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ドラッグストア(2)

「薬を下さい」
 窶れた背の高い男性が私を見下ろしながら言う。
 私は、箸を止めて男を見上げる。
「いらっしゃい」
 私は、思い切り輝いた営業スマイルを浮かべる。
 楽しみを奪われた不平不満なんて決して出しはしない。
 私の笑みに釣られて彼も小さく笑う。
 彼は、先ほどの女性同様に私の商売の常連だ。しかしその顔は、私の知る彼の顔よりも採掘機で彫られたのではないかと思うほど、頬の肉が削れ、小麦粉でもぶっかけられたのではないかと思うほどに白かった。
 私は、思わず眉を顰める。
「薬・・・効かなかったですか?」
「・・・ええっ」
 男は、困ったように笑う。
 男は、病衣を身に纏っていた。
 入院患者がよく着ているポピュラーなものだ。
 袖口の刺繍の色でサイズが決まっており、彼に最初に会った時はLを表す紫、次に会った時はMを表す橙、そして今は水色。Sを表す黄緑を飛んでスキップいる。
「どうにも僕は、薬が効きにくいタイプのようです」
 私は、目を細めてじっと彼を見る。
 そしてボツトンバッグから粉薬と瓶を一本取り出す。
「この前渡したものより効力の強いものです。甘いので温かいミルクに溶かして飲むとリラックス出来てより効果的ですよ」
 そう言って私は、営業スマイルとは違う小さな笑みを浮かべる。
「そちらの瓶は?」
「栄養剤。サービスですよ。流石に窶れすぎだ」
「その薬飲んで栄養摂ったら逆効果でしょう」
 男は、可笑しそうに笑う。
 しかし、私は笑わない。
「お気持ちは分かりますが、このままじゃ貴方の望むイキ方が出来ない。少し身体を整えても何の問題もありません。私がしっかりとお手伝いします」
 私の言葉に男から笑みが消える。
「失礼ですが私の作る薬に失敗はない。それでも効果がないと言うことは貴方の身体に問題がある」
「問題?」
 男は、不快げに眉を顰める。
 睨みつけているのかもしれない。
 しかし、そんなことで臆する私ではない。
 私もハットのツバ越しに男を見る。
「貴方の身体がまだ懸命に生きようとしてるんですよ。まだこの世に止まりたいと言ってるんですよ」
 私の言葉に男は、一瞬、大きく目を見開く。そして貝が閉じるようにゆっくりと細まっていく。
「身体に正直になってみたら如何ですか?」
 私は、薬と栄養剤をベンチに置き、弁当と持ち帰る。
「良かったら。妻の料理は絶品です」
 男は、何も言わなかった。
 徐ろに手を伸ばして弁当から卵焼きを摘むとそのまま口に運び、咀嚼する。
「甘い」
 男は、ボソリっと呟く。
 私は、小さく笑みを浮かべる。
「良かったら焼売もどうぞ?」
 しかし、男は、これ以上おかずに手を伸ばそうとはしなかった。
「これで未練はなくなった」
 男は、私に手を差し伸ばす。
「薬を。今までで1番強力なやつをありったけ。」
 その声は、彼に出会ってから聞いたもので最も感情がこもったものだった。
 暗く、痛く、そして怒りのこもったものだった。
「僕の身体の希望を完膚なきまで叩き潰せるような!」
 彼の目から暗い炎が発せられる。
 この世の全てを妬み、汚すような炎が。
 私は、その目が見たくなく、目を閉じる。
「・・・そんなに自分がお嫌いですか?自分で自分を追いつめ、苦しめ、殺したくなるほどに・・?」
「・・・ああっ嫌いです。この世の何よりも。存在し、息をしてることすら許せない」
 暗い炎に包まれた目から涙が一筋流れる。
「僕は、この世で僕が息をしてることすら許せない」
 私は、ゆっくりと目を開ける。
 そしてボストンバッグからありったけの粉薬を取り出す。
「百万です」
 男は、眉を顰める。
「報酬は後払いではないのですか?」
 私は、ハット越しに男を見る。
「次、貴方がここに来ることありますか?」
 私の言葉に男は、目を大きく開き、そして嬉しそうに微笑んだ。
 男は、病衣の懐に手を作っこみ、剥き出しの黒いクレジットカードを取り出し、私に差し出す。
「好きな額を下ろしてください。暗証番号は0813、僕の誕生日です」
 私は、クレジットカードを受け取るとありったけの粉薬を袋に入れて男に渡す。
「よく今まで悪用されませんでしたね?誕生日なんて最もバレやすいのに」
「それだけ世界が僕同様に僕を嫌ってると言うことです」
 男は、満足そうに袋の中の粉薬を見る。
「卵焼き、ご馳走様でした。奥様にもよろしくお伝えください」
 男は、丁寧に頭を下げ、口元に笑みを浮かべる。
 私は、何も言わずに頭だけを下げる。
 彼は、踵を返すとそのまま公園の出口へと歩いていく。
「・・・つまんな」
 私は、小さく息を吐き、口直しするように筍の甘辛煮を指で摘んで食べた。
 いい塩梅だ。

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