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寅次郎とリリーの旅 男はつらいよ番外編

 
 寅次郎の回想


 大宇宙、銀河鉄道の北十字駅とプリオシン海岸の中間に月ほどの大きさの岩石惑星Xがあった。
 銀河鉄道の旅人に、あの星にはダイヤがわんさかあると聞いたリリーは、目の色を変えて源公と一緒にダイヤの採掘へと向かった。
 一方、寅次郎は北十字駅にある居酒屋「銀河亭」で知り合い、自身が結婚の仲人を務めた男女がカフェをオープンすると聞いたので、お祝いに北十字駅へと引き返した。


 岩石惑星Xをさ迷う源公は、もじゃもじゃの髪に無精髭を生やし、ずんぐりした体に題経寺の法被を着ている。
 リリーは大きな目にアイシャドウを施し、ハーフのような顔立ちで赤いドレスにハイヒールを穿いている。
 さっきからリリーはダイヤのありそうな場所を探してつるはしを持つ源公に指示を出している。
「ちょっと源ちゃん。そっちじゃなくてこっちよ」
「え~ここですか?せやけどなんでリリーさん、ダイヤあるとこ分かるんですか?」
「ただの女の勘よ。さ、早く掘ってちょうだい」
「へ~い」言われた通りつるはしを振り下ろす源公。
 大きな岩がカチッと割れて中から光る石が現れた。
「あ、ありましたでリリーさん!ほんまにダイヤや~!」
「ほらね。あたしの勘に狂いはないわ。伊達に83年生きてないわよ」
「え?リリーさんもうそんな歳になりますか。えらいばあちゃんやな~」
「こらっ。無駄口叩いてないでさっさと掘りなさい。地球に持ち帰って億万長者になるんだから」
「へいへい」
 腕を組んで監督するリリー。
 そこへ向こうから寅次郎が帰ってくる。
「よっ、精が出るねえおふたりさん」
 片手を挙げる寅次郎。
「アニキ~!」
「あら早かったわね。用事は済んだの?」
「おう、さっきな。北十字駅のビレってカフェーに行ってさくらと博に会ってきたよ」
「そりゃよかったわね。さくらさんと博さん、元気だった?」
「ああ元気も元気、相変わらず元気よ。元気なことは元気なんだけどなあ」
「ん?どうかしたの?」
「いやねえ。暫く見ねえうちに二人とも、いい白髪のばばあとじじいになったじゃねえか。我が肉親ながらがっかりしちゃったね」
「こらっ。そんなこと言っちゃダメでしょ!最後に寅さんと会ってから二十七年も経つんだから、おばあちゃんとおじいちゃんになるのもしょうがないじゃない」
「そうよなあ。あれから二十七年もたっちまったんだなあ」
 ため息をつく寅次郎。
「寅さんはちっとも変わらないじゃない。まさか本当に幽霊じゃないでしょうね」
「馬鹿を言うもんじゃないよ。え、小説の中じゃあるまいし。第一幽霊がおまえとこんな口を聞くかい?足もほれ、この通りちゃんとあるしよ」
 自分の足を上げて見せる寅次郎。
「ま、たしかに幽霊には見えないわね。もしかして本当の馬鹿は歳を取らないのかしら?」
「ははは。馬鹿だから歳を取るのも忘れたってか。しかしそういうリリーもあの頃のまんま。きれいだねえ」
「やだ寅さん、お世辞言って。前にも聞いたわよそれ。でも宇宙に来てよかったわ~。十三次元ってとこで若返ったしね」
「そうよなあ。しかし地球に戻ったら浦島太郎みてえにばばあに戻るんじゃねえよな」
「やだわ~。でもあり得るわね。宮澤さんに聞いとけばよかったわ。なんせこれでも83歳のおばあちゃんなんだから」
「そうかい。リリーももうそんな歳になったんだな。でもよ、例えおまえがしわくちゃのばばあになったとしてもだよ。俺はず~っとおまえに惚れたまま、愛してるからな」
「ふん、嬉しいこと言ってくれるじゃない。いつも美人の尻を追っかけ回してるくせにさ」
「リリー。……俺はね……。今までさんざん旅をして色んな女を見てきたけどよ。やっぱりおまえほどいい女はいなかったなあ~。おまえとは不思議な赤い糸で繋がってんのかな」
「もう~!調子のいいこと言っちゃってさ」寅次郎の背中を叩くリリーはどこか嬉しそうだ。


 能戸村では、賑やかな祭り囃子が聴こえる中、寅次郎が出店で商いの準備をしてる。ちょうど綿飴屋とベビーカステラ屋の間が空いていて、そこに屋台を設置した。
 そこへ甥の満男(Dr.コトー)がやってきて何やら寅次郎と話し込んでいる。
 「……と、まあこういうことがあったんだよ満男」
「へえ、じゃ宇宙で採れたってのは本当のことなんだ」
「あたりめえよ。そんなことで一々嘘を吐いたってしょうがねえじゃねえか」
「だって見据茶先生は虫眼鏡で見て、確かにこれはガラスの欠片だって言ってたよ」
「そりゃ専門家が見ればガラス玉かもしれないよ。だけど素人には見分けがつかないんだからしょうがない。正真正銘偽物のダイヤよ。いわしの頭も信心からってな」
 そう言って寅次郎は、神妙な顔付きで合掌した。
「僕は知らないよ。村長に怒られても」
「な~に、村長だって分かりゃしないよ」
「あ、そうだ。能登の電車で叔父さんと会ったという、詠音サクさんが叔父さん宛に手紙を置いてったよ」
 そう言ってポケットから手紙を取り出し寅次郎に渡す満男。
「おう、サクちゃん元気にしてるみてえだな」
「うん、この前はテレビにも出たしね」
「へえ、そりゃあ大したもんだよカエルの小便。見上げたもんだよ屋根屋のふんどしだな」
 そう言いながら手紙を開く寅次郎。
「満男、なんて書いてんだ。最近目が悪くてなあ」
「しょうがないなあ」
 手紙を読み上げる満男。
「……へえ、サクちゃんが新曲を。しかも昔さくらが歌った曲だとよ。そりゃ、聴きにいかねえとな」
「僕も母さんが昔、歌手やってたなんてちっとも知らなかったな」
「大方、極りが悪かったんだろうなあ」
「叔父さんに調戯われると思ったのかな」


 やがて日が沈み村まつりは宴もたけなわ。ネコミミを付けた村人や観光客が大勢、出店の前を通ってゆく。
 寅次郎も満男から貰ったネコミミを付けて、客寄せに声を張り上げる。
 「え~ご通行中のみなさま。この能戸村は美男美女が多くてびっくりしております。わたくし、この前までは死んであの世をさ迷っておりましたが、来るなと言われ戻り橋。合縁奇縁、袖すり合うも他生の縁と言います。甥の満男がお世話になった見据茶(みすてぃ)先生に招かれこうして商いをしてるのでございます」
 屋台の縁台には七色に光る透明な小石がゴロゴロ置かれている。屋台の両端には汚い字で「大特価ダイヤモンド一粒一万円」と書かれた白い幟が風でパタパタはためいている。
 寅次郎は光る石を取って通行人に見せた。
「これはね。宇宙の果てにある惑星Xってとこで採れた正真正銘のダイヤモンドでございます。ね、本来であれば一粒100万円はくだらない品物。なんせ地球じゃ取れない宇宙の彼方で取れた希少種。知る人が見れば目の色を変えるに違いありません」 
 そう言って片手に持ったハリセンで縁台を叩く寅次郎。
「しかし、ここは俺の甥っ子がお世話になってる能戸村。ここはもう出血大サービス。ヤケのヤンパチ日焼けのなすび。色が黒くて食い付きたいが、あたしゃ入れ歯で歯が立たないよときた。ね、赤字覚悟の叩き売り。9割引なら10万円ですが、なんと9割9分引きまして1万円!1万円ぽっきりでお譲りいたします。あまりの安さに腰を抜かしちゃいけません。どうです、一生の宝物になりますよ。買いねえ~」
 そう言って声を張り上げる寅次郎。しかし通行人はチラリと一瞥するだけで通り過ぎてゆく。


 そのうち曲作りが一息ついた見据茶先生がネコミミを付け、浴衣を着てやって来た。手にはかき氷のカップと綿菓子を持っている。
「あら寅さん。ホンマに来てくれはったんですね。嬉しいわ~。どうです?売れますか」
「おお、先生。いや~中々売れないねえ。どうもこの村は若い人が多いみてえで。やっぱりダイヤなんてもんは年増かばばあじゃねえと買わないのかね」
「あははは。そんなことありまへんって。私も年増ですけど。あんまり安すぎて逆に敬遠するんとちゃいます?」
 それを聞いてはたと手を叩く寅次郎。
「それだ!いいこと言うねえ、姐さん」
 寅次郎はマジックペンを取り出すと、幟の一に一本縦線を入れて十万円にした。
「あんまり安いと偽物だとバレちゃうからな。この方がかえって信用できるのさ」
「ふふふ。まあ精々お気張り下さいな。向こうのライブ会場で、
もうすぐサクちゃんが歌う予定になってるので、是非観てってね」
「おう。満男を連れてくよ」
 「ではまた。いいことがありますように」
 寅次郎にお辞儀して見据茶先生は次の出店へと向かった。

※この物語はフィクションであり男はつらいよのパロディです。
 口が悪いのはご愛敬で。


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