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寅次郎とネコミミ村まつり 男はつらいよ番外編



 葛飾柴又のとらや。夕方夕飯の支度をしていると、突如電話鳴り響く。慌てて受話器を取るさくら。
「はい、とらやですが。え?もしもし、満男?うん……村祭りに叔父さんが来て……うん、それから?……まあ……分かったわ。それじゃ満男、悪いけど叔父さんのこと、よろしく頼むわよ。それじゃあね」
 ガチャンと黒電話を置いて茫然とするさくら。
 心配そうに見つめる博。
「どうしたんだ?辛気臭い顔して。満男からなんだろ」
「うん、それがね。お兄ちゃん、満男が赴任してる能戸村の村祭りに来たんだそうよ。そこでガラスの欠片をダイヤモンドって偽って一粒十万円で販売してたんだって。それが偶然通りかかったお巡りさんに見つかって、交番に連れていかれたそうよ。今は留置所にいるって」
「そうか。そりゃ大変だったな。義兄さんらしいといえばいえるかもしれないけど」
「もしかしたら身元引き受け人として呼ぶかもしれないから村に来れる準備をしておいてくれって……。馬鹿よねお兄ちゃん。何やってんだろうね。いい歳して……」
 さくらはエプロンのポケットから黄色いハンカチを取り出して目元に当てると、声を上げて泣き出した。
 博はさくらが泣き止むのをじっと待ってから、穏やかな表情でさくらの肩に手を置いた。
「……まあ義兄さんのはいつものことじゃないか。どうせチンケな軽犯罪だろ。そう深刻になるなよ。それより満男から村まつりの招待状が来てたじゃないか。せっかくの機会だし行ってみないか。案外楽しいかもしれないぞ」
 黄色いハンカチで涙を拭うさくら。
「……そうよね。お兄ちゃんはいつもこうなのよね。私、泣きながら昔のことを思い出してたの。そしたら胸がいっぱいになったわ。……行きましょう、能戸村へ」

 能戸村警察署

 寅次郎が捕まったと聞いた見据茶先生が、満男と一緒に能戸村警察署にやってくる。
 入り口には大きく「ネコミミ村まつり特別警戒実施中」と書かれた横断幕と「防犯標語 詐欺被害 救済しますと 言う詐欺師 島風ひゅーが」と書かれたポスターが貼ってある。
 受付で事情を話すとすぐにがっしりした中年の警官が現れた。
「え~あなたは能戸高校で教師をしてる見据茶さんね。私は巡査の萩原といいます。あなたあの妙な男の関係者ですか?」
「ええ、寅さんとはこの前、コトー先生の歓迎会で知り合いましてね。ネコミミ村まつりには私が招待したんです。今度のことはどうか大目に見てやって下さい」
 深々とお辞儀する見据茶先生。
「しかしねえ。ガラスの欠片をダイヤモンドって言われてもねえ。本人はまったく反省してないようだし」
「宇宙で採れたゆうんはほんまです。だからとっても貴重でなんですよ。高く売るのも当然です。なんならつくば大学に送って鑑定して貰いますか。私、知り合いおるんで」
 腕を組んで考え込む巡査。
「まあそれは別にいいんですけどね。被害届も出てませんし。しかしね、あの男、車寅次郎というそうですけどね。調べてみたら27年前に死亡届けが出てるじゃないですか。一体どういうことです?成り済ましじゃないでしょうね?」
 満男がうんざりした顔で答える。
「だから僕、何べんも言ったじゃないですか。叔父さんはずっと行方不明になっていて、失踪宣告して7年たってから僕の父が死亡届けを出したって」
「どうも話が食い違うな。もし本当にあの男が車寅次郎だとしたら、今は95歳になってなきゃならんはずでしょ。どうもそんな歳には見えないが……」
 満男と顔を見合わせる見据茶先生。
「そ、そりゃあれですよ巡査さん。馬鹿は歳を取らないってやつです。ははは」
「存じませんな。ま、とりかく彼は身分証を持ってないようなので、身元引き受け人が来るまで留置所に居てもらうことになります」
「仕方ないな。だったら少し叔父さんと話をさせて下さい。僕、本当に甥なんで」
「ええそれは別に構いませんよ」

 建物の奥にある留置所の一室に寅次郎はいた。他の部屋はみな空のようだ。部屋の奥にはトイレがあってカーテンが掛かっておりその前に畳が二畳敷いてある。意外と清潔で明るい雰囲気だ。クリーム色の鉄格子越しに見える寅次郎は、壁に立て掛けたトランクにもたれ掛かって眠っているようだ。
「……叔父さん、今起きてる?」
 ゆっくり目を覚ます寅次郎。
「……ん、おう満男。それに見据茶先生じゃねえか……」
「寅さん、かんにんね。まさかこげんことになるなんて。私があんとき止めときゃよかったのに」
「何、いいってことよ。俺は今まで何べんも野宿したことがあるからよ。それに比べりゃ上等上等。外は暑いが冷房も効いてるしよ。それにあのお巡りさんがさっきうまいカツ丼取ってくれたんだ。ここなら何日いたっていいなあ」
 そう言って笑う寅次郎。満男は呆れたような顔をしている。
「えらいプラス思考ですなあ。私やったらきっとがっかりしてはると思います。見習いたいわ~」
「ははは、生きてるだけでめっけもんよ。俺はね、一度雪女に騙されてたしかに死んだんだが、リリーの愛のお陰で娑婆に戻ってこれたんだ。こうして先生と話してるのもおまけみてえなもんよ」
「そうでっしゃろか」
 そうこう話しているうちに先程の萩原という巡査がやってきた。
「あの~、もうひとりあんたに会いたいっちゅう人が来たよ」
 巡査の後ろから袴を履いて髪に大きな赤いリボンを付けた娘が現れた。
「あ~寅さん、ほんとにここにいた~!見据茶先生とコトー先生もいるし。ライブ会場に寅さんが来るって聞いたのにどこにもいないから探したんだよ~」
「おう、サクちゃん。観に行けなくて悪かったな。おじさんな、悪いことして牢屋に入れられちゃったよ。参ったなあ」
「ウソだ。寅さんそんな悪いことする人に見えないもん。ねえ見据茶先生、何かの間違いよね?」
 見据茶先生の肩を揺らすサク。
「まあ悪いことゆうか。……不当景品類及び不当表示防止法違反になるんやろか?」
「な~にそれ?」
「難しいことは分からねえけどよ。俺たちテキヤ稼業は昔からこうしてを商売してきたのよ」
「そうですなあ。昔から妙なもんを売ってはりましたなあ」
「昔、北海道でよ。ゴッホのひまわりの絵を五千円で売ったこともあったしな。あれは飛ぶように売れたね」
「ふふふ、何それウケる~」
「今はコンブライスっていうのかい?世知辛い世の中になったんだなあ」
「時代は変わりましたからねえ」
「さっきお巡りさんに聞いたけどよ。立ち小便して捕まったやつがいるそうじゃねえか。気をつけねえといけねえな」
「はははは。寅さんまたはじまった~」
 腹を抱えて笑うサク。
「こりゃ、お嬢ちゃんの前で失敬しました」
「……あの、ところで叔父さん」
 眉を八の字に寄せる満男。
「なんでえ満男」
「やっぱり身元引き受け人が来るまでここを出られないそうなんだ。さっき柴又の母さんに電話してこの村に来れないか頼んだんだけどさ。今夜一晩ここで過ごすしかないみたいなんだ」
「そうかい。ま、仕方ねえな」
「かんにんね寅さん。みんなは村まつりを楽しんでんのに寅さんだけ、こんなとこでひとりぼっちで夜を明かすなんて。あとで差し入れ持ってくからね」
「ありがとよ。しかし元はといえば自分で撒いた種。俺のことなんか気にせずみんな祭りを楽しんでくれ。な」
「はあ~そうですか」
「あ!いいこと思いついた」
 突如人差し指を上に突き出すサク。
「ここで寅さんに私の歌を聴いて貰いましょうよ。ついでに警察署のみなさんも」
「お、いいこと言うねえサクちゃん」
「せやけどお巡りさん、大丈夫やろか?」
 巡査の萩原も話を聞いていた。
「ええ別に構いませんが。実を言うとね。この村は平和過ぎて暇を持て余してたんですよ。職員一同謹んで拝聴いたします」
「よし、そうと決まれば僕はみんなを呼びに行ってきます」
 満男は手を叩いてそう言うと、急いで外へ飛び出して行った。
「コトーせんせ、ニュイちゃんとリリスも頼むよ~」


 45分後。急いで村まつり会場に引き返した満男は、ライブが終わって出店で遊んでいた暗鳴(あんな)ニュイとレディ・リリス、そして巡回中の村役場の泉総務課長を見つけて警察署に引っ張ってきた。
 他の警察署職員はパイプ椅子に並べたり、照明器具を設置したり電子ピアノを用意したり、即席ライブ会場を設営中である。サクはどこから見つけたのかお立ち台に登ってマイクの調整をしている。
「見据茶先生、ニュイさんとリリスさんを連れてきました。泉課長も近くにいたので来て貰いました」
「コトーせんせおおきに。泉課長よう来たなあ」
「いや~寅さん捕まっちゃったんですね。びっくり仰天ですよ」
「よう泉課長。満男が世話になったね」
 片手を挙げる寅次郎。
「おや寅さん。その節はどうも。コトー先生にはよくして貰ってます。お酒はぼとぼとにって叱られますけどね」
「そうかい。たしかあんたいい呑みっぷりだったもんな」
「えへへへ。今はチビチビやってます」
 お猪口をあおる仕草をする泉課長。
 そうこうしてるうちに、警察署でサクがライブをやるという噂を聞きつけた村人が三々五々集まってきた。
「ありゃりゃ、いつの間にかいっぱい集まってきちゃった」驚くサク。
 ずらりと並んだパイプ椅子の一番後ろの端の席に、灰色の異様な猫の着ぐるみを着た人が、熱中症寸前ではあはあ息を切らしながら座っていた。
(……暑いな~😭本当は家でエアコンかけてゴロゴロしながら、アマプラで男はつらいよでも観ようと思ってたのに見据茶さんが、『あなたは村まつりの主催者なんやからちゃんと観にこんと、月に代わってお仕置きよ』って脅すもんだから、泣く泣く来ちゃいました~😭😭ちなみに前回のお仕置きは、熱々のお茶→🍵を無理やり猫舌の口の中に流し込まれました~。鬼畜の所業ですぅ~😭😭😭)


 そのうちひとりの白髪に色付き眼鏡を掛けたかくしゃくとしたご老人がやってきて一番前の椅子に座った。
「あ、あなたは!」驚愕する泉課長。
「よう泉くん。ご苦労さんだね」
「きょ、恐縮です」慌ててお辞儀する泉課長
 ご老人は警察署の職員からマイクを借りるとスイッチを押して話し始めた。キーンと甲高い音が響く。
「え~、本日お集まりのみなさん。僕はこの村の村長を半世紀ほど勤めている山田洋次郎という者です。今、村まつりを回っていたら警察署で面白いことが始まると聞いたので来てみました」
「村長。わざわざ来てくれはったんですね」
「僕は今年で92歳になるけどまだまだ村長を頑張るつもりだよ。見据茶ちゃん。村まつりを盛り上げてくれてありがとう」
「いえいえ、みなさまのお力添えがあってこそ。山田村長の人徳のお陰で多くのクリエイターが来てくれはりました」
 そう言ってお辞儀する見据茶先生。
「ふふふ。きみたちのことをドキュメンタリー映画にしたらさぞ面白いだろうね。今度撮ろうかな。……ところでそこの牢屋に入ってる四角い顔の男。前にどこかで会わなかったかな?」
 神妙な顔付きで目礼する寅次郎。
「へい、わたくし生まれも育ちも葛飾柴又です。帝釈天で産湯を使い、姓は車、名は寅次郎。人呼んでフーテンの寅と発します。先程からご老人のご尊顔をお伺いするに、たしかにどこぞでお見受けしたような気がしておりました。わたくし、長い間渡世人として日本各地を旅しておりますので、どこぞ旅先でお会いして一晩酒でも酌み交わしたやもしれません」
「うん、そうだね。僕もあなたとは何べんも会って話したような気がするよ。やだね歳を取ると。忘れっぽくなって。ま、最後まで村まつりを楽しんでいってください」
「へえ、ありがてえこって」
 襟を正してお辞儀をする寅次郎。
 いつの間にか警察署内は大勢の村人や観光客が押し寄せ、中にはテレビクルーがカメラを持って撮影を始めている。
 山田村長の隣にはサングラスを掛けたオールバックの初老の男が座った。
「あ、モリタさんだ~!」
 サクが気づいて手を振るとモリタはピースサインをした。
「サクちゃん、そろそろよさそうやね。ニュイちゃんリリス頼むよ」
「はい、それじゃ寅さん、山田村長、モリタさん、集まってくれたみなさん、お待たせしました。心を込めて歌います。曲名は祭り囃子が聴こえたら……」



 聴いているうちに寅次郎の目から止めどなく涙が流れ落ちた。
「……ありがとよサクちゃん。俺はこの日を生涯忘れないよ……」
 そう言うと寅次郎の身体は、突如黄金の眩い光をに包まれた。そして段々透明になって透けていき、とうとう消え去ってしまった。



※この物語はフィクションであり男はつらいよのパロディです




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