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麦わら帽子とチーズケーキ

 大きめの会場に吸い込まれていく人々から、何のイベントがあるのか想像するのが好きだ。バスから見える景色の中で、今日はドンピシャでその吸い込まれタイムにかちあえた。小学生のお子さんがいそうな年代の男女が波のようにひとところへ向かってゆく。なにかしらの真面目な講演会かな、と見送りつつイヤホンを耳にさした。

 感受性が剥き身になりすぎたときは、洋楽をきく。言葉に意味がうっすらとのっていて、メロディがそのままわたしのなかに映像をつくる。桃の皮をバナナのように永遠に剥いてゆくような、それがはなびらだったような、そんな移ろいが脳の中で再生されて、その気持ちのままハミングできる。目を閉じてバスに揺られていれば、いつのまにか眠ってしまっていた。

 降車して、空を見上げれば、ドーナツのようにぽっかり穴があいた雲がうかんでいる。穴から見える青が空であることの、身はつまりそちら側ではないのか逆ではないのかという感情。違和感を覚えつつ、いつもの本屋さんに寄ると、ポップアップの帽子展とやらで幾人もの人が麦わら帽子を被りあっていて、やさしいチーズケーキの匂いがした。

 三連休のはじまりらしい。関係のない自分にも関係のある騒々しさが川底の石のようになめらかにきらめいていて、少しながめて、それから帰った。

23.0715

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