【連続小説】初恋の痛みが消えないまま俺はまた恋をする第8話-春、班決め〜貴志①

 始業式翌日の実力テストは上々の出来だった。返された採点を見ながら、貴志は思い通りに低めにコントロール出来た総合点を計算していた。
 問題の難易度から平均点を概算し、狙った順位になるように故意に誤解答を書き込んでいく。それで本当に狙った順位になるのだから、もはや神業である。目的は、目立たない事。如月中学校の生徒は常に競争の中にいる。実力テストは全員の結果がオープンにされるのだ。それは進路指導の公平性を担保するためだと、入学前に説明されている。
 そうでなければ中高一貫コースのクラスに入れなかったことに対して、抗議をしてくる保護者が後を絶たないためだ。

 貴志は全神経を使って生徒たちから嫌われ、かつ好印象を持たれるような能力を隠して1年半過ごしてきた。坂木紗霧と会えなくなってからの1年半を…
 テストの順位は、器用に北村貴志と山村裕の名前が並んでいた。これも貴志が狙った通りの結果である。よほどの学力がなければ一点単位でテスト結果をコントロールすることなどできない。
 入学当時の北村貴志を取り戻す施策は、教員会議で必ず議題に挙がる。確実に10年後には学校のブランドになりうるだけの能力を、貴志はわざと腐らせて生きているのだから。

 最初の実力テストが終わり、三年生は5月の修学旅行に向けて準備を始める。その中で最も重要なのが、班割りである。
 もちろんクラスに貴志と同じ班になりたい者などいない。そう仕組んできた。
「山村〜俺達の班入らないか?」
 裕を勧誘する声が聞こえる。貴志は机につっ伏していた。どの班にも属したくないのだから、こんな話し合いに参加する意味はない。机につっ伏して寝たふりをしてやり過ごすことにする。
「悪いな〜オレ、もう二人組なんだわ」
 裕が貴志の背中をバンバンと叩きながら答えている。顔を見なくてもわかる。歯を見せて満面の笑みで答えているのだろう。
 いつもならどの班にも入れなかった端材のような扱いの者たちで強制的に班が結成されるのだが、今回は違った。
「私たちこの班でいいかな?」
 福原瑞穂の声がした。昨日泣かしたのに?貴志は驚きに肩を揺らす。
 転校生だから、元々のグループに属するのは難しいだろうから、無理はないか。
 ………たち?たちって他に誰がいるんだ?
 貴志は顔を上げて瑞穂と並んでいる人物を確認した。

 高島理美が瑞穂の隣に立っていた。貴志にとってはあまり嬉しい相手ではない。彼女は外見が少しだけ…少しだけだが紗霧に似ていたのだ。性格も嫌いではない。
 冷静に考えると紗霧と会っていなければ、好きになっていたかも知れない相手だった。
 そして2年生の秋に告白された相手でもある。1年生の秋から周りとの距離を取り始めて、2年生の秋にはすでにゴミのような扱いを受けるようになっていた。それでも理美は貴志を想ってくれていたのだ。
 正直な気持ちで言えば嬉しかった。心に紗霧というトゲが刺さっていなければ。
 その相手が同じ班になろうと言うらしい。
 気まずい。背中に変な汗が流れるのを感じていたが、昨日の裕とのやり取りがきっかけで、瑞穂が同じ班になろうという事実にも気まずさを感じる。貴志は気付いていなかった。しかしそれは紛れもなく、裕以外には久しぶりに感じる貴志自身の本当の感情だった。

 班割りはいつもの流れとは全く違う結末を迎えた。いつもなら余り物になるのは貴志のはずだったが、あっさり四人組を形成してしまった貴志の班。そこに入りたがらない連中の強烈な譲り合いの末、ようやく三年四組の24人が6人4班に分けられた。
 貴志の班に組み込まれた残り二人。一人は南原隼人(なんばら はやと)赤い髪をオールバックにした少し前の不良スタイルを貫く、一匹狼だった。
 裕はふふんと鼻を鳴らす。そう言えば群れるのは趣味じゃないと言ってヤンキースタイルで周りと距離を取る貴志みたいなヤツがいたなあ…そりゃこの班になるはずだ。
 ちなみに裕は貴志とタッグを組まない限りは引っ張りだこだった。明るい人気者なのである。その裕が誘われて組みたい相手がクラスにそうそういないだけだった。
 最後の一人は女子の矢嶋。はっきり言えば貴志を嫌っている大多数の女子に属している。その中から弾かれ、不幸にも貴志の班に組み込まれたひとだった。
 特徴は特にない。

 貴志は気まずそうに理美の表情を確認する。瑞穂にしろ、理美にしろ他の班に組まれていても男子は大喜びだっただろうに。一体どういうつもりでこんな貧乏くじでしかない班に自ら入ろうとしたのだろう?
 昨年の告白を思い出す。同じ委員会だった理美とは比較的普通にコミュニケーションをとっていた。仕事の時、貴志は驚くくらい普通に話す。仕事に支障をきたすことがないように、ちゃんと話すのだ。
 それを事務的で冷たい物言いと揶揄されるのは、それまでの印象操作の賜物だった。
 貴志はけして人間嫌いではない。この学校の生徒が、嫌いなのだ。嫌い…とも違う、憎いのだ。
 理美はなぜ自分を想い、告白までしたのだろう?貴志にとってそれは不思議な出来事だった。本来憎いはずの同級生の中で、理美に対してはそこまで悪い印象を抱いていなかった。委員会の仕事を事務的にこなすために必要な最低限の会話。それだけが接点だったはずの相手に、嫌悪感を抱く必要はなかった。
 なにより「あの事件」に理美が絡んでいない事は明白だったから。
 しかし事務的な対応しかされていない理美が、貴志を好きになる理由もないはずだったのだ。人を遠ざけるようになった最初の目的は、恋愛感情を自分に向けてくる相手を無くすことだったのだから。

「北村くん、まさかあの事気にしてる?」
 理美が小声で訪ねてくる。瑞穂と裕は雑談に花を咲かせていてこちらを見ていない。南原と矢嶋はそれぞれ興味なさげに外を見ていたので、そもそもこちらを見ていない。
 貴志は静かに頷いた。理美が俯いて何やら紙に書き始める。それを静かに貴志に手渡した。
「私は大丈夫だよ。最近付き合ってる人ができたから、気にしないで」
 手紙に書いてあった言葉に、それはそれでモヤモヤする貴志だった。
 告白に対しては、丁重にお断りの意を伝えた。1年生の秋には後を絶たなかった告白に対しては、かなり冷たく、かなりひどい断り方をしたものだったが、理美に対してはかなり丁寧に返答した。
 その深層心理には理美を憎からず感じる気持ちもあったのだろう。少しだけだが残念な気持ちもこみ上げてくる。
 しかし今の貴志にこみ上げてくる感情の大半を占めていたのは…
 紗霧も今頃新しく好きな人でもできているのだろうか?
 それは貴志にとって寂しいできことだった。今でもあの頃に戻れるのなら…という気持ちは同じ。少なくとも自分の気持が離れて迎えた別れではなかったのだ。
 「あの事件」
 あれさえなければ今も隣には紗霧がいたのかもしれない。それが貴志にはたまらなく辛かった。
 時計の針は戻せない。戻らない時間の中でも、貴志は自分の紗霧への想いが薄れて、移りゆくことに対して抗いたい気持ちでいっぱいだった。
 もし、もしも…紗霧も同じ気持ちでいてくれたとして…
 それでも、そんな気持ちを伝える術すら持たない二人には、感情の沼の中で足を取られてもがき続けることしか、選択肢はないのだった。
 ここにいる誰も気付かないまま、静かに時は動き出していたのだが…

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