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満男の手紙~男はつらいよ番外編



 拝啓 車寅次郎様


 叔父さん元気でリリーさんと旅を続けてますか?
 この前、叔父さんが能戸村に来たときは本当に驚いてしまって、ろくに話もできずに申し訳なく思っています。
 遥々与那国島まで行って僕を探してくれたそうですね。
 もっと色々話したかったのに、叔父さん翌朝には村を出て行ってしまいましたね。そのためこうして手紙を書くことにしました。
 村役場の泉総務課長をはじめ、地域振興課長のあかうまさんや見据茶先生たちが親切にしてくれるおかげで、村の生活にも大分慣れてきました。
 与那国島で培った一人一人に寄り添う医療をこの村でも実践できていて、僕は今とても幸せです。
 自転車で村人の家を一軒一軒回るのですが、皆親切でどこへ行ってもご飯を食べていけって勧められてしまいます。
 お陰で昼食や夕食は村人のみなさんの食卓とご一緒させて貰うことも多く、楽しく過ごさせて貰ってます。
 与那国島にいた時は、いつも一人でカップ麺やレトルト食品ばかり食べていて、医者の不養生と呼ばれたものですが、こちらへ来てからかえって健康になったような気がします。
 こうしてみなさんと家族のように接して貰い、食事をご一緒させて頂くたびに、いつも40年以上昔のことを思い出してしまいます。
 若き日の両親に、おいちゃんおばちゃん、そして叔父さんとの楽しい団らんを思い出して、不意に涙が込み上げてくるのです。
 往診の帰り道、海の向こうに沈む夕日を眺めながら、叔父さんは今もどこかの見知らぬ土地を旅してるんだなあと、感傷的な気持ちに浸ってしまうことがよくあります。
 叔父さん。叔父さんがいなくなってから27年。僕はもう53歳になってしまいました。この歳になってようやく叔父さんの凄さが分かってきたのです。
 僕は与那国島にいた時、看護師の五島彩佳という女性と恋に落ちました。そして16年の交際期間を経て去年ようやく結婚することができました。叔父さんとリリーさんじゃないけど、もっと前にプロポーズすればよかったですね。
 その時僕はつくづく思ったのです。僕にはもう叔父さんのみっともない恋愛を笑う資格がないんだってことを。恋をしているときの自分は、恋する叔父さんの無様な姿と重なって見えて仕方なかったのです。だからもう叔父さんを馬鹿にすることはできない。やはり僕には叔父さんの血が流れているのですね。
 与那国島の医療は妻と新任の医師に任せっきりになっていますが、時々帰って様子を見るつもりです。

 
 そうそうこの能戸村はすごい所なんですよ。
 作曲する人、作詞する人、絵を描く人、小説を書く人、詩を書く人、コンピューターが得意な人などすごいクリエーターたちがたくさん集まっているのです。
 夜はみんなで暁月夜まくらさんのお店「Pillo w's BAR」に集まって、ギターを鳴らしながら歌ったり深夜まで語り合ったりするのです。
 僕も泉課長やあかうま課長に連れられてよく遊びに行きます。 
 そこでみなさんのお話を聞いてる内に僕も何かしようと考え、拙いながら小説を書き始めました。
 僕はこの小説の中で叔父さんのことを書こうと思います。
 ペンネームは長年与那国島で暮らしていたので、島に吹くあの柔らかな風を思い出し島風日向と名付けました。日向はひなたと読みます。これから少しづつ叔父さんの物語を書いていくつもりです。
 そういえば僕の歓迎会のとき、叔父さんが頼んで開けてしまった38万円もするお酒のことですが、マスターのまくらさんが僕の着任祝いとして振る舞って下さるそうなので、ツケのことは気にしなくていいそうです。
 そしてもう一つ、見据茶先生の教え子の詠音(よみね)サクさんという方が来て、叔父さんに能登の電車でお世話になったとお礼を言っていました。彼女の歌ったCDを聴きましたがとても明るくて元気が出るようないい曲ですね。きっと有名な歌手になるでしょう。

 今、村のみんなはもうすぐ開催されるネコミミ村祭りの準備で大忙しです。村人みんなが参加するお祭りでネコミミを付けて踊るのです。見据茶先生も張り切ってお祭り用の曲を作っているようです。あの詠音サクさんもお祭りには戻ってくるそうですよ。
 僕も診療の終わったあと少し手伝います。ネコミミが足りないからとフェルトを切って作るだけですが。
 また見据茶先生の曲に合わせて、村の娘たちが盆踊りの練習に励んでいます。その中でも泉課長の娘さんの心さんは、とても上手に踊ります。猫が手招きするような変わった振り付けを教えているのはにゃんくしーさんという面白い方です。彼は作曲家でありながら、長年週刊にゃん春の記者をされていたというマルチな方です。僕もあかうま課長に勧められて踊ってみたのですが、どうもタコ踊りになってしまいみんなに笑われてしまいました。
 そんなこんなで僕は能戸村での生活を楽しんでいます。いつか柴又の両親をこの村に招待できるといいですね。
 

 最後になりましたが、叔父さんリリーさんと末永くお幸せに。
 これからも体に気をつけてリリーさんと仲良く旅を続けて下さい。

 敬具  諏訪満男


※この物語はフィクションであり男はつらいよ及びDr.コトー診療所のパロディです。


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