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冷たい男 第8話 冷たい少年(6)

 副会長は、直ぐに見つかった。
 生徒会室の中から副会長の苛立ち声が響いてきたからだ。
「なんであの子に会ってやらない!」
 副会長の怒りと悲哀の混じり合った声がドア越しに聞こえる。
「あの子に・・・こんな姿は見せられない・・」
 それは聞き覚えのある弱々しい女性の声だった。
「別に何も変わってない。綺麗なままだよ」
「化粧で誤魔化してるだけよ。あの子と最後にあった日から体重だって随分と落ちたわ。色だってほら・・」
 何かが捲れる音がする。
 恐らく服のどこかを剥いのだ。
 副会長の息を飲む音がする。
「あの子は貴方が思っている以上に感がいいの。頭がいいの。直ぐに気付かれるわ」
「頭はいいかもしれないが、まだ5歳だぞ!理由も分からずに母親と離れるなんてそんなのあまりにも残酷過ぎるだろう!」
「うるさい!」
 女性が怒鳴る。
 とても切実で、悲痛な感情を混ぜて。
「あんたなんかに私の気持ちが分かってたまるか!」
 机を叩き、椅子が倒れる音が生徒会室から響き、冷たい少年は扉から離れる。
 その扉が思い切り開く。
 そこから現れたのは担任の女性教師であった。
 予想もしなかった冷たい少年の姿に担任は涙で腫れた一重の目を大きく見開く。
 その目は・・・あの女の子とそっくりであった。
 そして涙で化粧の落ちた担任の顔は雪よりも白く、青みがかっていた。
 担任は、小さく口を動かして何かを言おうとする。が、結局、言葉の出ないまま冷たい少年の横を通り過ぎ、走り去っていく。
「何故、ここにいる?」
 副会長が扉の前に立って冷たい少年を睨む。
「お前があの娘を置いていったからだろ!」
 冷たい少年も負けじと言い返す。
「置いていってない。頼んだだろう」
「引き受けてない!」
 2人は、じっと睨み合う。
「なあ、ひょっとしてあの子だけど・・・」
 冷たい少年は、担任の去っていた方を見る。
 担任の目と女の子の目は他人と言うにはあまりに似ている。
「ああっ。姉の子だ」
 冷たい少年は、目を剥いて副会長を見る。
「?なんだ?そう思ったから聞いたんじゃないのか?」
 副会長は、眉根を寄せる。
「いや、そこじゃない!」
 冷たい少年は、声を上げる。
「姉って・・なに?」
 冷たい少年の問いに副会長は、ぽかんとした表情を浮かべる。
「ん?お前知らなかったのか?彼女は俺の姉だ」
 冷たい少年は、口を大きく、丸く開く。
「どうやら本当に知らなかったみたいだな。割と有名な話しと思っていたが・・,まあ、どうでもいいが」
 副会長は、頭を掻く。
「とりあえずあの娘は平気なんだな」
「ああっあいつがちゃんと連れて帰ってくれてる」
 冷たい少年は、今だ衝撃が抜けず声が上擦っている。
「そうか・・・」
 副会長は、安堵の息を吐く。
「・・・一体、何があったんだ?」
「・・・お前には関係ない」
 副会長は、短く言うと踵を返して去って行こうとする。
「ちょっと待て!」
 冷たい少年は、慌てて副会長の前に回る。
 副会長は、不機嫌を露骨に表情に表す。
「なんだ?」
「なんか困ったことがあるんじゃないのか?もしそうなら・・・」
 力になると言う前に副会長は、「余計なお世話だ」と冷たい少年を避けて前に進む。
「これは身内ごとだ。首を突っ込むな」
「でも・・・」
 まだ、何か言おうとする冷たい少年に副会長は苛立ち、振り返る。
「もし力になりたいと少しでも思うなら姉を悩ませるな!煩わせるな!」
 副会長の眼鏡の奥の目が怒りに震える。
「自分のことぐらい自分で決めろ!考えろ!」
 副会長は、それだけ言うと再び踵を返して去っていく。
 今度こそ冷たい少年は追いかけることが出来なかった。
 その後、少女と合流し、たわいも無いことで盛り上がっている時も、家に帰って母親の作ってくれた夕ご飯を食べている時も、火傷するくらい沸かした風呂に入っている時も冷たい少年の脳裏から担任と副会長、そして女の子の悲痛な叫び、涙が頭を過った。そして自分の不甲斐なさに打ちのめされた。
 ベッドの中に入っても眠ることが出来ず、天井を見つめているとスマートフォンが鳴った。
 着信表示には副会長の名前が出ていた。
 冷たい少年は、スマホに出る。
「夜分すまない」
 スマホ越しに聞こえる副会長の声は少し固かった。緊張していると言うか動揺しているのが感じられた。
 あの冷静な副会長が動揺・・・。
「大丈夫だよ」
 冷たい少年は、少しでも動揺が和らぐよう穏やかな声で返す。
「どうしたの?電話なんて初めてじゃない?」
 冷たい少年が聞くと副会長が唾を飲む音が聞こえる。
 動揺どころか狼狽している。
「・・・あの娘がいなくなった・・」
 今度は、冷たい少年が狼狽する番だった。
「いなくなった?」
「ああっ。旦那さん・・あの娘のお父さんが幼稚園に迎えに行って・・家に帰ってご飯を作っている隙にいなくなったらしい」
 夕ご飯が何時だったかは知らないが少なくても3時間以上は経過していることになる。
「警察は?」
「とっくに届けを出した。でも見つからない」
 副会長の声からは痛みを伴う焦りが溢れていた。
「姉さんも旦那さんから連絡を受けたらしい。容態が悪くなってるとホスピスから連絡があった」
 ホスピス・・・その言葉には聞き覚えがあった。
 確か少女の父親から聞いたのだ。
 癌の末期患者が終末を過ごすところだ・・と。
 冷たい少年に胸がハンマーで打ち付けられたような衝撃が走る。
 恐らく、副会長自身も無自覚で今の言葉を発したのだろう。気づくこともなく話しを続ける。
「お前の彼女に聞いて欲しいんだが、一緒に帰る時に何か言ってなかったか?」
「なに・・か?」
 冷たい少年は、動揺を隠せず声が震える。
「ああっ些細なことでいい。ヒントになるようなものがあったら・・・」
 副会長の声からは藁にもすがる思いが感じられた。
 本当にあの女の子のことを大切に思うまでいるんだ。
「分かった・・ちょっと待っててくれ」
 冷たい少年は、電話を切り、少女に掛ける。
 普段、夜になんて電話をかけることがないから少女は驚きながらも嬉しそうに声を弾ませていた。しかし、話しの内容を聞くうちに表情が青ざめていっているのが感じられた。少女は、記憶を手繰り、女の子と話した内容を伝える。冷たい少年は「ありがとう」と伝えて電話を切ると副会長に電話し、少女から聞いた内容を伝える。
「魔法の泉・・」
 副会長は、冷たい少年から聞いた単語を反芻する。
「知ってるのか?」
「あの娘が読んでる絵本にそんなのが出てきた。確かどんな願いも叶えてくれる女神が・・・」
 副会長が何かに気づいたように言葉を飲み込む。
「まさか魔法の泉を・・・」
 同じく冷たい少年も気がついた。
「探しにいったのかもしれない・・・」
 電話越しに何かが破裂するような音が聞こえた。
 恐らく壁か何かを拳で叩きつけたのだ。
 冷たい少年は、思わずスマホから耳を離す。
「そんな・・・ありもしないものを・・」
「あの娘にとっては大切なことなんだよ。ママを救う為に・・・」
 副会長の小さな呻きが聞こえる。
「でも、それじゃあどこにいるか・・・」
 確かにこんなのは何のヒントにもならない。
 何かもっと・・的確に・・それこそ魔法で・・。
 その時、冷たい少年に天啓が舞い降りる。
「副会長!」
 冷たい少年の強く、弾けた声に副会長は驚く。
「チーズ・・・前の生徒会長の家って分かる⁉︎」

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