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気が付いたら手放していたものが沢山あった。


木の間の階段。開けた畑道。
その景色に不釣り合いなソーラーパネルの群れに、先にポツンと見える中学校の校舎。

向日葵はもう、くすんで枯れかけ、頭を垂れていた。
昼間の気温はまだ充分に暑いっていうのに、秋にその場を譲ろうとしているんだろうか。
確かに、陽が傾くのは随分早くなったし、夕方や夜、朝には少し澄んだ香りがするか。
少し肌寒い空夜に、カップから立つ湯気が心地好い。

さっき先に見えたと言った中学校は、丁度10年前は私の日常だったということが、急にとてつもなく尊く思える。
当時は早く大人になりたいと不自由を訴え、転がり回っていたが、今思えば恵まれていた。
なんの不安もなく、ただ、文句をいいながらお菓子を貪っては、また文句を言い、授業をテキトーにやり過ごし、駄菓子屋に寄ってまた文句を言い、家に帰ればそこには「おかえり」の言葉、綺麗に整頓された部屋、お湯のたっぷりはられたお風呂、温かい食事があった。

帰りに寄っていた赤い歩道上に面した駄菓子屋は、向かい側に階段があり、少し高台に廃スーパー。
フェンスに背中を当てて、高台から足を投げ出し、そこで友達と当時は壮大で、今思えば痒くもないような、そんなことを沢山話していた。

もう、どう頑張ったとして、あの頃には戻れない。
そう思うと、気が付いたら手放していたものが沢山ある。そう、実感した。

「気が付いたら無駄に歳をとってしまった」
そう言って空を仰ぎみる私に彼は、
「毎年祝ってるんだから気が付いているだろ」
その言葉、間違ってる、変だよ。そう言って笑った。

あの頃に戻れたとして、今この状態に戻るのには、安っぽい言葉にはなってしまうけれど、どんな細かい奇跡を重ねればいいのだろう。

無責任でずっと守られていたあの時代に戻れるとして、私は今を手放すことが出来るのだろうか。

きっと、答えは否だと、凛秋を感じた夜、彼の鼾を聴きながら、思った。


今も尚、他人からしたら恵まれているであろう、生ぬるい色水の中を私は泳ぎ続けていて、そして今にも溺れそうだけれど。

きっと私はこの瞬間からも、また、
知らぬ間に沢山のものを手放して、
大人になれるかはわからずとも、
そうやって生きていくんでしょう。

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