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じいちゃんの形見

「なあアズマ、お前なんでそんな古めかしい折りたたみ傘使ってるんだ?」

ニシが僕の左手に携えられた濃紺の折りたたみ傘を見ながら尋ねる。

「この時代に手で持つ傘なんて流行らないって」

ニシの言う通り、今の流行りはドローン式の傘。所有者を勝手に認識し、勝手についてきて、勝手に閉じたり開いたりする。僕が持っている傘は、木材でできた柄が摩擦で擦り減り、ところどころ錆びて赤茶けた骨が、なんとも淋しげな空気をまとっている。

「これ、じいちゃんの形見なんだ。じいちゃんが死んで、もう20年も経っちまったけど、ずっと使ってるんだ」

「げっ、トータルで何年使ってんだよ。物持ち良過ぎだろ」

「うん、多分50年ぐらいになるのかな」

「でもなんで形見が折りたたみ傘なんだ?もうちょっと他になかったのか、宝石とか、腕時計とか、なんかもっと大事そうなもの、なかったのかよ」

「僕にとっては、この折りたたみ傘が一番大事だったんだ。じいちゃんとは、ちっちゃい頃よく散歩に出掛けた。一年中いつでも、たとえ雨が降っていても、散歩には出掛けたんだ。散歩に行くと、決まってじいちゃんはお菓子を買ってくれた。なにもお菓子目当てで行っているわけじゃなかったけど、それでもまだまともにお小遣いを貰えなかったあの頃の自分は、道中買ってくれるお菓子がすごく嬉しかった。それになによりも、じいちゃんの農作業でゴツゴツした手を握りながら、その日幼稚園であったことを話すのが好きだった」

「じいちゃんとは毎日のように会ってたのか?」

「ああ、ほら、うち母親しかいなかったし、仕事で夜帰ってくるのも遅かったから、いつも幼稚園にじいちゃんが迎えに来てくれてさ。雨の日にはこの折りたたみ傘をさして来てくれて。だからかな、この傘には思い入れがあるんだ。曇り空の鼠色に、この紺色がとても似合ってるなって、その時の僕は思ったんだ」

ふーん、そうか、とニシが納得したように相槌を打つ。ニシの右肩にはドローン式の傘 ──折りたたまれた状態で、黒い容器に収まっている──が雨上がりの陽射しを反射させながら、てらてらと光っていた。ニシはおもむろに立ち止まり、空を見上げた。

「おい、見てみろよ」

ニシが立ち止まったことに気付かず、数歩先を歩いていた僕は足を止め、ニシが見詰める空を一緒になって見上げた。

「おお、きれいだな」

積乱雲が退いた真っ青な空に、七色の橋が掛かっていた。じいちゃんと歩いていた時も、虹が出たらこうやって二人並んでよく空を見上げたっけ、と僕は昔を思い出していた。目頭に熱く込み上げるものがあったことは、ニシには内緒にしておこう。

「明日はなんかいいことありそうじゃね?」

ニシが暢気な調子で話しながら僕に駆け寄ってくる。僕は急いで涙を拭い、「ああ、そうだな」と応えた。

じいちゃん、この傘一生大事にするからね。だからこれからも、こうやってたまに虹を掛けてよ。そのたびに、僕はじいちゃんを思い出すから。

またね。

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