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好きな人と喋りたいよ〜

2021年3月31日。
毎年うわ浮いた心でこの季節を迎える。終わりと始まりが同時に来るこの季節にしか味わない感情が芽生える。気づいたら散ってしまう満開の桜を横目に見ながら、新年度の期待に胸を弾ませている。
でも、今年は違う。どこからか罪悪感が生まれている。何にもしていないのに春がきた。何もしていないのに桜が咲いている。4月になってしまった。変化はしたけど成長していない。新学期がスタートする。大人になりたくない。

この日はドレスコーズというバンドのライブへ行った。そのことをSNSに載せるとある人からDMが届いた。先輩だった。
「俺もドレスコーズ好き」

少しだけ、時が止まった。心臓が跳ねた。
先輩がこのバンドを好きなことは知っている。
ここから1対1でメッセージを交わすことになる。一度画面を閉じて慎重に返す言葉を考えた。

先輩と出会ったのは約1年前に遡る。

高校生の頃に拗らせていた私は、いわゆる大学デビューを目論み胸を膨らませていた。しかし、世界的に猛威を振るったコロナウイルスにより夢のキャンパスライフは一瞬にして幻となった。そこで私はインカレに入ろうと決めた。もし大学が再開したとしても私が通うのは女子大だ。私は恋愛がしたいんだ。そう思いTwitterで探した結果、見つけたのがScarletという学生団体だった。Scarletは学生だけでイベントを企画し主催する団体だった。私は別にイベント自体に興味はなかったが、みんなで何かを造りあげるというなんとなく大学生っぽい活動内容に惹かれ、入会を希望した。別に恋人はできなくても友達が出来ればいいし、つまらなかったら辞めればいいと軽い気持ちでいた。

そして5月中旬、オンラインでの顔合わせが行われた。そこで彼と出会った。重い前髪から垣間見えるぱっちりとした目、色白な肌、女の私より小さいであろう顔。全てがタイプだった。心に突き刺さってしまった。あぁ、そうか。この人だったんだ、私と結ばれるべき人間は。ここにいたんですね。やっと会えましたね。待ってましたよ! 冷静な顔をしながら頭の中で勝手に祝福していた。

顔合わせが終わり、教えてもらったInstagramのアカウントを見る。そこには彼女とのツーショットが投稿されていた。緩んでいた口元が徐々に元通りになった。当たり前だ。あんなにかっこいいのに彼女がいない方がおかしいのだ。悲しいことに、このパターンには慣れている。彼女の方を調べてみると、同じ団体に所属する一個上で女子大に通っていることが分かった。先輩の彼女に口出しするのは大変失礼だが、私はこの彼女のことを気に入らなかった。もっと端正な顔立ちで大人しそうで知的な方なんだろうな、と勝手に想像していたのだが予想は外れた。黒髪ぱっつんの明るそうなキャピキャピしている女子だった。自己紹介欄に書かれた「アップルパイがだいすきです」の文章と、その後のとうるうるした目が特徴の絵文字3連続を見て、すべてを悟った。

数ヶ月後、サークルの活動の後にみんなでご飯へ行く機会があった。偶然にも、私は彼と同じテーブルに座ることができた。彼はとても社交的で新入生の私にも快く話しかけてくれた。テーブルの向かいってこんなに距離が近かっただろうか。1人、動揺しながら会話を続ける。好きなアーティストが同じだった。「そうなんですか!」はじめて聞いたようなリアクションをとる。彼がどんなバンドを好きかなんてとっくに調査済みだけど。
好きな人と話せるなんて何年ぶりだろうか。透き通るほど白い肌の彼は天使のように見えた。

ある日、彼のInstagramに彼女とUSJに行った写真が投稿された。キャラクターのカチューシャを着けた楽しそうな写真。私は彼に彼女がいる時点でもう諦めている。ただの先輩と後輩。それ以上でもそれ以下でもない。でも、この投稿を見たときから心がざらざらしているのはなぜだろう。どうでもいいはずなのに、「ユニバってことはディズニーよりも長い時間をともにしているからより愛情が深まってるじゃん…」とか余計なことを考えてしまうのはなぜだろう。だいたい、この女のどこがいいんだよ。冴えないわけではないが、特別可愛いわけでもないし、21歳にもなって自分のことをあだ名で呼ぶような女。到底理解できない。色んなところから不満をかき集めてしまう。最終的に、この女に惹かれている先輩もなんだか好きじゃなくなってきた。一つの投稿でこんなに頭を悩ませるなんて異常だ。私は彼の誕生日も知らない。


そしてつい最近のこと。サークルの集まりで久しぶりに先輩と会った。また何か喋れるかな、なんて淡い期待を抱いていた。しかし、現実はそう上手くいかない。せっかく先輩に話しかけられたのに、自分でも引くくらい白々しい対応をしてしまった。お手本なような愛想笑いをしてしまいあっけなく会話が終わった。だから選ばれないんだよと言われている気がした。

なんで普通に会話できないんだろう。電車に揺られながら今日あったことを反芻する。本当に喋ることが苦手すぎる。自分の声や会話している姿を見られているのが、なんかもう恥ずかしい。私がもっと明るくて人当たりのいい性格だったらな。この後味の悪さは過去に嫌というほど経験した。いくら悩んでもどうせまた近いうちに味わうだろう。学校にほとんど行けず、大学生はできてないけどちゃんと19歳している、と思う。こんなに自分のことで悩むなんてないよ。知らないうちに時が過ぎて、なんとなく私たちは大人になっていくんだろうな。。


※団体名はフィクションです♡




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