鷺 行美 自己紹介に代えて
「ある夏の日のあの人」
あの人が4度目の入院をする朝
いつものように公園で気功を終えて帰ってくる私を
彼は自宅の大きな槐(さいかち)の木の前に佇んで待っていた
前の日に私は
「好きです」
という言葉を今さらのようにあの人に伝えた
少女みたいにはにかみながら
そんな短い言葉を発するのがせいいっぱいだった
公園のほうから戻ってくる私を認めると彼は
あからさまに笑顔になり
重なり合う視線からは彼のあたたかな温度が届いた
世界があの人と私だけになったその時
横断歩道を渡ってくる女性がだしぬけに私に声をかけた
それは昨日知り合ったばかりの
公園で太極拳を教える先生だった
私が彼女にお伝えした気功についての話だったので無下にはできず
立ち話が少し長くなった
やっと話が終わって
すまない気持ちで彼に駆け寄ると
あの人の顔からは笑顔が消えていた
私の長話に気を悪くしてひきつった表情でもなかった
彼は無の表情で遠くを見つめ
「あの木の上に鷺(さぎ)がいる」
と教えてくれた
私たちは他愛のない話をつづけた
彼は上半身に衣を纏っておらず
槐を渡る風の中に立つ姿は涼やかだった
私はあの人の姿を目に焼き付けた
美しく 麗しい
あの人の美しさに私は焼かれる
細長い首や脚 小さな頭
鷺の風貌はあの人にとてもよく似ていた
「お互いの気持ちが変わっていくかもしれないから」
彼はやさしく笑いかけながらそう言ったかと思うと
「それではまた、ありがとうございました」
と勢いよく家の中に戻っていった
“彼はまるで飛び立つ鷺のようだった”
伝えられなかった言葉を抱え私は
ぽかんとしてその姿を見送った
「その後」
そして私たちは、約1カ月間の沈黙のブランクに沈み込んだ。彼は携帯電話を持たないので、入院中は一切のコミュニケーションが絶たれるのだ。
そして1ヶ月後に再会したとき、
「どうしているかと思った。
あなたの呼び方を変えようと入院中に考えていた。」
と、あの人が言った。明確な言葉はなかったけれど、その時から私たちはお互いに、「つき合っている」という認識を持った。
そしてその次の夏
彼は突然にその翼を羽ばたかせて
銀河へと飛び立った
言葉を交わすようになってから約1年2か月。つき合い始めてからは約10カ月間という二人の日々だった。2022年7月2日、白血病のために68歳でこの世を去った“あの人”との思い出を、このnoteに綴りたいと思う。それは、再びぽかんと取り残された私が、再び自分の人生を歩き始めるために必要なことだったから。
共に過ごせた日々を通して私から見えた彼の姿、二人の間に起こった出来事をありのままに書くことで、彼の姿をこの場に浮き上がらせることができればこの上ない幸せである。
2023/8/18 鷺行美
(2021年の8月18日は、あの人が「あなたの呼び方を変えようと考えていた」と言った日。2022年の8月18日は、あの人の四十九日・納骨の法要だった。)