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エガオが笑う時 第4話 無敵(1)

 私は、身が固くなるのを感じた。
「本当にいいのか?」
 カゲロウの言葉に私は小さく頷く。
「大丈夫です。覚悟は出来てます」
 そう言いながらも私の声は少し震えていた。
「俺も初めてだからな。少しでも痛かったり怖かったりしたら言ってくれ」
「・・・はいっ」
 カゲロウの手が私の首筋に触れる。
 それだけなのに私の身体はびくんっと反応する。
「やっぱ怖いんだろう・・・止めとくか?」
「いえ、止めないで下さい。そうしないと私・・前に進めない」
「・・・分かった。俺も覚悟を決める」
 カゲロウは、唾を飲み込み、再び私の首筋に触れる。
 私は、震えそうになるのを堪える。
 彼の固いが滑らかな指先が首筋を這い、うなじを抜け、私の髪に触れる。
 それだけで私の頬は赤く染まる。
 彼は、優しく優しく私の髪を触り、先を摘み、そしてまう片方の手に握った鋏を毛先の先端に当てた。
 ジョキンッ。
 小気味の良い音が耳の中入り込む。
 金色の毛が波に揺れるように石畳の上に落ちる。
「・・・切ったぞ」
 カゲロウが声を震わせて言う。
 私も手に持った鏡で自分の髪を見る。
「このぐらいの長さでいいのか?」
 そんなこと言われてもこんな風に髪の毛を切るのなんて初めてだからわからない。
「た・・多分・・」
 私は、自信なげに答える。
「痛くなかったか・・・」
「はいっ・・・カゲロウ・・とても優しいので・・」
 私は、頬が熱くなるのを感じる。
「そうか・・じゃあもう少しいくぞ。激しくなったらいってくれ」
「・・・はいっ」
 私は、小さく頷いた。
「あんたらいい加減にしなさいよ!」
 左側から激昂が飛んでくる。
 私とカゲロウは同時に声の方を向く。
 緑の傘を差した円卓に座ったハーフエルフの少女、ディナが三白眼を吊り上げ、こちらを睨んでいた。
「髪の毛一つ切るのに何でそんな破廉恥トークになるのよ!」
 破廉恥トーク?
 私は、首を横に傾げる。
 カゲロウも意味が分からなかったようで顎に皺を寄せる。
 離れたところでスレイプニルのスーちゃんも呆れたように赤い目をこちらに向けている。
 ディナは、何故か頬を赤らめ口をモゴモゴ動かす。
「取りあえず早く髪の毛切ってよ。私だって暇じゃないんだから」
 そう言って彼女は円卓に並べられた小物を弄る。
「はいっ」
「了解」
 私とカゲロウは、肩をシュンっと落として再び髪を切り始めた。

 軽い。
 気持ち良い。
 私は、カゲロウに切ってもらった髪をそっと触る。
 子どもの頃に触れた蒲公英の綿毛のように柔らかい。
 正確には切るのではなく梳くと言う特別な技法でくしで梳かす頷くように特別な鋏を使って梳かすように髪の毛の量を減らしていくものらしい。
「本当、プロ並みねえ」
 ディナが後ろから私の髪を触りながら感心したように言う。
「料理人じゃなくて美容師やった方が儲かるんじゃない?それか兼業」
 そう言いながらディナは、紫色に輝くブラシを使って私の髪を整えてくれる。
 髪の長さは大きく変わってないが量が減って軽くなったからかブラシの通りも滑らかだ。
 髪を切り終えたカゲロウは、キッチン馬車に戻って仕込みの準備をしている。いつもはもう仕込みは終わっている時間だが私の髪を切る為に今日は営業時間を少しずらしてくれているのだ。
 そう思うと少し申し訳ない。
 私がディナに髪を整えてもらっている様子を向かい側に座るマダムが嬉しそうに笑いながら紅茶を飲んでいる。
 足元で黒い犬が寝転んで欠伸をしている。
「でもさ、何で急に髪の毛切ろうって思ったの?」
 前髪にブラシをかけながらディナが聞いてくる。
「深い意味はないです。ただ、髪の毛ってちゃんと切ったことなかったから・・」
 私の言葉にディナは、眉を顰める。
「ちゃんとってことは切ってはいたんだよね?どう切ってたの?」
「それは・・・」
 私は、隣に立て掛けた大鉈に視線をやる。
「はいっわかりましたー」
 ディナは、それ以上聞こうとせずにブラシで梳かし続ける。
 マダムがくすりっと笑う。
「身だしなみに興味を持つのはいいことよ。エガオちゃんもようやく女の子らしくなってきたわね」
 マダムは、嬉しそうに笑う。
「別に興味を持った訳ではないんですけど・・・」
 今だってこの服が着たいとか、この髪型にしたいとか思ってる訳ではない。化粧なんて自分で出来る気はまるでしない。
 でも・・・。
「変って思われたくないから・・・」
 私は、頬が熱くなるのを感じ、声が尻すぼみになっていく。
 マダムとディナがきょとんっとして何度も瞬きをし、互いに顔を見合わせる。
 そしてにやーっと笑う。
「そうだね。変って思われるのは嫌だよね」
 ディナは、リズミカルに私の髪を梳かし、髪を編み込んでいく。
「乙女心ねえ。懐かしいわ」
 マダムの目頭がうっすらと光ってる。
 ゴミでも入ったのだろうか?
 2人とも何故か嬉しそうだ。
「エガオちゃん、今度また可愛い鎧下垂れ買いにいきましょうね」
「なんか今日はもの凄く奢りたい気分だわー」
 2人とも上機嫌だ。
 私、何か変なこといったかな?
 怪訝に思いながらも私はそれ以上言う言葉が思いつかず髪を梳かされながら2人の鼻歌混じりの会話を聞いた。

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