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草彅裕|無数の一滴

 Cyg art galleryでは、写真家・草彅裕の個展「無数の一滴」を4月26日(水)まで開催中です。
 草彅裕(くさなぎ ゆう)は秋田県を拠点に活動する写真家です。時に土地の歴史や風土、伝統行事のリサーチを行いながら、火・水・雪といった自然物を主な被写体として撮影を行っています。2020年3月にCygで開催した個展「水の粒子」に続き、水にまつわる作品群をご覧いただけます。


「瞬間」と「循環」

 本展で草彅は「無数の一滴」というタイトルのもとに作品を発表しています。この言葉は、草彅が主題に据える「水の瞬間と循環」と深く関わりがあります。

─水の「瞬間」

展示作品より《SEA_01》2019年

 《SEA》は動いている水が静止して見える点が特徴のシリーズです。高速シャッターによって流動的な水のほんの一瞬をとらえ、さらに被写界深度(ピントが合う奥行き)を約2mmまで絞ることで、水ひとしずくにのみピントが合うように撮影されています。

 このように限られた条件のため、1枚の作品のために何千枚もの写真を撮影したといいます。草彅はタイトルについて「一滴には、膨大な写真の中の1枚、無数の時間の中の一瞬、という意味も込めた」と語っています。主題の一つ「瞬間」がよく現れている作品群です。

─水の「循環」

展示作品より《PEBBLES》シリーズ

 今回の被写体である水は、状態変化を繰り返しながら地球上を巡ります。
 蒸発した水蒸気が雨、雪として地上に降り、濾過されながら地中を通り、川として巡り、海へ還る── そういった循環への意識は、会場に13点展示されている《PEBBLES》から伺うことができます。
  
 英語で小石を意味するこのシリーズは、秋田県の一級河川・雄物川と新屋浜が合流する汽水域で、浜に運ばれてきた小石を撮影したものです。小石をアップで撮影した作品が大半ですが、草彅はこのシリーズを「水によって生み出された光景」とも語っています。水が地球上を巡りながら景色を変化させていく、そんな長い時間をかけた循環を切り取った作品とも言えます。
 草彅は同時に、撮影した小石がいずれ砂や塵となり、新たな光景へ還元されていく様も見つめています。ひとつの画面に幾重もの循環が内包しているのかもしれません。


水を通して歴史を追う

 秋田県を拠点とする草彅ですが、ここからは山形県に関係するシリーズを2つご紹介します。

展示作品より《水の大地》2017年

 会場で目を引く灯籠型の作品《水の大地》は、山形県の肘折温泉で開催される灯籠絵展示会「ひじおりの灯」に出展された作品です。制作の背景を草彅はこう語ります。

肘折温泉に滞在し撮影を行った際、肘折ダムから地蔵倉までの山道を登る途中、岩肌を一直線に走る何本もの溝が目に留まった。それが約1万年前に形成されたカルデラ湖の水の痕跡であることを知り、自分が立っている場所や、眼下に広がる肘折の風景への視点が一瞬で変わる体験をきっかけに、灯籠のテーマを決定した。温泉街を流れる銅山川の水を高速シャッターで撮影。写真でしか視ることのできない瞬間の造形は、脈動する大地のうねりのようであり、静止する無数の雫は宇宙の星々を想起させる。岩壁の溝から生まれたイメージ、光り輝く水と共に大地が形成されてゆく、太古の肘折の光景を表現した。

作家による作品解説より


 もう1つのシリーズ《水の記憶》は、山形県で発見されたヤマガタダイカイギュウの化石にまつわる作品群です。
 博物館の地下で厳重に保管されていた化石を撮影した草彅は、その後化石の発掘地である最上川に赴き、撮影した写真を水中に沈めて再び撮影を行いました。この過程について草彅は「博物館的な保存とは逆だが、写真だからこそ元あった水の中に化石を戻すことができた」と語ります。

展示作品より《水の記憶》シリーズ

 どちらのシリーズも水を通して土地の歴史をたどり、写真だからこそできる方法で歴史との対峙を記録した作品と言えます。


写真の前提を問う

展示作品より《水の地殻》シリーズ

 《水の地殻》は一転して、被写体が非常にとらえにくいシリーズです。何が写っているのか、疑問に思った方も多いのではないでしょうか。
 この作品は空中写真が元となっていますが、その情報は必ずしも、画面に正しく反映されているわけではありません。その理由は独特の現像方法にあります。

かつて伝説の「藻が湖」があったとされる山形県の上空地図をインターネットで検索し、画像から特殊な技法を用い印画紙へ露光、現像した。

作家による作品解説より抜粋

 「特殊な技法」はデジタルとアナログが入り混じった独自の方法のようです。その工程の中で、例えばインクが定着しない、明暗が反転する、などの事象が画面上に起こっています。工程を重ねるごとに、画面の情報が抽象的になっていくのです。

 山形県にかつて大きな湖があったとされる「藻が湖伝説」を扱う本シリーズで、草彅は「実在したか分からない伝説のイメージを、偶然性を持たせながら表現した」と語っています。
 同時に、写真の正確性に疑問を呈し、写真とは何か?という問いに対する1つの実験として独自の方法での出力を行ったそうです。


現像時に見出す水の感覚

 会場にある作品は、ピグメントプリント・DGSMプリントの2種類の方法で出力されています。
 その中の1つ「デジタル ゼラチン シルバー モノクロームプリント(DGSMプリント)」は現像液を用いる方法です。草彅いわく「撮影時に向き合う水の感覚を出力の過程にも落とし込めないか」という試みでこの技法を用いたといいます。

 DGSMプリントを用いた《PEBBLES》シリーズについて、草彅は「水に入ってゆらめいている石を撮る体験と、出力の時に現像液を揺らす体験が自分の中でマッチしていた」と語っています。なめらかさ・やわらかさが特徴のDGSMプリントは、石のつやっとした質感にも合っていたようです。会場でぜひ注目してご覧ください。


終わりに

 出品作を通して草彅の近年の活動をご紹介しました。会場で配布している作品解説では、ここでご紹介しきれなかった草彅の言葉をお読みいただけます。
 人間の眼ではとらえきれない自然の一面を可視化しようと試みる、3年前の個展からも一貫した草彅の姿勢を感じていただければ幸いです。

 あわせて、草彅の長期にわたる活動をおさめた写真集を店頭・オンラインショップにてお取り扱いしています。展示シリーズとはまた一味違った色彩豊かなシリーズもぜひご覧いただきたいです。
オンラインショップ:https://cyg-morioka.stores.jp/

・写真集『水を伝う 玉川毒水
 秋田県の玉川・通称「玉川毒水」を16年に渡り追いかけたシリーズ。草木を枯らすほどの強酸性水が生み出す独特の色合いと、玉川にまつわる環境の変化や歴史を辿っています。昨年末に東京での個展で展示された、草彅の最新シリーズです。

・写真集『SNOW
 秋田県の雪を夜に撮影したシリーズ。約7年間の活動記録です。
 学生時代に秋田県の暴風雪に度々悩まされた筆者ですが、冷たく重たいだけでない、凜として静かな冬の美しさを思い返すことができる作品群です。
会場にも1点作品が展示されています。大判プリントとあわせてぜひご覧くださいませ。

展示作品より《SNOW》2016年
いずれもお手にとってご覧いただけます。


展覧会は4月26日(水)まで開催しています。会期は残りわずかですが、皆様のご来場をお待ちしています。

Cyg art gallery 須川麻柚子

開催概要
草彅裕「無数の一滴」
会期:2023年4月1日(土)ー4月26日(水)
   10:00-19:00/4月18日(火)休業
会場:Cyg art gallery(シグアートギャラリー)
岩手県盛岡市菜園1-8-15 パルクアベニュー・カワトク cube-Ⅱ B1F
入場無料
作品をオンラインショップで販売中

展覧会に寄せて・草彅裕の言葉

地球生命の根源である水は、無色透明で形が定まらず水滴や雪、川や海など多彩に変化します。水の写真でしか捉えることのできない瞬間を追い続け、気がつけば長い月日が流れました。私が水に興味を持ったきっかけは、写真を撮り始める以前、幼少期に見た自然の光景や水遊びなどの体験が原点となるように思えます。撮影は常に特別な時間であり、自然の中に身を委ねファインダーを覗くとき、移ろう情報や心情から切り離され、目に映る世界に没入するような実感があります。一方で、私たちの日常はインターネットの巨大な流れが、現実世界を飲み込むように広がり続けています。あらゆる事物が情報として急速に拡散、拡張される現代に生きるからこそ、自身のルーツとなる自然を、時間をかけて見つめ直したい。瞬間と循環が交わる無数の一滴が集い、新たな視座になることを願っております。

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