落下し、白竜の王の死体の前に落ちる。
 衝撃が少女の身体を襲い、巨大な顔が目の前に迫る。
 濁った縦目と少女の目が重なる。
 少女は、ひっと悲鳴を上げる。
 アメノは、落下し、砂利の地面に突き刺さった刀を抜くとゆっくりと暗黒竜の王に近寄ってくる。
 暗黒竜の王の目が怯える少女を凝視する。
 炎の漏れる顎に小さな笑みが浮かぶ。
「そろそろ死ね」
 アメノは、地面を蹴り上げ、突進する。
 刀を角のように垂直に構え、暗黒竜の王の額に向けて一気に突き出した。
 肉を突き破る重い感触が手首に伝わる。
 赤い血が飛び散り、アメノの顔を汚す。
 アメノの猛禽類のような目が大きく開く。
 暗黒竜の王の顎に笑みが浮かぶ。
 少女の口から空気と苦鳴が漏れる。
 アメノの刀が貫いたもの。
 それは暗黒竜の王の右手に握られた半竜の少女の左胸であった。
 敵わない。
 本能でも頭でもそう判断した暗黒竜の王はアメノの一瞬の隙を作るために半竜の少女を盾にしたのだ。
 人間の姿形をした少女を刺せば一瞬でもアメノが動揺し、隙が出来ると考えて。
 その考えは正しかった。
 アメノは、動揺した。
 突然、現れた人間の姿形をした少女に。
 その少女の胸を自分が貫いたと言う事実に。
 アメノの目が震える。
 刀を握る手が弱まる。
 暗黒竜の濁った縦目が笑う。
 所詮は人間・・・愚か!
 暗黒竜の王は、左腕を振り上げ、強靭な爪をアメノに向かって振り下ろす。
 本当に愚かであった。
 暗黒竜の王が・・。
 アメノの姿が消える。
 暗黒竜の王の爪が空を切り裂く。
 暗黒竜の王の思考が止まる。
 刀は、少女の胸に刺さったまま。
 濁った縦目の前にアメノの姿が現れる。
 アメノは、暗黒竜の王の鼻頭の上に立ち、猛禽類のような目を激らせて見下す。
 両手の指を全て伸ばし、手刀の形にし、後ろに引き、一気に突き出す。
 アメノの両手の手刀が暗黒竜の王の両目を突き破る。
 暗黒竜の顎から絶叫が迸る。
 アメノは、両手を眼球から抜き去り、少女の身体を暗黒竜の王の腕から回収し、地面に降り立つ。
 暗黒竜の王は、眼球を貫かれた激しい痛みに悶え苦しむ。
 アメノは、少女の身体を地面に寝かせる。
 左胸に突き刺さった刀をゆっくりと抜き取り、暴れ狂う暗黒竜の王を見据える。
「うるさい」
 一閃。
 暗黒竜の王の動きが止まる。
 首がゆっくりとずれ、地面の上に落ちる。
 それに引っ張られるような胴体も崩れ落ちる。
 アメノは、刀を振って暗黒竜の血を飛ばす。
 呻き声が聞こえる。
 アメノは、刀の切先を砂利で擦りながら少女に近寄る。
 一糸纏わぬ姿で力なく地面に横たわり少女。
 左胸からは血が泡立つように溢れる。
 血の気を失せた顔、両目の下には白い小さな鱗が3つ並び、身体の何箇所かにも白い鱗が黒子のように張り付き、黒髪の頭には流木のような小さな角が2本生えている。
「半竜・・か」
 アメノは、ぼそりと呟く。
 少女の目がうっすらと開く。
 少女の目とアメノの目が交わる。
「私・・死ぬの?」
 少女は、力なく呟き、吐血する。
 アメノは、何も言わない。
 ただ、じっと少女を見る。
「なんで・・・私を刺したの・・?」
 アメノの猛禽類のような目が震える。
「なんで・・なんで・・?」
 アメノは、答えない。
 ただ、刀の柄が砕けるそうなほどに握りしめる。
「お父様・・」
 腱を切られた少女の手が小刻みに震える。
「助けて・・お父様・・お父様・・おとう・・」
 少女の目から光が消える。
 アメノは、刀を落とし、その場に膝を付く。
 腱が切られ、ズタボロになった少女の手を握る。
「また・・・守れなかったよ・・・」
 少女の手をきゅっと握る。
「ヤサカ・・・」
 アメノは、千切れるほどに唇を噛んだ。
 竜の断末魔と神鳴が風に煽られ、山脈中を走った。

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