見出し画像

トラックの運転手時代の話

お金が無くなりワーキングホリデーでカナダから帰ってきた後、やってみたかったトラックの運転手になりました。20年以上前のはなしです。

大型一種免許取得

大型トラックに乗ってみたかったので普通免許しか持っていなかった私はまずは大型一種の免許を取るため実家近くの教習所へ通いました。トラックの運転もちろんその時初めてだったのですが教習所内の練習と路上教習をすこしやっただけで簡単だった印象があります。運転するのはとても好きだったので高い位置から見下ろせる大きな車の運転は楽しいなと感じました。




就職~見習い

免許取得後すぐに仕事が見つかりました。

とあるメーカーの新車を専属で運ぶ車。車を運ぶ車「キャリアカー」の仕事です。上下二段になっていて普通車なら2台ずつ計4台、軽自動車ならぎゅうぎゅう詰めで6台積める8トン車だったと思います。

一か月ほど先輩社員が助手席に乗り、車の積み下ろしのやり方、各営業所までの道など色々と教えてもらいました。

始めの頃は車の大きさの感覚と荷物である車を積んだ時のブレーキの利き具合に慣れるまで少し時間がかかりました。

荷物を満載しているときはもちろん加速は悪くなり坂道などはかなり頑張ってのぼる印象ですがそれ以上にブレーキの利きが悪くなります。荷物を積んでいない軽い時と比べるとスーッと前に行ってから止まる感じです。荷物を積んでいるときは車間距離をじゅうぶんにとるよう口を酸っぱくして言われました。実際、どうしても車間距離を詰めて運転する癖がある先輩社員がいたんですが、二か月連続で追突事故を起こしてしまい運転手から降ろされてしまいました。


仕事のパターン

時間指定の配達ではなかったので昼間がいい人は昼間、夜のほうが走りやすいので夜がいい人は夜といった感じで運転手に出勤時間は任されていました。私は夜のほうが渋滞もなく走りやすかったのでほとんど深夜12時頃一本目の配達をして一度帰ってきて二本目の荷物を積み込みそれが終わりかえってくるのはお昼ころになっていることが多かったです。


無事故手当

勤めていた会社には無事故手当という制度があり一ヶ月間一度も事故または商品である新車にキズをつけたりしなかったら数万円もらえるというものでした。

もちろん会社として保険には入っているので事故を起こしてしまっても全額運転手が損害を補償することはありませんが、ある程度の負担がありました。例えば商品である新車にキズをつけてしまったらその月の無事故手当無し。大きな事故だったらさらに数ヶ月無事故手当無しといった具合です。


事故事例

毎日毎日何台もの車を狭いトラックに積んだり降ろしたり、暗い場所での移動も多くなります。一年間通して新車を全くキズつけずに済ますのはかなり難しいといえます。

かくいう私も何度か商品の新車を傷付けてしまったことがありました。

一度は上段に積んだ車に留めていた金具が外れて下段の車のボンネットをキズつけてしまいました。

二度目はちょっと大きくてスポーツタイプの車の後ろトランク部分についているスポイラーを駐車場入り口に張ってあったロープに気づかずバックした時に引っ掛けてしまいそのまま前進した時にスポイラーがとれてしまいました!

そして無事故手当無し。痛かったですね~

自分ではありませんが他の運転手はもっと派手にやらかしている人もいました。

低いトンネルに入り上段に積んだ車三台の屋根を潰してしまったり、上段最後尾から誤って軽トラを下に落としてしまったりと上には上がいます。

ただ私は幸いなことに怪我をしたりさせたり命にかかわるような事故や車や物を大きく破損してしまうような事故は一度も起こすことはありませんでした。



事故目撃談

夜中じゅう走っていると目の前で事故を何度も目撃しました。

飲酒運転にかかわる事故が多かったと思います。

ある夜は、、

遠くに電柱を積んだ大型トレーラーが信号待ちをしていました。私はかなり遠くから見えていたので減速を始めていましたが前を走っていたRV車は一切減速をせず停車中の電柱を積んだトレーラーに突っ込んでいきました。おそらくは時速60キロ以上でてたとおもいます。

積まれていた電柱は荷台から大きく後ろにはみ出ていたので突っ込んだRV車はフロントガラス付近に電柱が突き刺さってしまいました。「ガシャーン!!!!」という大きな音がしました。



私はトラックをRV車の右側につけて恐る恐るぶつかった部分とRV車の運転手を確認しました。フロントガラスはめちゃくちゃに壊れています。運転手は血だらけでぐったりしています。これはほったらかしで通り過ぎるわけにはいかないと思いトラックをトレーラーの前に停めました。

トレーラーの運転手も降りてきました。トレーラー自体はほぼ無傷でした。トレーラー運転手は近くの公衆電話を探しに私はRV車の運転手のもとへ行くことにしました。

近づくと壊れているのはフロントガラス付近とボンネット付近だけでドアは開けることができました。運転手の顔は血だらけでしたが息はしているのがわかりました「大丈夫か?大丈夫か?」と大声で声をかけるとその運転手はゆっくり体を起こして「ティッシュをとってくれ」というのでダッシュボードにあったティッシュペーパーの箱をとってあげると一枚とりガラスまみれのダッシュボードを拭いた後自分の顔をそれで拭こうとしたので慌ててとめました。運転手は気が動転しているんだろうなと思いましたがあたりはうっすらと酒の匂いがしているのに気づきました。酔っ払い運転です。泥酔です。今でこそ飲酒運転に対してはかなり厳しい罰則がありますが当時はまだ緩く飲酒運転する人がかなり多かったです。

やがてトレーラーの運転手が呼んだ救急車が到着しました。救急隊員の方がRV車運転手に「大丈夫ですかぁ?動けますかぁ?」と声をかけながらゆっくりと彼を車から出して二人がかりで両脇から抱えるように救急車へと向かっていきました。そのときRV車運転手は「三人、三人で」と指で3を作って救急隊員に謎のアピールを何度もしていました。彼のなかではきっとまだ何件目かの居酒屋にでも入っていく気分だったのかもしれません。

だめですよ飲酒運転は絶対に!!



運転中の楽しみ

当時はまだやっと携帯電話が出始めたころでスマホももちろんありません。

トラックにはカセットデッキとスピーカーを積んでいたので運転中は好きな音楽を聴いたりFMやAMラジオを聴くのが楽しみでした。

運転自体が好きだったので楽しくてこれならずっとやってもいいかもとすら思っていました。


退職~次の旅へ

ずっとやってもいいかもと思っていたのに一年過ぎたころから「まだまだ自分にはやりたいことがあるし行きたいとこもあるし」などなど考えるようになり先輩、上司から惜しまれつつも退職しました。

それからまた次の場所へと旅立っていきました。人生は旅ですね。


https://dreamforester.com/ ブログもやってます!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?