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005.ラーメン店主にみるものづくりの魂

 日本人のものをつくるという行為へのこだわりは「業」だと書くと、それにしては最近の若者は、ものづくりにまるで関心を持たないではないか、と反論をいただきます。

 たしかに、かつての高度成長時代のような、旋盤1台を持って軒下を借りて独立するといった光景は姿を消しました。時代が変われば技術が変わり、それに合わせてものづくりも変化します。現在の経済環境では旋盤一台は成り立ちません。

 しかし、業である以上、どんなに時代が変わっても、やはり日本人のものづくりに対する関心は、不滅だと言っておきたいと思います。

たとえば、皆さんは、最近のラーメンブームをどのようにご覧になっているでしょうか。
 毎日のように新しいお店が誕生し、評判になれば開店前から長蛇の列ができます。マスコミでは、そうしたお店がいち早く名店として紹介されます。雑誌でもおいしいラーメン店を紹介する特集が花盛りです。しかも毎号新しいお店が何軒か登場しています。それだけ新陳代謝が行われているということです。

 こうしたラーメンブームを支えているのは、もちろんラーメンを好んで食べる消費者ですが、それをけん引しているのは、独自のスープやラーメンをひっさげて、次々とラーメン業界に名乗りを上げてくる若者たちです。

 ブームは海外にも飛び火し、ニューヨーク、パリ、ロンドン、ベルリン、ローマと小麦文化の世界に浸透して、いまやラーメンが食べられない都市はありません。しかも、各地で熱狂的なラーメンファンを生み、しかも聖地巡礼のように、日本のラーメンを求めて来日する若者が絶えません。これだけの顧客と新店舗、つまり需要と供給を生み出したラーメンは、まさにイノベーション、ラーメン産業革命と言ってもいいのではないかと思います。

 客としておいしいラーメンを味わうだけではもの足りずに、さらに上をめざして自ら作り出そうとする、やむにやまれぬ思いこそ、私たちの中に流れるものづくりの通奏低音、DNAの発露なのではないか、そう思わざるをえないのです。

 私には、独自のスープを生み出そうと工夫を重ねている若きラーメン職人の姿が、かつて競うように旋盤にしがみついて切磋琢磨し、技を磨いた職人たちの姿に重なるのです。

 レシピを考え、食材を探し、試作しては捨て、試作しては捨て、試行錯誤を繰り返して新しいスープを作り出そうと日夜励む、バンダナを頭に巻いた若き店主予備軍たち。

 私には、彼らの魂の奥底で、ロックのリズムで鳴り響くものづくりの通奏低音が聴こえるような気がするのです。

 ラーメンは、小麦でつくった麺をゆでてスープをかける、スナックと言ってもいいようなシンプルな食べ物です。素材も、調理も単純だからこそ、麺やスープの違いは品質に大きな影響を及ぼし、そこに工夫と差別化の余地が生まれます。

 これほど単純な食べ物であるにかかわらず、スープの素材、出汁、さらには麺の微妙な固さにこだわり、次々と新しい味、食べ方を求め、これに応えて作品を生み出していく日本人は、いったいどのような人間なのでしょうか。

 元をたどればたどり着くであろう中国では、ラーメンは特別視されていません。というよりも、日本のラーメンは、中国の麺とは別に進化を遂げた日本独自の亜種と考えた方がいいと思います。

 中国では昔も今も麺は単純な食べ物で、スープと麺だけの食べ物に、こだわりを持って工夫する店主もあまりいないようです。
 2007年のことですが、ある地方都市でラーメン店に入ったら、そこでは麺が澄んだ出汁に入った状態で供され、テーブルにある醤油、塩、酢など調味料を適当に使って、自分でかってにお好みで味付けして食べてね、などというお店に出会ったことがあります。

 出汁やトッピングに工夫を凝らして、自立した一食としての価値を持たせた日本のラーメンが、多くの国で高い評価を獲得しているのも納得します。
 日本の自動車業界は自動車大国を自任するアメリカ人に日本車の性能を納得させることに成功しました。同じように、「食の大国」を自認する中国人やフランス人、イタリア人に、ラーメンのおいしさを再評価させた功績は、日本人のものづくりの魂のなせる業と思います。

 ラーメンの手軽さは、アメリカで言えば、ハンバーガーやホットドッグのようなファストフードの位置にあると思いますが、アメリカで若者が独自のハンバーガーやホットドッグを工夫して名乗りを上げ、多くの若者が後に続いてそれが一大産業として経済を支えるまで成長する、などという話はあまり聞きませんし、それを期待する声もあまり市場から聞こえません。

 最近はおいしいパンケーキのお店が出店されて話題になったりしていますが、それもどちらかと言えばトッピングの豪華さ、目新しさが売りで、パンケーキそのものの味の違いを競って、若者が起業するというものではないように思います。ラーメンの基本はスープと麺であり、トッピングの奇抜さで売るのは、いわばデコ車仕様。エンジンそのものの性能を競うものづくりの本筋から外れた遊びの範疇にすぎません。

 ハンバーガーで世界を席巻したマクドナルドも、大量消費に合せて生産-流通し、提供する方法をシステム化した仕組み作りがポイントです。成功した秘訣は、ものづくりの工夫にあるのではなく、共通のレシピに基づいてセントラル・キッチンで作ったものを世界中どこでも同じものを提供できるという、マネジメントの工夫で、独自の商品を開発したわけではないのです。

 ラーメンを求める客に思いを寄せて、味の違いにこだわり、究極のスープ、麺、その仕上げとしての一品のラーメンを追求してやまない作り手の姿勢に、日本人が持っている「完璧なものをつくりたい」というものづくりのDNAが見えるのです。

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