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もう1つ選択肢を増やすのなら

私は、子供は欲しくない結婚したいかはわからないタイプのポケモンである。
子供が欲しくないのは、「自分の遺伝子を残したくないから」である。
私自身、10年近く躁鬱をやっている、やらされている、させられている。
「うつ」「適応障害」といった精神疾患との決定的な違いは「遺伝子」である。統合失調症や躁鬱(双極性障害)は、遺伝子要因が大きいと言われている。父親も統合失調症を40歳半ばに発症している。だから私が躁鬱になったのも納得がいく。し、もっと深く話してしまうと父親の弟(おじさん)は心臓の病気ですでに他界しているが、バツ2のDV加害者である。
ちょっと話は変わるが、世の中大事なのは、「お金」か「愛」かの2択だが、そこに「遺伝子」という選択肢も追加して欲しい。
私は、裕福な家か?と言われると一般家庭である。ただもう少し正直に話すと、私立大学に進学したが奨学金を借りることなく、運転免許の教習所の費用も出してもらい、社会人5年目になるけれど未だに生前贈与という名のお小遣いをもらっている。大学4年間で毎月家賃8万、仕送り7万送ってもらい、更にそこにバイト代もあったので、初任給の手取りの少なさには絶句した。これらは田舎の一人っ子ということも大いにあると思う。そう私は一人っ子なので、愛情もたっぷり受けて育った。だから愛情を受けるのもいいけど大切な人に与えるのも超いいよね。という精神である。

ここでいわゆる「お金」か「愛」かの2択を迫られたら間違いなく「お金」という。なぜなら40歳半ばで統合失調症になった父親が働かなくても不自由なく生きてこれたのは、家に「お金」があったからだ。過去形なのは、現在は財産が減っているので「ある」とは言えないため。田舎の農家はだいたい土地を持っているので、家を貸したり、駐車場を貸したりいわゆる不労所得でなんかなる。親戚にもビルを所有するおばさんがいて、「年金なんか貰わなくても私は生きていけるけどね」と言い放った
おばさん(2年前に亡くなった)のこの言葉を今でも鮮明に覚えている。

前置きは長くなったが、ここで「遺伝子」の選択肢も追加してほしい。
私は「お金」も「愛情」も受けて育ったが、「遺伝子」が悪かったポケモンである。
この「遺伝子」がとても厄介なものである。なぜなら、生まれた時から”可能性”を持っているからだ。運動神経や学力も「遺伝子」が関係しているように
病気だって「遺伝子」が関与している。
糖尿病やガンといった目に見える病気もあれば、上記で述べた外面からでは気づくことがなかなかできない精神疾患という病気もある。

躁鬱の自分が嫌いで悔しい悔しいと思うことが未だにある。まだ完全に受け入れられていないところがある。変えることが出来ない事実だからスッと受け入れられたらラクだと思う。とても思う。だからそれゆえに、こんな思いをするのは自分だけでいいし、この”可能性”は、未来へ引き継ぐ必要が無いと強く感じている。言い換えると、未来へ残すことを願っていない。
だから、子供が欲しくない。

では、結婚したいか?と問われると、それはもうすぐ28歳になる今もわからない。既婚の友人の結婚の決め手が「2人でいたら最強になれること」という言葉がずっと頭の片隅に残っている。私は愛を与えることがサイコーなことも知っているし、1人より2人で感情や思い出を共有できたら、もっとサイコーだろうな。とも思っている。ただ、今はアラサーあるあるの結婚への焦りも無く、大好きな友人たちからの結婚報告が嬉しくてたまらない。

この記事を書こうとおもったきっかけは、GWに会った2人の友人から
2人とも夏頃に入籍することを教えてもらい、アラサー結婚適齢期で結婚する人・しない人、できる人・できない人は何が違うのか?ということを深堀りしたくて書き始めた。当初より話は大幅にそれてしまったが、これはこれで自分をみつめるいい時間になった。

ちなみにこの2人と、自分を中心で動いている私とでは明らかに違うと感じたところは、「2人は次のステージを考えている」「子供が欲しい」である。もっと言うと2人は、仕事(将来)面で「これやりたい!」「こうしたい!」というような強い気持ちがなく、安定志向だった。これといった趣味も無さそうだった。
あーこれが次のステージに入るってことか~を思い知らされたGWだった。

もう28歳になるのにまだまだ人生迷子である。







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